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密談

 夜風の中、草の間に身を潜めた虫達がもうすぐ変わる季節を前に、次の世代を残すための最後の努力を必死に続けていた。

  

「こちらにおいででしたか、『追憶の森』の結社長殿」


 二人ともどうやって飛び越えたのか、柵の向こう、かがり火が届かぬ岩陰に立つ月令(げつれい)に旋風卿はそう問いかけた。


「旋風卿、いや査察官殿か?」


 月令は「塊の街」の陣のかがり火の炎をじっと見ながら旋風卿に答えた。


「はい。少し変わった方だとはお聞きしていましたが、やっとこうしてお話をお聞きすることができました」


 月令は、やれやれという表情で旋風卿の方を振り返ると、


「兄は、貴殿になんと?」


 と旋風卿に問いただした。


「『追憶の森』の運営が滞りなく行われているかの確認です。それとついでに墓参りを頼まれました」


「兄らしい言い回しだな。ようするに末端の末端とは言え、結社の人間が我先に逃げ出すのは許さんという事だろう。人の世の寄生虫のような我々だが、その程度の面子は保てという事か?」


「でしょうな。私もその兄上から煙たがられているようで、このようなお使いを頼まれるとは一緒にお払い箱というところでしょうか?」


「さあ、兄の考えなど私には思いもよらぬことだ」


 闇の中に、月令の含み笑いがもれる。


「この世から消えていただきたいと思っている方の最後を確認できるという点だけはありがたいことですが……」


「今ここでそれを実践するおつもりかな、旋風卿?」


 月令の目にかすかな光がともる。先ほどとは全く異なり、今の月令の小柄な体には老いを感じさせるようなものは微塵もない。


「いえいえ、こうして先代を前にいたしますと、どうでしょうか? 私の勝ち目は9分はありますでしょうか? でも深手は避けられそうにない。明日朝の事も考えればやめておいた方がよさそうです。それに妹を迎えにもいかねばならないですしね」


 旋風卿は、夜風に揺れる外套のたもとを引き寄せるとその大きな肩をすくめて見せた。


「この二つ名は、どうも呪われた二つ名のようだね旋風卿。私の先代も最後はろくな死に方ではなかったよ。君の代でぜひとも変えていただきたいものだ」


「ご指摘痛み入ります」


 慇懃に頭を下げる旋風卿を見て、再び月令の口から含み笑いが漏れた。


「旋風卿、いや査察官殿。君に頼みがある」


「あなたの兄上はじめ、私は人様のお願いのおかげでがんじがらめですよ。もう大概にしていただきたいものですが……」


 旋風卿は両手を軽く上に上げると、いかにもうんざりという表情で月令に答えた。


「査察官殿。これは『追憶の森』の長として査察官殿への正式な依頼だ。仕事だよ。一つは『追憶の森』の運営が正しく行われた事の報告の為に歌月監督官を城砦まで連れて行っていただきたい」


 旋風卿は月令の依頼におやっという顔をすると月令に問いただした。


「仕事ですか? 私には思いっきり私事のように聞こえますがね。それに私達に随行を頼むなんて正気とは思えませんが?」


 そう告げると、月令に向って片手を顔の前でひらひらと翻してみせた。


「歌月は監督官だ。筋は通っているのではないかな? あれは母親に似て一途な女でね。本来監督官なんて柄ではないんだよ。もっと自由に生きて、あれの母が得られなかった人並みの幸せというのをなんとかつかんでほしいと今でも思っている」


「もう一つは、明日『森』に皆を連れて行くのを決めたのも、私という事で城砦には報告をお願いする」


「というと……」


「白蓮の策を取る」


 旋風卿はその細い目で月令の顔をじっと見つめた。この男にしては珍しくその大きな顔に驚きの表情を張り付かせている。


「本気ですか?」


「どうした? 兄の弟子だけあってお前も保守派か?」


「いや、あなたの兄上から聞いていた話とは大分違うと思っただけですよ。いや流石はご兄弟というべきかもしれませんが……」


 旋風卿の言葉に月令は小さく首を振って見せた。


「私は兄と違って理想主義者ではないよ。現実主義、いや違うな。人はその運命をあるがままに受け入れるべきだと考えている人間だよ。だがたまには若者の願いというのを聞いてやるのもやぶさかではない」


「多分に大それたお願いのような気もしますが?」


「何、特別なことではない。森を本森から切り離しとび森とする。そのとび森からマ者を駆逐する。普通の開拓と同じだよ」


 そう言うと月令は自分の頭を指差して言葉を続けた。


「今の我々はマナ除けを被ってとび森に入り、ちまちまとマ者を狩っているが、黒の帝国よりはるか以前、御代の昔からマナで人を統べた数々の王国はマ者を森から追い立てて勇士達でそれを撃った。軍を先頭に森に殴りこんでいったという点では黒の帝国は別格ではあるがな……」


「我々が御代の勇士に値しますかね?」


 そう告げると、旋風卿は月令に向って両手を上げて見せた。


「数は力なりだよ旋風卿。それに黒の帝国滅亡から300年だ。そろそろ人はまたマ者の頸木から離れてもいいのではないかと思う。たとえ結末が代々のマナ王朝と同じだとしてもだ。そういう意味では白蓮のような自由な発想の若者は貴重だよ。彼には是非生き延びてもらいたいものだ。目をかけてやるぐらいはしてやっても良いと思うがね」


「月令殿もやはり兄上と同じく理想主義者であることだけはよく分かりました。しかしあの男に月令殿がかばうほどの価値はありますかね? だが、あれの反応を考えれば……確かに」


 旋風卿は、しばし考え込むしぐさをしたが、


「その点については歌月殿の件と合わせて承りましょう」


 と月令に頷いてみせた。月令も旋風卿に対して小さく頷き返して見せる。だが彼はしばし考えるような仕草を見せると旋風卿に向って口を開いた。


「かの男の娘は?」


「妹が無事なら無事でしょう」


「ならばすべてよし。それに明日の朝には兄も君も、もう私の裏切りを心配する必要はなくなる。殿は年寄りの仕事として引き受けよう。先陣は君に任せる」


 岩陰から二人の姿が掻き消えると、いつの間にか止まっていた虫の音が辺りに再び響き渡った。


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