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執行人

 馬車の窓からは朝焼けの真っ赤な空が、城砦の向こうに広がっているのが見えた。城砦の街並みはまだ関門の影の中でひっそりと佇んでいる。私と百夜、それに実季さんも、歌月さんが監獄まで来た馬車に乗って、城砦へと向かっていた。白蓮は御者台だ。


 白蓮は昨日から何故か、私と目をあまり合わせようとしない。私は白蓮に何かしただろうか? それとも私の傍に居なかったことを少しは反省している? ただの勘だけど……なんかおかしい。新種をやったとかでいい気になっているとか?


 桃子さんは私達に数日間の休暇をくれた。思えば城砦まで戻るのは久しぶりだった。10日にはるかに満たない話なのに、もう何か月も戻っていない気がして、世恋さんが入れてくれるお茶が、とても懐かしく思い出される。


 私の向かい側で歌月さんは窓の外をじっと見ていた。百夜は歌月さんにもたれかかっていつものように熟睡だ。実季さんは私の手を握って隣に座ってくれていた。彼女は昨日の夜も、ずっと私の傍にいてくれた。多門さん、あなたは正しい。私はなんでどこかに行きたいと思ったんだろう。ここが私の居場所なのに。


「ん!」


 歌月さんが急に窓の先に身を乗り出した。百夜の頭が座席に落ちたが、もちろんこ奴はこのくらいで起きたりは決してしない。何やら前方から別の馬車の車輪の音がしたかと思ったら、一台の黒塗りの馬車が、あっという間に私達の馬車とすれ違った。ぱっと見だったが、ちょっと重厚な感じがする立派な馬車だった。


「あれは……」


 座席に戻った歌月さんが、ちょっと怪訝そうな顔をして見せた。


「歌月さん、さっきの馬車に何か?」


「いや、知り合いが乗っているのかと思っただけだよ」


 歌月さんがさも大したことはないというように手を振ると、百夜の頭を膝の上にあげた。百夜、歌月さんの膝枕で寝るなんて、本当に贅沢すぎ!


「だけどおかしいね。何でこんなところまで出張ってきているんだい?」


 歌月さんはそうつぶやくと、再び無言で窓の外を見つめた。


* * *


「お待ちしておりました」


 桃子が丁寧に頭を下げた。こいつはこういうところはきちんとしているな。俺には無いところだ。まあ、俺も頭ぐらいは下げないといけないか。


「ご苦労様。そんなに手間をかけるつもりはない。それに急な話だからね。後の予定もいささか詰まっている」


「ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません」


「いや、桃子君。君のせいではないと思うよ。だけど執行人の怠慢はどうかと思うね。そう思わないかな多門君」


「おっしゃる通りです。返す言葉もございません」


「まあ、それも君のせいではないと思うけどね」


 男は俺にそう告げると、俺に向って軽く手を振って見せた。どうせ腹の中では、なんかの材料になるぐらいは思っているでしょう? この人は本当にとらえどころのない人だ。彼はそう言いながらも桃子の案内で足を進めていく。


「そう言えば私の姪はどこかな? こちらに来ていると聞いたのだけど」


「入れ違いで先ほど城砦に戻られました」


「さっきの馬車か。あれも父親に似て他人行儀だな。止めて挨拶ぐらいしてくれてもいいのに」


 本気で言っていますか? 貴方の馬車を止めるような奴はここには誰も居ませんよ。


「この中かね?」


「はい」


「では、執行人としての確認があるので、君たちはしばし席を外してもらえないかな?」


 そう言うと、男は警備の者も含めて周りを見渡した。


「確認だけだからね、そんなに時間はかからない。では準備をよろしく頼むよ」


「はい、月貞結社長」


 桃子が再び丁寧に頭を下げると、全員ここから離れるように指示を出す。そして桃子がこっちを見た。俺もと言う事だな。


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