表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/440

軍議

 誰かに頬を軽くはたかれた気配に白蓮は飛び起きた。なんてことだ。うまく説得する方法はないか考えているうちに寝てしまったらしい。


 安物とは言え油紙を何重に裏地にしている外套を通しても、地面からの冷えを完全に遮断することはできなかったらしく、冷えと抜けきらぬ疲れで体が鉛のように重い。


「白蓮君、悪いが少し付き合ってもらうよ」


 目の前には旋風卿の大きな顔があり、白蓮を覗き込んでいる。旋風卿はもたもたしている白蓮をひょいと摘み上げるように立たせると、自分の後についてくるように促した。


 白蓮は大外套にくるまって横になる結社の者たちを踏まないように気をつけながら旋風卿の後を追った。


 旋風卿は、陣内にもうけられたいくつかの柵の前に立つと、夜警の衛士達に片手にした何やら金色に輝く円盤のような物を見せながら陣の中央へと進んでいく。


 中央には多くのかがり火に彩られた天幕がいくつか設けられており、旋風卿はその中の一つの入り口を開けると、白蓮に中に入るように即した。


 中に入ると、大きな卓の前で地図らしきものに目を落とす男達が居た。兵士長に、結社長、兵士長の護衛だろうか? 部屋の隅には暗紫色の鋼鎧をした旋風卿に匹敵するぐらいの大男が油灯の影にじっと立っていた。


「この者かね、『追憶の森』の結社長殿」


 天幕の中に地図に目を落としたままの兵士長の声が響いた。


「はい、良仙様。白蓮と申します。この辺りの森にもっとも詳しい者です」


 良仙は、地図から顔を上げると白蓮を一瞥する。白蓮は慌てて膝をつくと兵士長に向かって首を垂れた。


「白蓮と申します」


「では長、策とやらの続きを聞かせてもらおうか?」


「良仙様、僭越ながらこちらの白蓮から説明させていただいてもよろしいでしょうか?」


「許す」


 横目に長を見ると、長が白蓮に向かって頷いて見せた。一体これは……。長に言った策を兵士長に向かって話せということだろうか? ならば一つどうしても確かめておかねばならないことがある。


「ご無礼とは重々承知しておりますが、ご説明させていただく前に一つだけお尋ねさせていただいてもよろしいでしょうか?」


「続けろ」


「兵士長 良仙様におかれましては、われら一の街の住人は、紫王弟殿下の鉾や盾とお考えでしょうか?それとも、『塊』の者たちをマ物によって滅ぼすための『贄』とお考えでしょうか?」


 普段使いもしない言い回しを使うと思わず舌を噛みそうになる。それでも白蓮は良仙にどうしても確認したかったことを一気に告げた。


 白蓮の前に良仙の影が近づく。頭を下げている白蓮には良仙の表情をうかがうことはできない。自分も玄下のようにこのマナ使い風情がと切られてしまうのだろうか? 背筋に冷たいものが流れる。


「白蓮とか言ったな。面白いことを聞く。頭を上げたまえ」


 見上げると、卓に体重を預けて腕組みをした良仙が角灯(ランタン)の黄色い光を背後に揺らめかせながら白蓮を覗き込んでいた。良仙は部屋の隅にいる男を一瞥すると、白蓮に答えた。


「辺境領伯紫王弟殿下からこの地の支配を何者かに渡してよいなどという許可は出てはいない。それに白蓮君、そもそも制御できない力というのは戦においては全く無意味なのだよ」


 白蓮は、思わず出てしまいそうになる安堵のため息を必死に飲み込むと先を続けた。


「良仙様。お答えありがとうございました。私がこれからご説明するのはこの戦の終わらせ方についてです」


「ほお、マナ使いが戦の終わらせ方についてとはね」


 そういうと、良仙は白蓮の背後に控える旋風卿に声をかけた。


「アル・マイン殿。このものは貴殿の弟子か何かか?」


「いえいえ、遠い遠い親戚の知り合いぐらいのものでしょうか?」


 旋風卿が身も蓋もないという感じで良仙に答えた。せめて将来有望な冒険者ぐらいは言ってくれてもいいような気もする。


 だが続けてもよいということなのだろうか? 止められたらおしまいだ。続けるしかない。


「ここにおります者たちは、兵ではなく商人や職人といった者たちです。明日一の街の我々が出来ますのは、突っ込んで棒切れを振り回す程度。立ってられるものがいなくなるまでそれを続けるだけです。皆を率いるべきものが誰もおりません。数以前の問題です。たとえ勝てたとしても次はありません。みな死にたえてしまっては復興領全体がとても冬を越せません」


「いいではないか。今、内地では人があぶれている。君たちの後釜にその者たちを連れてくればよいだけの話だ」


 白蓮の言葉に、良仙は何の感情も感じさせる事なく答えた。確かに、この人たちが復興領の住人全員を野垂れ死にさせて内地の人間と取り換えることを考えていたらそれでいいのかもしれないけど……。


「白蓮、良仙様のご寛容に甘えるな。要件を述べよ」


 長が白蓮に先を即した。あぶない、あぶない。自分の感情に流されるところだった。やっぱり僕はふーちゃんがいないと調子がでない。


「失礼しました。つい興奮のあまり余計なことをしゃべりました。明日、我々結社のものをお味方の右翼に置いていただけませんでしょうか? 塊の街のものたちは、皆様が我々一の街の住人を贄にマ物を塊の街にむけてけしかけることを恐れています。塊の街の軍がかなりの強行軍でここまで出てきたことから見ても彼らの恐れは明らかです。なので塊の街の者たちは、私たちを森に近づけないように両翼を広く包囲するような陣形をとるはずです」


 もう夜は冷える季節のはずなのに、汗が吹き出す。


「そして一の街の住人を中心とした多くの人員をお味方の左翼に配置します。そしてそれをまっすぐに左手の森にむけて進めます。森は向かって左は本森の一部、右は奥で谷によって本森から切り離されているとび森です。塊の街の者たちは、左の本森に向かう軍勢を全力で阻止しようとするはずです。中央や右からも我々の左翼側に援軍を送るかもしれません。そして彼らが左に気を取られた隙に我々結社の者たちは、一丸となって塊の街の者たちを突破して、とび森を目指します」


 良仙は疑わしそうに白蓮の顔を覗き込むと、口を開いた。


「君は先ほど、贄について語っていたはずだが、自分たちが贄になるというのかね?」


 乗ってきた。ここが勝負所だぞ。


「はい。そしていいえです。私たちがとび森に飛び込めた時点で、向って右翼の敵は森からマ物がとびだしてくるのを恐れて逃げ出しているはずです。そして我々はとび森の中を抜けて塊の街の本陣を目指します。我々の背後にはおそらくマ者の集団が続いているはずです。塊の街の本陣はこれを向い撃つか、逃げ惑うかのどちらかですが、右翼が崩れて本陣が混乱した時点でこの戦はお味方の勝ちです」


 良仙はやれやれという表情をすると、白蓮に問いただした。


「マナ使いが、禁忌をおかして森に入ってマ者を森から解き放つ? 森から出たマ者はどうするのだ?」


 白蓮が答える前に、右手にいた月令が白蓮に代わって良仙に答えてくれた。


「右手のとび森は耕作に向かない土地故に開拓されずに放置されていた森です。多少広さはありますが、冒険者になったものが最初に訓練をする森の一つで、それほど強力なマ者がいる森ではありません。おそらく数ははっきりとはわかりませんが、主なマ者は黒犬と呼ぶ、巨大な犬のようなマ者が百を超えるぐらいでしょうか?」


 旋風卿と違って素晴らしい助けです。でも黒犬の数はだいぶ少なめに言っていますよね?


「黒犬は、森の中で少数の我々が対峙すればこそ危険なマ者ではありますが、森の外、このような見通しが利くところであれば、我々冒険者でなくてもお味方の弩や槍にて十分仕留めることができるかと思います。そしてこれらを仕留めたお味方を侮るものはこの復興領にはもはやおりません」


 僕なんかより、なんて説得力のある説明だろう。やっぱりこの人は長らしい。ずっと床拭きだと思い込んでいた自分が恥ずかしい。


「辺境伯領だよ長殿。侮るものはいなくなるが禁忌を犯した軍だ。従うものもいなくなるな。それに紫王弟殿下の顔に泥を塗ることになるのではないのか?」


 あっ!そこまでは考えが及ばなかった。


「御心配には及びません。森へと走るのはこの世をはかなんだ私がお味方を裏切って、結社の者一同を道連れになした所業であれば……」


「誰がそれを信じる?」


 ちょっと待ってください長!それって……。


「そこなる旋風卿査察官が本結社の監督官歌月と私の所業を城砦まで報告に行きます。それに私はこの結社の中だけでなく、いろいろなところから変人、いやいや狂人と思われております故に何も問題はないかと思います」


 自分が全部被るということですか? 白蓮は思わず、横を向いて長の顔をまじまじと見た。


「ですので、お味方においては裏切り者の我々に対して、背後からそれに掣肘を加えていただく必要があります。ただ、敵もこちらの意図を悟ればその背後を追おうとしますので、お味方の邪魔をするやもしれませんが……」


 そうか。この人達は僕が考えたことなどとうに考えていたのか!じゃ、どうして僕なんかを……。先に穴を見せておいてそれをふさぐというやつですね。僕は道化役という事ですね。


「よろしい、明日は私が直々に裏切り者の君たちに対して掣肘を加える事としよう」


 良仙は、長に向かって分かったというように片手をあげて答えた。そして不意に白蓮に向かって、


「白蓮君?」


 と問いかけると、その体をするどい蹴りで突き飛ばした。突き飛ばされた白蓮の体は天幕の床を毬のように転がり、旋風卿によって受け止められた。


 息が止まりそうになる。最近はなんなんだろう。誰かに蹴っ飛ばされてばかりだ……。


「これは君へのちょっとした教育だよ。君は話が長すぎる。知り合いに軍の退役者でもいたかね?」


 さっきの蹴りで声がでない白蓮は、なんとか首を横に振って良仙の問いに答えた。


「君は、自分が口にした策がどういうものかよく理解しているかね? 君は君が助かる可能性を上げるために、一の街とおそらく結社の大半の人間に対して死んでくれと言っているのと同じなのだよ」


「おっしゃる通りです」


「安心したまえ。私は咎めているのではない。軍とは君と同じような思考の人間の集まりだ。今回の件で結社を首になったら私が軍への紹介状を書いてやろう。もっとも君も私もそれまで生きている保証は何もないがな?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ