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助言

「白蓮師匠、お戻りですか?」


 白蓮はその声に思わず慌てた。あっ、この子の事をすっかり忘れていた。研修所に戻らずに、ここで僕の戻りを待っていた?


「白蓮師匠?」


 背後にいる実季さんが、不思議そうな顔をして千夏さんを見ている。ああ、やってしまった。でもそんな事を気にしている場合じゃない。


「千夏さん、ごめんなさい。これから森まで行ってきます。二日、いや三日は戻らないと思います」


「森ですか?」


 千夏さんも実季さん同様に不思議そうな顔をして僕を見ている。それはそうだ。ここを出る前にはしばらくは報告三昧だとか、口伝を教えてとか言っていたのだから。


「僕が不在の間については、仁英さんと用哲さんの指示に従ってください」


「それはいいですが、何で急に森に行かれるのでしょうか?」


「ちょっと人を助けてきます」


 千夏さんがさらに驚いた顔をする。嘘じゃないですよ。本当の事です。それに今は色々と説明している時間も無いんです。


「実季さん、これが今日の潜りに関する資料です。北-1までの緊急配備場所の確認と、北ー1までの探索路の確認をお願いします」


「はい、白蓮さん」


 千夏さんが僕から書類の束を受け取った実季さんを、今度はあっけにとられた顔で見ている。そう言えば押しかけ弟子という点では君たちは似た者同士だったね。


 そんな事が頭に浮かんだが、白蓮は直ぐに目に前の資料に集中しようとした。だが誰かがこちらを見ている視線を感じて頭を上げた。ちょっとだらしなく見える人影がこちらをじっと見ている。


「おい、白蓮。可愛いい弟子が居るところに他の女を連れ込むとはどう言う料簡だ?」


 無限さんはそう言うと、隣で地図を広げようとしていた実季さんの方をじっと見た。無限さんの言葉に実季さんが僕の方を冷たい視線で見ている。ただでさえ面倒な状況なのに、このおっさんは何でそんな面倒な事を言ってくれるんだ?


 実季さんを見た無限さんが首を傾げて見せた。


「お前は確か、赤毛のところの弟子だったな?」


「はい、赤毛組の実季です」


「金髪の姉ちゃんは元気かい? それよりこんな所に来て何を……」


 そうだ。無限さんが居てよかった。色々と手間が省ける。


「無限さん、すいません。北ー1に緊急の救助で森に潜ります」


「救助? どこからの要請だ。俺達は救護組じゃないぞ」


「いえ、要請ではありません。うちの組として潜らせてもらいます。預かりの身ですいませんが、3日ほど行かせてください」


 僕の言葉に無限さんが訳が分からんという顔をしている。


「組の者が手続きを進めています。勝手なお願いで申し訳ありませんが、探索組の要請扱いで監視所で物の受け取りをさせていただきたいのです」


「北ー1って、渡りの繁殖地か? 今年は南に場所を変えたから、大店の連中が入って見ると言っていたんじゃないのか? やっぱり少しは渡りがいたのか?」


「その件だと思います。先ほど物見方から先触れが来ました」


「仁英、ちょっと見せてみろ」


 仁英さんが先触れが持ってきたらしい知らせを無限さんに差し出した。


 先触れを見ていた無限さんの顔が紅潮する。これは……絶対にいい話じゃない。


「これは何だ!遠見卿の話じゃ何かが山ほどいるって話じゃねぇか? 潜った奴らはみんな昼寝でもしてたのか!?」


「多分、顎あたりが深く潜っていたんじゃないですかね。探知は土の中とかは相当近寄らないと分からないんですよ」


 無限さんの剣幕に仁英さんがちょっと及び腰になっている。この人は怒ると本当に怖い。千夏さんも実季さんもびっくりした表情で無限さんを見ている。


「それでもひどすぎだ。これは俺ら探索組の大失態だぞ」


 無限さんが切れて、悪態をつきまくる前に話をまとめないといけない。


「そこにうちの知り合いが取り残されました。この実季さんを含めて、この前監視所に居た赤毛組三人の教官です。その人を救いに行きます」


「救うったってどうすんだ。前が詰まっているだろうが。間に合わないぞ」


「ええ、分かっています。それでも行きます。うちの組長のお願いですから。うちの組はとんでもないのがいるんですよ。マ者だけじゃなく、マナ使いも探知できる人です。なんとかなるかもしれません」


「そいつは便利だな。それでも夜の移動だ。進み先を間違えてマ者と鉢合わせしたらお終いだぞ」


 そこは出たとこ勝負です。


「おい、仁英。こいつの探りは誰がどうやったか事細かに確認しろ。いつしょんべんしに行ったかまでだ」


「はい、無限さん」


「白蓮、定員は空いているのか? これは俺ら探索組の責任だ。俺も一緒に潜る。いや潜らせてもらう。俺がいた方が面倒なく進めるはずだ」


「空いてますけど、本気ですか?」


「当たり前だ。落とし前はつける」


「白蓮さん!」


 横に控えていた千夏さんが突然大声を上げる。僕はもちろん、無限さんや仁英さんも驚いた顔をして千夏さんを見た。


「千夏さん、急に大声をあげるとびっくりするよ」


「行ってはだめです。絶対に行ってはだめです」


 なんだ? だが千夏さんの目は真剣そのものだった。 


「これは行かないといけないんだよ。人の命がかかっているからね」


 それにふーちゃんのお願いだからね。僕に否はない。


「渡りが急に繁殖地を変えたんですね。その巣の跡にいるのは顎の大人です。そしてその顎を狙って、(かぶと)が来ます。そいつはとても恐ろしい奴なんです!」


 彼女が僕の手を必死に掴む。


「千夏さん、落ち着いて……」


「顎が群れになっているんです。もうその人は生きてはいません。だから行ってはだめです。白蓮さんに何かがあったら私は生きていけません」


 最後の一言はちょっと大げさじゃないか?


「兜って?」


「祖父の話では、黒く厚い甲羅のようなものを纏った大型のマ者だそうです。頭が細くまるで槍の穂先のようになっていて、それで顎の大物を一刺しにするそうです。しかも、その先には毒があって、人はその飛沫が触れただけでもあっという間に死ぬと言っていました。近づいては絶対に駄目な奴なんです」


「無限さん!」


 これは例の奴ですよね?


「そいつは例の未確認って奴だな。何て事だ!俺達はついこの間、新種を一匹狩ったばかりだと言うのに、また新種だって?」


 彼女が居てくれて助かった。これは相当に用心しないとだめだ。顎が群れになっている? あいつらはそれぞれの縄張りにいるんじゃなかったのか?


「千夏さん、そいつの急所は?」


「白蓮さん駄目です。行っては……」


 千夏さんが僕に縋りついてくる。君の気持はありがたい。だけど君の願いは聞けない。なぜなら……


「千夏さん、僕は冒険者だよ。君だって冒険者だろう?」


 千夏さんがはっとした目で僕を見る。分かってくれたかい? 


「口です。口から体の中心線にまっすぐです。祖父の話では兜は腹も甲羅に覆われていて、獲物は役に立たないと言っていました。ただ兜が口を開けるのは何かを喰らう時です。それが邪魔になって狙えません。逃げるしかないんです。祖父はそう言っていました」


 縋りつく彼女の両肩に手をやる。そして体を離して彼女の顔をじっと見た。こんな僕の事を心配してくれてありがとう。だけどそれでも僕は行く。


「もちろん逃げるさ。それに避けて通る。安心して欲しい。僕らは人を助けに行くのであって、そいつを狩りに行く訳じゃない」


 そんなに心配はいらないよ。無限さんを含めてすごい人達と一緒だ。君は旋風卿の槍をまだ見たことはないだろう? きっと獲物をぶち抜いて、兜とかいう奴の口に槍を打ち込んでくれる。


「大丈夫、無事に戻ってくるよ」


「白蓮、行くぞ。書類は馬車の中で見ればいい。必要な物の一覧もそこで着くまでにまとめろ」


 僕が千夏さんを説得している間にも、書類を確認していた実季さんから声が上がった。


「白蓮さん、書類は確認しました。一応いけそうな探索路にも印をつけてあります」


「実季さんありがとう。向こうで物の確保も頼みます。じゃ行くよ」


「せめて監視所までご一緒させてください。もし何かあれば、私の知っていることがお役に立てるかもしれません」


「分かった。無限さん、いいですか?」


「そうだな。何があるか分からん。その方がいいだろう。仁英、創晴を呼んで来い。帰りの付き添いだ」


 無限さんの言葉に、仁英さんがあっという間に駆け去った。ここの人達の動きは常に速い。


 この子(千夏さん)のこともみんなにちゃんと説明しないとな。説明すれば、ふーちゃんもきっと分かってくれる。実季さん、頼むからその前に余計な事をふーちゃんに吹き込まないでくれよ。


 僕には()なんかより()()()の方がよほど危険なんだ。


* * *


柚安(ゆあん)指揮官、私信が入っています」


「私信? この忙しい時に?」


 事務官の言葉に柚安は顔をしかめた。


「それが、月貞結社長の私印が入っているんですよ」


「結社長の?」


 北ー1の件で大忙しだと言うのに、一体何だと言うのだろう。柚安の視線を受けた事務官も、柚安に向かって肩をすくめて見せる。


「分かった、そこの机に置いておいてくれ。ありがとう」


「君、ちょっと変わってくれるかい? 北ー1の件はだいたい方をつけたつもりだから、遅れる組が出ないかだけよく見張っていてくれ。もうすぐ日も暮れてくるしね」


「柚安さん、了解です」


 柚安はため息を一つつくと、机の上に置かれた封書を取り上げた。確かにそこには結社長の私印で封がされている。


『結社長が私に何か言ってくるとは思えないけど。何だろうね』


 それを剥がして中身を取り出す。そこには明らかに女性の字で文が綴られている。おやおや、勝手に印を使って怒られないのかな? まあ、無視する訳にもいかないか?


 柚安はその文章を一読すると休憩中の指揮官に声を掛けた。


「ちょっと下まで出てくる。たいした時間じゃない。よろしく頼むよ」


「了解です」


『では、噂のお嬢さんに会いに行くとしますか』


 柚安は心の中でそう告げると、休憩場所に吊るしておいた上着に袖を通した。

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