最後の願い
油灯がかすかに揺れている。部屋の中には一人の男性の影があった。碧真さんだ。
「どうかこちらにお座りください」
どうしていいか分からない私に、彼の方から声を掛けてくれた。私は部屋に進むと、小さな卓を挟んで碧真さんの前に座った。
「どこにも怪我は?」
「大丈夫です。怪我はありません」
「それは良かった」
碧真さんが優し気に微笑んでくれた。この人は本当にすぐに殺されてしまうような人なんだろうか?
「助けていただきまして、本当にありがとうございました。でも……」
碧真さんが手を上げて私の話の続きを止めた。
「桃子さんから私の事は聞いているでしょう?」
「はい」
「あなたが気にするような事は何も無いですよ。むしろ最後に何か役に立つことが出来てよかったと思っています」
私は何も答えることができない。碧真さんが手を伸ばしていきなり私の赤毛をぐしゃぐしゃにした。こんな事をされるのは、子供の頃に父にされて以来だ。
「そんな顔をしないで、あなたらしくない。私や私の仲間があなたを助けたのは、あなたの笑顔が素直で素敵だったからですよ。あなたからそれを取ったら、何か残る物があるとは思えないな」
「それは、ひどくないですか?」
私の言葉に碧真さんが含み笑いを漏らした。思わず私もつられて笑ってしまう。
「その調子ですよ。今日、あなたにここまで来てもらったのはあなたの話や、私の話をするためじゃないんです」
何のために私をここに?
「あなたのお父さんの話をするためです」
「父の話ですか?」
碧真さんは父と何か関係があったのだろうか? でも碧真さんの正確な年齢は分からないけど、穿岩卿や遠見卿のような父と同世代の人には到底見えない。
「そうです。誰かあなたにお父さんがここで何をしていたかを話してくれた人は居ますか?」
「いえ、誰もいません」
そう言えば、父に世話になったとは言っていたけど、誰も具体的な事を言っていなかった。
「お父さんから、ここで何をしていたかとか、冒険者としての話は何か聞いたことはありませんか?」
「何も聞いていません。というより何も話してくれませんでした。私が物心ついたときには、ほとんど冒険者らしい事はしてなくって、たまに森から葉っぱとかを取ってくるくらいでしたから」
そう言えば、父も城砦に居た時の話は何もしてくれたことがなかった。
「そうですか」
碧真さんが少し考え込むような表情をした。
「山櫂さんらしいと言えば、山櫂さんらしいですね。二つ名も何も、栄誉なんて物には全く興味を示さない人だったそうですから」
碧真さん、あなたは父を買いかぶっていますよ。
「単に面倒なだけだったんだと思います。父がどれだけ靴下をぬいだままため込む人だったか知っていますか?」
私の言葉と態度に、碧真さんがさもおかしそうに笑った。この人もこんな風に笑える人なんだ。
「そうかもしれませんね。でもそれだけじゃないと思います。あなたのお父さんはここで、他の人にしたことを話さないように皆に言っていたからです。あなたのお父さんはそう言う人でした」
それも後で聞かれたりすると面倒だと思っていただけだと思います。たまに値段について客に聞かれたりすると、ものすごく面倒くさそうな顔してましたし……。
「私はあなたのお父さんと森で直接かかわったわけじゃない。山櫂さんがまだここにいた時は駆け出しどころじゃない、今の大人たちの弟子、いや単なる子供みたいなものでした」
碧真さんが懐かしそうな顔をした。私より若かった時の碧真さんって、どんな感じだったんだろう?
「でもその人達から話は聞いていました。なので直接あなたのお父さんと何かを約束したわけじゃないですし、それにもう何かのしがらみを気にする必要もないですからね。それを娘のあなたに話してもいいと思ったのです」
「私は父の、本当の娘ではないんです」
せっかくの好意に水を差してすいませんが、碧真さんに嘘はつけません。
「山櫂さんがあなたを娘と呼んだならば、あなたは山櫂さんの娘ですよ。それを決めるのは他の誰かじゃない」
「はい」
「あなたのお父さんの力は、写し身でした。他の人のマナを吸い取る力です」
父の力? そう言えば何も聞いたことは無かった。
「吸い取るんですか?」
風を出したり、炎を出したりするんじゃなくて?
「そうです。それにより、その人のマナは一時的に空になる。つまり一時的に『マナ無し』に出来るんです。ここではある組がやばくなったからって、誰かが助けに行くことなんてほとんど出来ない。行けば定員越えで崩れが起きる。分かりますよね?」
「はい」
「誰かを助けることが出来るとしたら、最後に生き残って、置き去りにされた一人を助けに行くぐらいが背一杯です。でもあなたのお父さんは皆が生きているうちに助けに行くことが出来た。なぜなら、そこにいる人のマナを吸い取って員数外にすることが出来たからです」
旋風卿も白蓮の事を員数外と呼んでいた。一時的に白蓮と同じようになれるということ?
「あなたのお父さんはこの森で、誰に頼まれるでもなく、どの組に属すわけでなく、救援役をやっていたんです」
やっぱり、父を買いかぶりすぎです。
「多分、父は人付き合いが苦手でしたから、どこかの組に属したくなかっただけだと思います」
碧真さんがくすりと笑った。
「そうかもしれません。でも多くの人があなたのお父さんに救われたのは事実です。直接救われた人だけじゃない。その仲間、その原因になった人。色々な人を救いました。良かったら教えてください。お父さんは最後は何が原因で向こうに行かれましたか?」
「慢性のマナ病でした」
あの父の姿を思い出すと、今でも胸が痛む。
「そうでしょうね。マナを吸い取るということは、それだけ体に負担を掛けます。山櫂さんもそれがどういう事かは十分に分かってやっていたと思います。お父さんは自分の命を削って他の人を助けていたんです。お父さんだけじゃない、助けられた人達皆がよく分かっていた事です」
あの父は、そんなに大それた人だったんだろうか? 単に見捨てる事が出来なかった、ある意味弱い人だったんじゃないだろうか? 娘の私から見るとそんな気がする。
「あなたがこの部屋に来る前に桃子さんから聞きました。あなたはここに来た時、もう少しで吊るされるところだったそうじゃないですか。本当ですか?」
「はい」
「それを大人達が助けた」
「はい」
「当たり前です。彼らにそんなことが許せるはずがありません。あなたは山櫂さんの娘さんなんですから」
私が城砦に居ること自体、その方たちの、父のおかげです。でも、あなたは違う。
「では碧真さんは、何で私を助けてくれたんですか?」
「当たり前です。さっき言った通りですよ。あなたの笑顔が素敵だからです。私も私の周りの人間も、道で見るあなたの笑顔に救われていたんです。自分達がなくしたと思っていたものを、あなたに見つけたんです」
私の笑顔?
「やり方は違うかもしれないが、あなたはあなたのお父さんと同じなんです。誰かを救ったんですよ。だから、あなたには、いつまでも笑顔でいてもらいたい」
碧真さんが私の顔を覗き込んだ。
「はい」
「それが私の最後の願いです。そして、私がお父さんの話をあなたにした理由です。分かってもらえましたか?」
「はい……」
私は、私は……あなたに私の背一杯の笑顔を見せられていますか?
碧真さん!




