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 僕の前を顎の群れが走っていく。尻尾でひっぱたかれると死んでしまうので、少し距離を取ってその後ろを走った。


 顎達は群れて新種を襲いに行くのかと思ったら違った。驚いたことにその動きは統制が取れていて、横一列に並んで、まるで岩山に槍が突き出したかの様な新種()に向かっていく。新種が顎の列に対して苛立つように角を振るのが見えた。どれを最初に始末するか迷っているのだろう。


 グオォォォオォォォオォォ!


 その苛立ちの為か奴が咆哮を上げた。その咆哮を合図にしたかの様に、前を行く顎が右と左に分かれる。おいおい、一体どんな力なんだ? 百夜ちゃんは顎達を手足の様に完璧に操っている。


 新種が角を下に向けた。これは例のやばい奴()だな。慌てて油紙を頭から被った。


 ビチャ、ビチャ


 油紙に何かがぶつかって音を立てた。見ると油紙あちらこちらに黒い染みのようなものが出来ている。ありがたいことにこちらには染み出していない。野営用の厚手の油紙のおかげだ。革長靴の中の足も防寒対策で油紙で包んであるから、足元に落ちた奴も何とかなるだろう。いや何とかなると信じたい。


 顎の一匹が毒を避けられなかったようで、僕の前で長い尻尾を左右に振りながら地面をのたうち回っている。こんなのに巻き込まれたらこっちは一撃でぺちゃんこだ。


 それを避けるように左手に回る。他の顎達はというと、新種の周りに回り込んで四方から新種を取り囲んでいる。新種はその囲みを破ろうとしているらしいが、奴の体重が重すぎるらしく、泥に足をとられてうまくいっていない。


 それはそうだ。あの体重で同じところで足踏みしようものなら、泥により深く嵌ってしまう。


 顎達が一斉に新種に迫った。だけど顎の牙は奴には効かない。せいぜいこちらの牽制にぐらいにしか役に立たないだろう。顎達も飛びかかるのでなく、一匹、一匹と飛びかかる振りをして新種を牽制するに留めている。流石は百夜ちゃんだ。


 ここまではうまく行っている。しかしどうやって口を開けさせる? まさか正面に立つ訳にもいかない。あの角で一差しだ。


 だが顎達は僕の予想をはるかに超える動きをした。顎達は跳躍するのではなく、泥の上をするすると滑っていくと、新種の足にその体を巻きつけた。


 百夜ちゃん、これってマ者使いと言うよりもう魔法だよ!


 動きを止められた新種は、木の幹の様な足を持ち上げようとするが、絡まった顎が邪魔で上げることができない。むしろ同じ場所で上げ下げする足は、より泥の中へと沈んでいく様に見える。


 奴は盛んに短い首を動かして鋭い角を振り上げるが、足元にいる顎には届かない。


 新種は相当に苛立っている。もっともこちらも安穏としてはいられない。百夜ちゃんは長くは持たないと言っていた。当たり前だ。こんな魔法の様な事をしているのだ、一体どれだけのマナを使っているのか想像も出来ない。


 その時だった、一匹の顎が挑発するように奴の前へと進むと、その大きな口を開けた。囮だ。


『分かって居ますよ、百夜ちゃん!』


 新種が囮の顎にむけて角を振りかざした。そして鬱憤を晴らすかの様に、顎の体を一突きにする。顎は即死だったらしく、その一撃だけで動かなくなった。そしてぐいと首を縮める。間違いない。こいつは再び毒を撒き散らそうとしている。毒を吐く前にやつは口を開けて叫ぶ。


 囮の顎を隠れ蓑に、ともかく奴の顔の近くまで進まないといけない。無限さんを見習って、白く見える渡りの卵が厚く積もっているところを足場に前へと進む。一歩でも泥に足を取られたら間に合わない。だが油紙が邪魔で速度があがらない。


 僕の命ですむなら、いっそこいつを捨てるか? いや、それじゃふーちゃんが泣くよな。泣いてくれるよね?


 ならば耐えろ。もう目の前だ。左手で装備袋から煙玉を取り出して、指でこすって紐を抜く。一つ、いや二つぐらいは突っ込んでやる。顎のおかげで奴は体をほとんど動かせていない。奴の角に串刺しにされた顎の横をすり抜けると、眼の前に奴の顔があった。


 グオォォォオォォォオォォ!


『今だ!』


 奴の口に煙玉を放り込む。だが奴の咆哮に体が薙ぎ倒されそうになった。しかしなんて声なんだ。それに僕の耳は持つのか?


 だがそんな事を気にしている暇はない。奴が角を振り回す前に離れないと、一瞬で細切れにされる。後ろ手に油紙を持って必死に奴から離れた。アルさん後は頼みますよ。

 

 ズドン!


 後ろから大きな衝撃音が響く。アルさんの槍が命中した音だ。


 グオォォォオォォオォォオォォオォォ!


 背後から、先程とは比較にならない程の咆哮が上がった。それは威嚇と言うより、苦し気な音を響かせている。


『やったか!?』


 足を止めて背後を振り返ると、暴れる奴の口から細い針のように見える槍が突き出しているのが見えた。アルさんの槍だ。それがまるで針のように見えるのは奴の巨体のせいだった。


 あばれ回る新種に、足にとりついていた顎も弾き飛ばされ、奴の槌のような黒い足に踏みしだかれて、黒い体液を辺りにまき散らしている。


 ビチャ、ビチャ。ビチャ!


 油紙に再び、今度は大量の黒い染みがまき散らされた。そのつぶてのような勢いに、油紙が跳ねて手から持っていかれそうになるが必死に耐える。これを落としてしまったら、今度は毒でやられる。


 オォォオォォオォォ!


 毒を吐いた後も、奴の叫びはまだ続いていた。一撃では仕留められなかったか?


『アルさん、もう一撃です!』


 だが次の槍が飛んでくる気配はない。横を見ると囮役だった顎が頭をあげたまま体を硬直させている。まずい。こいつが邪魔で射界が取れないのか!?


『こいつ、死んでますよね。もう動きませんよね』


 ならばやる事は一つだ。油紙を横手にもってそいつの背中に向かって走った。僕ぐらいの体重で何とかなるだろうか? 考えるのは後だ。もう油紙も要らない。仕留められなければ、どうせ終わりだ。


 顎の背中の突起物を足掛かりに、背中を登って頭に手を掛けた。ただでさえ頭でっかちのこいつの体に僕の体重を乗せる。奴の頭は? 目の前だ。アルさんならこれで十分に分かってくれるはずだ。口にした笛を思いっきり吹く。


『アルさん。今です!』


 ズドン!

 

 顎の体に衝撃が走り、体が奴に向かって落ちていく。僕の体も振り落とされそうになるが必死に支えた。ここで落ちたりしたら僕もこいつの下敷きだ。目の前に黒光りする何かが迫って来るのが見える。あっ、角の事を忘れていた。奴が角を振りかざす前に、その背中に向かって飛んだ。


『い、痛い!』

  

 背中に衝撃が走る。こいつの体は何なんだ。まるで岩だ。いや、岩そのものだ。顎の牙すら通じなかったのが良く分かる。


 グオォォォ! グオォォォ!


 奴の体が震えて跳ね飛ばされそうになるが、甲羅の角を必死で掴む。


 ドン!


 新種の体が崩れ落ちた。その衝撃に手が弾き飛ばされ、体が奴の背中からずれ落ちていく。あっ、まずい。下にいる顎達と同じになる。体が泥なのか、顎の体液なのかよく分からない物の上に投げ出された。


『くそ!』


 足をつこうとするが、支えになるものが何もない。これじゃ体が丸ごと泥の中に沈んでしまう。それに奴は、奴はどうした?


「白蓮君。捕まり給え」


 慌てる僕の目の前に棒、いや槍の石突が突き出された。沈みゆく体から手を伸ばしてそれを必死に掴む。次の瞬間にはとんでもない力で、体が泥から一気に引き出された。頭から何かが掛けられる。マナ除けだ。


「アルさん、助かりました。新種は?」


「白蓮君の最後の一押しが、奴の急所に効いたみたいです。それより逃げますよ。奥側の顎がこちらに向かっているそうです。やつらに気付かれる前に逃げます」


「了解です」


「それから気を付けて下さい。横からいかないと、毒の沼に足を突っ込みます。それと()()()()おめでとう」


 もう本当に勘弁してください。


* * *


「あんたら、あいつを狩っただって!まじか?」


 無限さんが信じられないと言う顔でこちらを見ている。奥から迫って来た新手の顎を巻いて、僕らは営巣地の外で無事に無限さんと合流する事が出来た。だがこれで仕事が終わった訳ではない。いやむしろこれからだ。


「無限さん、そんな事より早く戻って、美亜さんを医者に見せないと」


「そうだな」


「美亜殿は私が背負おう。無限さんには斥候と経路の確保をお願いする。白蓮君、君には百夜嬢をお願いする」


「アルさん、了解しました」


「白男、我の餌はどこだ。とてつもなく腹が減ったぞ!」


 僕の背中から、百夜ちゃんのものすごく不機嫌そうな声が聞こえて来た。そうですよね。あれだけの大活躍ですからね。食べ物ぐらいは……。あれ?


「あっ、さっきのところに忘れてきました」


 僕の肩越しに顔を突き出した百夜ちゃんが口をパクパクさせている。


「何だと!お前を食ってやる!」


「百夜ちゃん、僕の首を絞めないで。それに僕の肩に噛みつかないでください。走れないじゃないですか!」

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