招かざる人
「白蓮、下に客が来ているぞ」
「僕にですか?」
用哲さんが僕を呼び止めた。やっと新種の報告について物見方と事務方に説明が終わったところだというのに誰だろう。別の部署にまた説明しないといけないのだろうか? 生き残れたことにかまけてうっかりしていた。やっぱり他の誰かが狩ってくれた事にしてくれと念押ししておくべきだった。
「若い女性だそうだぞ」
若い女性? 待って、ふーちゃんは歌月さんと一緒に旋風卿の家に戻ったはずじゃ。。あ、もしかしたら歌月さんから「いいところ」での一件を聞いたとか?
冬だと言うのに、背中を冷たいものが流れる。まずい。すごくまずいぞ。何か言い訳を考えておかないと……。いや、いきなり刺しに来るかもしれない。腹に油紙の束でもまいておくべきか。
「お前もなかなかやるな。後で無限さんとか、仁英あたりにいびられるぞ。覚悟しておけ」
そう言うと、用哲さんは僕の背中を叩いて去っていく。用哲さん、痛いですよ。結構本気で叩いて行きましたね。ふーちゃんなら無限さんは大丈夫でしょう。仁英さんも別にいびりはしないと思うな。いや、そういう問題じゃないんです。僕の命がかかっているんです。
とりあえず、階段の上から下の様子を伺う。逃げ道は、廊下の突き当りから外階段で逃げられる。大丈夫だ。頼むから誰も登ってなんか来るなよ。上から見ても、下からのぞいてみてもあの目立つ赤毛は見えない。ふーちゃんでは無さそうだ。
用哲さん、きっと僕を呼びに来た、どこかの部署の事務官補助の子ですよ。でもまさか隠れているという事はないよな。大分気が楽になったが、問題を先送りしているだけだ。いずれはどこかで命を狙われる。
「君が白蓮君だったね。こちらが君のお客さんだ」
一階の事務室の男性が僕に声を掛けて来た。彼の横に小柄な人影が見える。どこの部署だろう。もういい加減にして欲しい。その人影がこちらの方を振り返った。
「千夏さん!?」
「はい」
窓から入る日の光に、彼女の黒髪が光っている。そして大きな黒い瞳が僕を見ていた。かわいい子だろうとは思っていたが、日の光の下ではもっとかわいい。それに今は変な化粧をしていないせいか、店で見た時より若く見える。いや、そういう問題じゃない。一体なぜ彼女がここに居るんだ?
「白蓮さん、やっとお会いできました」
千夏さんが満面の笑みを浮かべて僕を見た。まぶしすぎるからやめてください。むらむらを思い出してしまうじゃないですか。
「何か僕に用事が?」
いや、こちらから連絡は取ろうと思ってましたが、それは僕と言うよりこの探索組としての話で……。
「美明姉さんから、この間の請求書を預かって来ました」
ああ、そう言う事か。あれは店の中での、客としての扱いという事ですね。僕は一体何を勘違いしていたんだ。本当に恥ずかしい。
「それは僕じゃなくて直接……ああ、無限さんはお昼か。上にいる副組頭の用哲さんが受け取ってくれると思います」
「はい」
千夏さんが僕の言葉に素直に頷いた。君は化粧なんかいらないね。裏に引っ込んでいないで、表に出てきたら、この辺の独身男性がみんな美明さんの店に君目当てで行列を作りますよ。
「じゃ、用哲さんを呼んで来ます。僕はここで失礼します」
「いえ、私も用事があって来ました」
「他にも誰か払いがある人が?」
創晴さん辺りかな?
「いえ、私が白蓮さんの弟子になる件です」
そのネタはもうふーちゃんで十分なんだけどな。
* * *
「こりゃ確かに俺の字だな」
千夏さんから申請書を受け取った無限さんが人ごとみたいにしゃべっている。分かっているんですか、共犯ですよ。共犯!
「申請書も透かしが入った本物ですよ」
無限さんから申請書を受け取った用哲さんが、感心したように呟く。誰かが隙を見せたら奪って破いてやろうとしているのだが、さすがにこの人達はそんな隙はみせてはくれない。
「監督官の署名も、白蓮の署名もあるしな」
そう言うと、用紙を仁英さんに渡す。
「文句のつけようがないな」
仁英さんも完全に他人事だ。あなたが美明さんに僕を紹介しなければ、こんな事になってないんです。分かっていますか?
「でも、どうしてこんな申請書を持っていたんだ?」
仁英さんが無限さんに書類を戻して、千夏さんに聞いた。
「お店で伝手が出来たら使おうと思って用意していました。申請書は姉さんからとあるお客さんにお願いしてもらいました。何としても森に潜りたかったんです」
「監督官は?」
「あの方は、美明姉さんのお客様でよくいらっしゃいますから……」
「ああ、そう言う事か。あの人も妻子持ちだからな」
用哲さんの言葉に、仁英さんが頷く。
「皆さん何を納得しているんですか!僕も無限さんも明らかに騙されたんですよ!」
なんだろう。みんなが痛い奴を見る目つきで僕を見ている。あの、皆さん分かっています? 僕は被害者なんですよ!
「何を熱くなってんだ白蓮。こんなかわいい弟子なんて、取ろうとしたって絶対に取れないぞ。そんな事を真顔で言って見ろ、創晴あたりに首を絞められて殺されるぞ」
仁英さんが真面目な顔で僕を見る。だめだこりゃ。
「無限さん!」
無限さんに助けを求める。あんたが酔っぱらって署名するからじゃないですか!まあ、僕も人のことは言えませんが……。
「白蓮、こういうのは厄介なんだ。そもそも酒が入っていようがナニをしてようが、この手の正式な書類に書いたやつを取消すというのは、とんでもなく面倒臭いんだよ。本音を言えば、出来れば俺が変わってやりたいぐらいだ。畜生、なんてうらやましいんだ!俺だってこんな一途な子がいたら、全然人生は変わっていたぞ!」
なら簡単です。代わってください。
「だいたい、弟子の食い扶持を稼ぐほど実入りはないんですよ」
今でも旋風卿のお宅に居候なんですからね。
「それなら心配するな。お前は新種をやったんだぞ。どんだけ報奨金がでるか分かっているのか? 弟子の一人や二人抱えて、城砦内の部屋が十分に借りられる」
金はあった方がいいですけどね。金で命は買えません。それに僕はふーちゃんの為に冒険者をやっているんですからね。こいつは手段で目的じゃないんです。
「分かりました。その金を全部、誰かに渡しますからこの子を引き取ってください」
「白蓮さん!」
千夏さんが目に涙をためて僕を見る。ごめんなさい。口がすべりました。
「白蓮、謝れ」
「謝れ!」
皆さんこの子の味方なんですね。ああ、実季さんが弟子になった時のふーちゃんの気分が少しは理解できた。
「千夏さん、すいません。言い過ぎました。別に千夏さんのことが嫌いとかそういう訳では無くて……」
ちょっと千夏さん、何を僕に縋りついているんですか!
「白蓮、こいつは受理してしばらく俺の手元に置いておく。この子はお前が弟子として引き取れ」
「無限さん、何を言っているんですか、何処に引き取るんですか?」
「千夏さん、店に借金はあるのかい」
「ありません」
「それなら何も問題はない。弟子なら店に置いとく訳にはいかないだろう。仁英、住むとこだがとりあえずは研修所にねじ込め。ここに置いてやりたいとこだが、ここはお嬢ちゃんにはあぶない奴が多すぎる」
一番危ないのは無限さんじゃないですか?
「理由はどうします?」
「とりあえず、俺の落とし子とでもしておけ」
「その方が騒がれなくていいですね」
無限さんの言葉に、仁英さんが頷く。
「美明にも口裏を合わせるように言って、払いに色をつけろ」
用哲さんも手信号で無限さんに了解と返す。なんだろう。さっきとは何もかもが違う。森で何度も見た、この人達が切り替えるときみたいだ。
「白蓮、それにお前がこの子について俺達に言ったことが本当なら、誰かこの子を守ってやる奴が必要だ。それにそのことはこれ以上誰かには話すな。分かるか?」
無限さんが、僕の顔をじろりとにらむ。この顔は無限さんと最初に森に潜った時の顔だ。
「この子は役に立つんだ。俺の大の苦手な権力争いって奴にな」




