秘策
「長、考えがあります」
白蓮は建てられた柵の周りのかがり火の中で、皆から少し離れた岩の上で静かに煙管でたばこを吹かせていた長ににじり寄った。
「殺し合いを避けるにはそれしかありません。『森』からマ者をこの戦におびきよせるんです」
その声が届く範囲にいた者達、わずかな食料を思い思いに食べていた数人が、思わずその手を止めてこちらを見た。みなこの馬鹿はいったい何を言っているんだという顔をしている。
「マ者が現れれば、いくら何でも目の前で殺し合いを続けようとはしません。多くの人は逃げ惑うでしょうけど、「魁」の人々や一部の人たちは自分の命や街を守るために、マ者に立ち向かうはずです。そうすれば戦は終わりです」
白蓮は、向こうに広がる塊の街の軍勢の陣のかがり火を指さしながら続けた。
「あの森は広くはあるがとび森です。この中では僕が採取のために一番中に入っているから分かりますが、中にいるマ者だってせいぜい黒犬までのはずです。迷いで本森から入る込んでいるものもいるかもしれませんが……」
森に入ってマ者をおびき出す?
あまり突拍子もない話に、皆の間から含み笑いが盛れる。少し離れた位置にいた薄毛の男が白蓮に向かって麺麭入れのごみを丸めて投げつけた。
「マナなし、お前は本当にあほだな。おびき出すもなにもない。本森とつながっていないというだけで開墾用に切り出したとび森とはわけが違うんだ。人数揃えて森に入った時点であっさりやられておしまいだ。自殺と同じじゃないか」
さらに彼は、自分の皮鎧の牙の留め具を指さして、
「黒犬までだって? はぐれの子供を狙って狩るだけでも命がけの奴だ。群れで来たらどんな組だってあっさり終わりだというのに」
と呆れた表情で採取専門で黒犬など倒したことがない白蓮を揶揄った。
「それでも全体の数は大したことはないはずです。ここには数千の獲物を持った人間がいるんです。力を合わせれば森から出てきたやつを十分撃退できます」
白蓮はそれでも必死に訴えた。ここで引き下がったら終わりだ。
「マナなしの兄ちゃん。赤毛のお嬢さんの元に戻りたいのは分かるがあきらめな」
薄毛の男は、そういうと白蓮の相手をするのが面倒になったのか、
「玄兄と微宣はあっさりやられちまったが、そっちの方がまだましだったのかもしれないな」
そう呟くと白蓮を無視して外套にくるまって草の上に体を横たえた。
他の者たちもぼそぼそと愚痴をいいながらも最後の夜を少しでもましなものにする為の努力をしているらしい。結社の長はなおも食い下がろうとする白蓮に、手を振って話は終わりだと合図をして立ち上がると、腰に手をやりゆっくりと伸びをした。
彼にだって歌月さんという娘がいて、ふーちゃんと一緒に囚われの身だというのに!
この人もここにいる皆と同じで様々な後悔や無念を押し込め、生き残る努力ではなく、あきらめる努力をしているというのだろうか?
「人は時としてあきらめこそが肝心だよ、白蓮君」
彼は白蓮にあっさりそう告げると、取りつく島もなく白蓮の元から歩み去ってしまった。もっと説得の仕方を考えるべきだったか?
自分が言うのではなく他の誰か、旋風卿とかに言ってもらうとか……。心の中に様々な後悔の念が湧き上がって来る。焦燥感に苛まれていた白蓮の肩を誰かが叩いた。振り返ると旋風卿が夜風に外套を翻しながら立っていた。
「白蓮君、私は査察官としての仕事がまだ残っていてね。すこし席をはずさせてもらうが、長の言う通り、休む努力をするべきだね。その方が少しは生き残る確率が高くなる。ではいい夜を……」
そう白蓮に告げると旋風卿は肩を落とす白蓮を後にして暗闇の中へと去っていた。




