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とばっちり

「あれが赤毛組の連中か?」


 私の耳に誰かがボソリと呟く声が聞こえた。だがそれだけじゃない。他にも聞こえて来る。


「あの新種を狩ったところだろ?」


 一応、自己紹介は終わったつもりなんですけど。何でしょう? 前回監獄で紹介された時とは違う、別の種類の()()()()がするのは? あきらかに皆さんこっちをみてこそこそ何か言っていますよね?


「新入りだ。本来なら渡しの監視所で下働きというところだが、桃子さんから目立つところに置くなと言われているので、ここ左2の監視所での勤務を割り当てる」


「はい、主任。了解しました」


 前回の失敗を避けるためにも、早め早めの返事です。


伊一(いいち)君、なので君のところだ。注意事項と左2の巡回路については君の方から説明を頼む。私は渡しに戻るがいいかね?」


「はい主任、了解です」


 そう言うと、主任は足早に詰め所を出ていく。なんでしょう。渡しの監視所から比べたらかなりこじんまりとしたところです。監獄とは比べようもありません。田舎にあるどこかの大店の別荘みたいな感じでしょうか?


「あらためて、風華さん、実季さん、百夜さん。僕はここを担当している副主任の伊一です。僕も城砦に来てからさほど立っている訳ではないので、森に潜る人達から見たら駆け出しの内だね」


 なんでしょう。この好感度抜群な対応は。前の監獄の時とは大違いです。最初からこうなら、絶対にやらかしたりしなかったのに……。


「はい、伊一副主任。よろしくお願い致します」


 私と実季さんの声が重なる。百夜の足を蹴っ飛ばす。


「よろしくな」


 こいつは……もう一回蹴っ飛ばす。


「赤娘!」


 もう一度か?


「お願いします」


 私の視線に恐れを成したのか、百夜にしてはまともに答えた。猛獣使いを舐めるんじゃない。


「妹は口が悪くてすいません」


「ははは、君たちは有名人だからね、気にしませんよ。やっぱり噂通りですね」


 伊一さん、言っていることがよく分からないのですが? 有名人って何ですか? ここは「はい」はいらないですよね?


「こちらが先任の香子(かこ)さんだ。僕なんかより、はるかに腕の立つ人さ」


 伊一さんが隣に立つ女性を紹介してくれた。「子」が付くという事はどこかの貴族の子弟かな? 背までの髪を後ろに縛って、キリッとした女性だ。ちょっと実季さんに雰囲気が似ている気がする。


「香子さん、よろしくお願い致します」


 今度は私と実季さんだけでなく、百夜も一緒に返事をした。お、百夜も少しは学習したか? 全ては私の猛獣使いとしての努力の成果です。


「香子だ。貴方達には私が直接指示を出すからよろしく頼むよ」


 言葉使いからする限りは私と同じ庶民側ですね。挨拶が終わった私達に向かって、伊一さんが卓上の地図を指し示した。


「この左2は一番南にある監視所だ。一応は渡しの設備はあるが、緊急時の利用が前提で、普段は使われることは無い。君達も知っていると思うが、南は渡りが繁殖地にしたために進入禁止で誰も潜っていない」


 伊一さんはそう言うと、地図上の赤で塗られた広大な領域を指し示した。


「渡りが川の中の流木などを伝わって、こちらまで来る可能性がある。実際にすでに一度、渡りの迷いが入って、ここの警備方にも甚大な被害が出た」


 そこで伊一さんは話を区切ると、私達の顔を見回した。えっと、「渡り」って確か「鳥もどき」ですよね。一度旧街道で頂いております。そこそこおいしいですよ。もっとも鶏の方がもっとおいしいと思いますけど。


「それは食えるのか?」


「えっ?」


 伊一さんが驚いた顔をしてこちらを見る。


「そこのつまらないやつ、我はそれは食えるのかと聞いているのだ?」


 ちょっと実季さん、前に百夜の傾向と対策を教えましたよね?


「伊一さんにとって、鳥もどきが食えるかどうかなんて、どうでもいい話に決まっているでしょう!」


 百夜がこちらを左目でじろりと見る。


「何だと!餌になるかどうかが一番大事に決まっているだろうが!岩もどき()なんて食えないものなど我はいらん。なんだ「鳥もどき」か。それならそうとはじめに言えばよいのだ」


「鳥もどき?」


「伊一さん、すいません。最初に出くわした時にですね、どうみても鳥がでかくなった奴にしか見えなかったので、私達の間でついたあだ名です」


 あれ、みなさんなんか引いてませんか? 鳥もどきって名前はアレでしたかね?


「貴方は、渡りとやりあったことがあるの?」


 香子さんが私達に聞いて来た。でもその顔は少し、いやかなり引きつっているように見える。


「はい、旧街道を通る時にやり合いました。一応は短刀でぶっ倒す気持ちだけはあったんですが、実際は泥の中を逃げ回っていただけでした」


「そうだ赤娘、お前は囮だ。やつらの餌だ。倒したのは我だぞ」


「お前、私のことを今『餌』と言わなかったか? 言ったよな?」


 黒娘、餌といったのはこの口か? この口だな。とりあえず百夜のほっぺを引っ張ってやる。


「お姉さま!」


 あれ、実季さんが蒼白な顔になっています。


「そうですね。何せ赤毛組の皆さんですからね。きっとここでも大丈夫ですね。そうですよね、香子さん」


「・・・」


「す、すいません」


 香子さん、思いっきり引いてますよね。これはやばいです!どうやらここでもやらかす人、決定になっています!


 桃子さんならまたぶっ飛ばされているかな? でも皆さんなんで『赤毛組』を知っているんですか? それって、この間、白蓮達が美亜さんを救いに行った時の符牒ですよね?


 白蓮がまた何かやらかしました?


* * *


「千夏、探知は俺達にとっては一番役に立つ力だが危険な力でもある。分かるか?」


 創晴さんが千夏さんに問いかけた。その声はいつもとは違って真剣そのものだ。


「はい、創晴さん。力の使い過ぎです」


「探知を使いすぎる? なめてんのか小娘。探知は便利だから危険なんだ!」


 創晴さんの怒声に千夏さんの体がビクリと震えるのが分かった。創晴さん、分かりますけど、いきなり豹変しすぎですよ。


「探知は万能じゃない。探知で見つけられなかったら、そこにマ者がいないと思いこむような馬鹿はここではすぐ死ぬ。探知なんてのはな、あくまでマ者を感知するための手段の一つだ。どういう意味か分かるか?」


「はい、分かりません」


「探索組にとって探知はマ者を探すためのものじゃない。確認するためのものだ。ここはな、やつらの足跡、糞、縄張りの目印、生態、色々なものでどんな奴らがどれだけいるのかを見つけ出す。その最後の確認が探知だ。探知に頼って奴らを探さないといけないような事態になった時点で、こちらは死んだも同然だ。分かったか小娘!」


「はい、創晴さん」


 千夏さんも真剣に答える。創晴さんだけで十分だと思いますよ。僕はいらないと思います。だいたい全ての技術、知識において、創晴さんの方が僕よりはるかに上なんですから。


「一つの判断を下す時には、それを一つだけの理由ではするな。常にいくつかの要因を組み合わせて検討しろ。そしてそれがこうあって欲しいという自分の願望じゃないかどうか常に意識しろ」


 そう言うと、創晴さんが僕の方を振り向いた。


「白蓮が斥候だ。千夏、お前が白蓮に対して指示を出す。分かっているな。ここはお前がこれまで潜ったようなちんけな森じゃない、嘆きの森だぞ。お前の指示が間違ったら白蓮は死ぬ」


 千夏さんの顔が蒼白になる。だが彼女は創晴さんに向かって深く頷いた。だが創晴さんはその顔を覗き込むと、怪訝そうな顔をして見せた。


「小娘、間違ったら俺が何とかすると思っているな? それ自体が間違いだ。俺は後衛につく。白蓮から俺は見えない。つまりお前の指示を誰かが訂正することは無い。分かったか?」


「はい、創晴さん」


「白蓮が死んで、お前がとち狂ったら次にお前が死ぬ。そして最後は俺だ。では進むぞ」


 斥候の位置へ移動しつつ、すばやく後衛の位置に移動する創晴さんに、手信号で『了解』と返す。千夏さんは僕のことでいっぱいいっぱいだ。おそらく後ろの気配迄見るのはまだ無理だろう。


 だから創晴さんは後衛に入った。探知無しの実質的に一番危険な位置だ。マ者はいきなり襲ってくるんじゃない。やつらはこちらが一番油断しそうなところで襲ってくる。僕らを見逃して後衛を狙う可能性は十分にある。


 これは鍛えるっていう感じじゃないな、本当の生き残りをかけた潜りって奴だ。


* * *


「それは本当なの?」


 冥闇卿はそれを告げた人物に向かって念押しした。卓の向こう側に座る人物が、肯定する事自体を恐れているかの様にゆっくりと首を縦に動かす。


「ああ、彼らが先触れを送ってこないという事は何かあった。おそらくはもうこの世の人ではないだろう」


「そう言う事なのね」


「お嬢?」


 遠見卿は黙り込んだ冥闇卿に向かって声を掛けた。


「あいつはこっちの考えを全部読んでいたんだね」


 冥闇卿が遠見卿に答えた。いや彼女自身に対して答えたのかも知れない。


「どういうことだお嬢」


「あいつよ、あいつにとって邪魔な全部を消し去るつもりなんだ」


「月貞か?」


 冥闇卿が遠見卿に頷いて見せる。


「あの時と同じだ。何もかも同じだ。私達は今度もあいつの手の平で踊らされたんだ!」


「蝕か!」


「そうよ、柔悟(じゅうご)。それに()()はまだ終わっていない。まだ続きがあるのよ」


 遠見卿はそう告げた冥闇卿の黒い瞳を、無言でじっと見つめ続けた。

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