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空き家

 黒い落ち葉の中の所々に白い何かが見える。渡りの卵の殻だ。それは黒い腐肉から何か邪悪な生き物の骨が覗いているかのようにも見えた。


 どんなに気を付けて足を運んでも、それは足元でかさかさと耳障りな音を立てる。その音が鳴る度に、美亜は目の前にある大きく盛られた泥の山のようなものに目をやった。渡りの巣だ。


 もしいつものようにここが渡りの繁殖地であるのなら、少しでもこの音をたてた時点で命はない。あの巣から顔を出した渡りの餌になる。


 だが今は何も顔を出すものは居ない。探索組の報告で渡りは居ないと言われていても、体にしみ込んだ恐怖が消え去る訳ではなかった。むしろ探索組が見逃している奴がいるのではないかという恐怖に、美亜は体が動かなくなりそうになるのを感じていた。


 前方を進む丁司はこの泥の小山の営巣地を避けるように縁を回って進んでいる。それはそうだ。いくら渡りがいないと言われていても、この中を突っ切るのにはよほどの勇気と豪胆さが必要だ。それをここで示す必要など何もない。その後ろを兵太が進んでいく。どうしても巣の陰に入る丁司とのつなぎをするためだ。


 探索組の黒犬が入り込んでいるという情報は本当なのだろうか? 美亜から見る限り、ここまでのところ糞や毛など、黒犬の兆候は全くない。奴らは群れの縄張りを主張するために必ずその痕跡を残す。


 残念ながら渡りの巣の匂いが強烈すぎて、匂いでやつらの兆候をつかむのは無理だった。新しい爪痕のような物も見当たらない。ここはまだ繁殖地の中でも一番手前の営巣地だ。奴らはもっと奥に居るのだろうか?


『無い』『危険』


 営巣地の反対側迄回り込んだ丁司から、美亜に手信号が送られた。美亜の体から思わず力が抜ける。緊張の為か余計な力が入っていたらしい。まだ以前に森に潜っていた時と同じようには出来ていない。早く勘を取り戻さないと命に係わる。


「やれやれ、もしかして外れ籤か?」


 美亜の耳に背後にいる大海の呟きが聞こえた。もしそうだとすれば、彼にとってはとても残念な話だろう。大海が殿を務めているはずの輝一組長に手信号を送るのが見えた。


「美亜さん、先に行ってくれないか? 俺はちょっと用を足してくる」


 大海の言葉に美亜は『了解』と手信号を返した。営巣地の端の向こうでは、丁司が美亜にこちらに来るように合図をしている。ぐるりと回っている兵太は、まだ営巣地の左手に居るはずだが、美亜からは泥の山に隠れて見えない。


 とりあえずこの殻を気にせずに進めるのは助かった。これを鳴らさずに進むというのは、本当に神経がすり減りそうになる。


 美亜は背嚢を背負直すと、丁司の方へと大股に歩き始めた。足元では卵の殻がバリバリと大きな音を立てている。本当に嫌な音だ。両側は泥の山だが、美亜からは正面の丁司の姿は確認できている。


 背後では輝一組長らしき人影が見えたがすぐに隠れた。彼も用を足しに行ったのだろうか? まっすぐ進まずに左手へと折れたように見えた。それとも兵太に何か話でもあるのだろうか?


 美亜はその動きに違和感を覚えた。二人も隊形を崩すなんて、いくら何もいないからと言って油断のしすぎだ。泥の山の影を回りながら左手に視線をやる。兵太がいるならその辺りのはずだ。


 美亜はそこに平太の姿を見つけると、安堵のため息をつく。しかし平太は大きく手を上げると、美亜に向かって手信号を送ってきた。


『危険』『逃げろ』


 美亜はその内容に面食らった。前は?


『安全』『進め』


 丁司がこちらに向かって再び手信号を送って来る。一体どういう事なんだ!?


「美亜さん、逃げろ!」


 兵太の絶叫が営巣地に響き渡った。次の瞬間だった。兵太の体が赤い炎に包まれる。


『輝一組長か!』


 美亜は背後の気配を探りつつ、泥の山の陰に身を隠した。


『森の中で仕掛けて来た!?』


 輝一はどこだ。向こうの炎よりこちらの方が早い。先に撃って眠らせてやる。美亜は必死に辺りの気配を探った。


 ズズ、ズズズズズズ……


 美亜の耳に何かが泥を引きずる様な音が響いて来る。この音は何だ? 泥に押し付けた体には音だけでなく、何かがはいずる振動も伝わってきた。まさか、渡りが中に居る? いや違う。この音は……、


 カサカサカサ


 渡りの卵の殻をひっかくような乾いた音がする。美亜はこの泥の山の中に何がいるのかを理解した。これは渡りじゃない。(アギト)だ。それも大物達だ。


 泥の小山の上から真っ黒な、ほとんどが口といっていい頭が顔をだした。その大きなに口は、小さなのこぎりのような歯がびっしりと生えている。その音は美亜が体を押し付けている山からだけでなく、あたりの泥の山々から一斉に響いていた。


『ああ……この中には渡りの代わりにこいつらが詰まっていたんだ』


 美亜の心の中に絶望の言葉が木霊した。周りにはこの世の地獄の様な景色が広がっている。数多の小山の上に突き出たその姿は、真っ黒く光る向日葵の花が一斉に咲いたかの様だった。


 その黒い向日葵の向こう側で、丁司は美亜に向かってにやりと笑うと、木立の向こうに姿を隠した。


* * *


「白蓮、遅いよ!」


「白男、待たせすぎだ。お前を最初に食べてやる」


「あんた、百夜に先に食べさせないようにするのがどんだけ大変だったか分かっている!?」


「ごめん、ごめん。聞き取りとか色々あって。本当に面倒な事ばっかりなんだよ」


 白蓮は風華に向かって両手を合わせた。その姿に風華が仕方がないと言う表情をして見せる。


「僕が最後? 久しぶりに皆が揃ったね」


 白蓮はそう言うと、卓を囲む旋風卿に世恋、歌月の顔を見回した。


「いや、もう一人居るけど急な招待だったからね。先に始めてくれって言われているから始めましょう」


「赤娘、どうでもいいから早くしろ」


「はいはい」


「え、何か今日は祝い事でも?」


「白蓮、何を言っているの。今日は白蓮も主役なんだよ」


「僕が、でも僕もという事は……他に誰が?」


 だが風華は白蓮の呼びかけを無視すると、杯を片手に立ち上がった。そして皆にも杯を持つように即す。


「では皆々様、飲み物の準備は良いですか? 謹んで発表させていただきます。今日は、百夜のお誕生日会と白蓮の新種を狩れたお祝いを兼ねた食事会です」


「誕生日!?」


 白蓮が驚いた顔をして傍らに立つ風華の方を見た。


「今日に決めました」


「決めた!?」


「そうだ。誕生日会というのはごちそうを食べるのだろう。皆の者、今日は我に感謝して食べるがいい」


 風華の言葉を受けて、百夜が白蓮に向かって偉そうにそっくり返って見せる。


「黒娘、お金を出しているのは旋風卿と世恋さんだからね。では、皆々様のご多幸とご健康を祈念して乾杯です!」


 そう声高に告げると、風華は皆に向かって手にした杯を高く掲げて見せた。


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