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未練

「多門君。ここまで来てたのね」


 背後から掛かった声に多門は振り返った。暗闇の中、監視所の僅かな灯りを背後に、女性らしい優美な曲線を持つ人影が見える。


「桃子か? こんな夜更けにどうした?」


「こんな時間も何も、ここは私の縄張り(シマ)よ」


 桃子は手にした角灯に灯を入れてそれを掲げると、多門の顔を覗き込んだ。多門はその眩しさと気恥ずかしさに手を額へと持っていくと、その黄色い灯りを遮った。


『あまりじろじろ見るな』


 多門はかつては一緒に暮らしていた事がある女性に向かって心の中で告げた。今の俺は自分がどんな顔をしているのかは分からないが、きっと未練がましい情けない顔をしているのだろう。


「まだ可能性が全くない訳ではないからな」


「あなたにとっては、実の妹のようなものだったものね」


 桃子はそう告げると、角灯を手に多門の横に立った。二人の前では黒青川の静かで、それでいて速い流れが、僅かな水音も立てずに流れている。


「そうだな」


 血のつながりはなかったが、俺にとっては最後の肉親のようなものだ。


「知っていた? 私はあの子に結構焼きもちを焼かれていたのを?」


「美亜がお前にか?」


 桃子の言葉に多門は思わず聞き直した。


「そうよ」


 だからこいつは美亜の事を妹と言ったのか。


「それは知らなかったな」


 多門は桃子に苦笑して見せた。もし美亜が俺の事を兄だと思ってくれていたのなら、目の前に危険があったのに、それを過小評価して来た俺は、本当に至らぬ兄だったという事になる。


「あなたは自分以外に興味がなさすぎなのよ。最近はちょっとは違うかな」


 そう言うと、桃子は多門に向かって僅かに首を傾げて見せる。多門は桃子が誰の事を言っているのかについてすぐに思い至った。


『赤毛の事か?』


 お前にも散々迷惑をかけたな。いや違うな、こちらが迷惑をかけられたのか? だがあの見世物も終わった。こいつがどこまで噛んでいたのかについても、今はもうどうでもいい話だ。多門は桃子の方から黒青川へと視線を戻すと、首を横に振って見せた。


「何も変わってはいないさ。何も。結局、俺は自分がここで何をしていたのか、何がしたかったのかよく分からなくなったところだ」


 美亜には普通に幸せに生きてほしかっただけだったんだが、俺は一体どこで何を間違えたのだろう?


「多門君でもそんなことを思うんだ」


「俺に悩みがあってはおかしいか?」


 どいつもこいつも、俺には悩みなんて無いと思ってやがる。


「そう言う意味でいったんじゃないわ。私がなぜあなたと付き合う気になったのか分かる?」


「なんでだろうな? 俺もずっと不思議に思っていた」


「あなたが結社を変えていやる。手始めにこの城砦を変えてやるって、真顔で私に語る姿がとてもかっこよかったからよ」


 そう言うと、多門の額をちょんと指で突いて見せた。そして多門の鳶色の目をじっと見ながら言葉を続ける。


「当時の私は父の事もあって、何で自分が冒険者になろうとしたのかすらよく分からなくなっていた。そんな私にとって明確な目標を、それも普通の人なら考えもしない目標に向かって、まっしぐらの多門君は本当にまぶしかった」


「そうだったな。そんなことを言っていたな」


「本当に自分が何を言っていたのか分かっているの? その時のあなたと今のあなたは同じ人?」


「どうだろう。今は同じであって欲しいと思っている」


 違うな。いつからか俺の中で目的がどこかに消え去り、手段が目的になっていた。桃子、お前は意外と俺の事をよく見ていたんだな。今でもおばさん以上に、お前が俺の事を一番よく理解しているのかもしれない。おばさんが理解しているのは俺の闇だ。


「桃子、あの3人はお前の所に戻す。いいか?」


「あんなことがあっても、貴方はまだ私を信用しているの?」


 桃子はそう告げると、多門の方を呆れた顔をして見た。


「今は俺自身が信用できないからな。それに結局のところ、お前以外には頼るところがない。よろしく頼む。あいつらは色々と問題はあるが、俺としてはここでやっていけないことはないと思っている」


「分かった。あの子達については私が面倒を見る」


 問題の一つは片付いた。残りだ。


「生き残りの戻りはいつだ?」


 そろそろここに着くはずだ。生き残りからあいつの最後がどうだったかを聞かないといけない。話さないなら、話せるようにするだけだ。そう言えば、おばさんはどこにいった。放っておくと、あの人は何をやらかすのか想像も出来ない。おばさんが怒りに任せて、生き残りを先に殺しでもすると厄介だ。


「戻りはもう少し遅くなると思うわ」


「他にも緊急って奴があったのか?」


「違うわ。事務方が特別演習(特演)をかけた。そのせいで予定が変わっているの。最低でも半日以上は遅れるでしょうね」


「特演? こんな時にか?」


 それでこんなににもここが静かなのか。こんな時に柚安は何をやっているんだ。何を考えている? なぜ遠見卿はそれを止めなかった?


「それで戻りが少ないのか」


 多門の問いかけに桃子が頷いた。


「ずっとここに立っている訳にもいかないし、少し中で休んだら? 昔の男だから特別に食事と居場所を提供してあげる」


「そうだな」


 桃子に対して多門は素直に頷いた。今ここで体力を消耗しても意味はない。


「事務官。多門特別監督官に食事の用意と仮眠の出来る場所の提供をお願い。空きが無いなら、特別枠を使っていいわよ」


 桃子が渡口で向こう岸の監視業務についていた警備方の事務官に声を掛けた。


「桃子さん、了解しました」


 渡口の方から声が返る。


「じゃあね、多門君。あなたの願いが通じることを祈っているわ」


 お前の言いたいことはよく分かる。可能性という奴は俺の勝手な妄想だ。単なる未練だ。だが今の俺はそれに縋りつくしかないんだ。


 桃子に続いて監視所への坂を登り始めた多門は、誰かの声が聞こえた様な気がして、ふと背後を振り返った。だがそこには黒青川の黒い水面があるだけだった。


* * *


「ちゃんと特別枠として扱った」


 桃子は傍らに居た事務官に声を掛けた。


「はい。ほとんど食べられませんでしたが、一口でも食べれば十分です。しばらくは目を覚まさないと思います」


「では、この件は内密でお願いね」


「了解です」


 桃子は監視所内にある宿直室の一つの扉を開けると、そこの奥にある寝台へと視線を送った。そこでは多門が浅い呼吸をしながら、外套を着たままの姿で横たわっている。


「ごめんね、多門君」


 桃子の口から言葉が漏れた。


 あなたは昔の男だけど、私は今の男に忠実でないといけないの。何せその人は貴方と違って、フリじゃなくて本当にとても恐ろしい人だから。もし貴方がこの件で私を殺しに来るのなら、今度は昔のように貴方のところから逃げ出したりはしない。


『きちんと相手をしてあげる』


 桃子は寝台の近くに体を寄せた。そして無精髭が目立つその顔に自分の顔を近づけると、その唇に自分の唇をそっと重ねた。

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