お馬鹿さん
これは一体何なんだ?ただ混乱あるのみだ。
用哲さんのように「では」と一言言ってうまく逃げればよかった。床にはひたすら酒瓶が転がっている。いや酒瓶だけじゃない。泥酔した男も転がっている。
無限さんはというと、たぶん日の光の下では見るのが難しいというか、どれだけ白粉を塗っているのか分からない女性を両側に侍らせて、奇声を上げている。多分楽しんでいるという事なのだろう。
どうでもいいから早く終わってくれないかな。森から直行みたいなものだったから、さすがにくたくたですよ。ともかく隅に退避だ。創晴さんみたいに隠密が使えたらよかったのに。
何も言えずに来たから、ふーちゃんは怒ってんだろうな? これは誕生日会みたいに、またのけ者にされる。何か差し入れでも持っていくべきか? やっぱり甘いものだよな。百夜ちゃんに全部食べられないように気を付けないと。。
「おい白蓮、楽しんでいるか?」
やっぱり足元がおぼつかない仁英さんが、酒瓶を両手に僕に声をかけてきた。
「ええ、まあ」
片方の酒瓶を僕に押し付ける。お願いだからほっておいて欲しいんですけど。巻き込まれるじゃないですか。
「なんだ、用哲と同じで冒険者、いや人生の楽しみ方が分かっていないな。俺たちは命を張って森に潜る。そして戻ってきたら、自分がまだ生きていることを実感する。そしてまた森に潜る。一度この充実感を味わったら、もうしゃばには戻れない。その成れ果てがあの人さ」
仁英さんが、向かいに座る無限さんを指さした。
「成れ果てですか?」
充実感というのは分からなくもないが……。
「やっぱり分かっていないな。あの人は何度も、一生遊んで暮らせそうなやつを当てているのさ。でも毎回それを女につぎ込んでしまって、また森に潜っている。毎度毎度、本人はまた騙された。今度こそいい女を見つけて引退するんだと言ってはいるが、本気かどうだか?」
正直なところ、目の前にいる無限さんは、森での無限さんと同じ人かと言われれば言葉に困る。仁英さんが言う通りに、無限さんは森がないと生きて行けない人なのかもしれない。大体、目の前で変なところに手を入れようとして、白粉女に手を叩かれているんだから、森に居たほうがいいんだな。
「あら仁英さん。探索組にこんな若くていい男って居たかしら? 紹介してくれないなんて、つれないですね」
油灯だけの薄暗さでよく分からないが、切れ長の目をした美しい人だ。きれいな黒髪を長い数本の簪で上に束ねており、その簪にぶら下がった金色の三角の箔が、油灯にきらきらと輝いて彼女に華を添えている。
また白く長い脚が、腰まで切れ目の入った夜会服から覗いていて、何とも言えない色気を漂わせていた。ちょっと歌月さんに雰囲気が似てなくもない。でも場所のせいだろうか、この女性の方がさらに妖艶な感じがした。
「美明か? 店一番の美人をそう簡単に紹介してたまるか」
僕らの前に立った女性を見ながら、仁英さんがニタニタと笑った。貴方も無限さんと同じで、森がないと生きていけない人ですね。
「相変わらず口だけは達者ね。隠してないで、紹介してくださらない?」
「こいつが白蓮だ。俺たち探索組の期待の新人だ。何せ新種をやったんだからな」
「新種を!? まさか一人で、この坊やが?」
仁英さんが美明さんと紹介した女性が、驚いた顔で僕を見た。いやたまたまですよ。たまたま。僕だけ見えていたというだけです。それに十分死にかけました。
「そのまさかという奴だよ。俺ら探索組の大金星だ!」
そう叫ぶと仁英さんが手にした瓶の酒を一気に飲み干す。あ~あ、もう足元に来てるんですからね。後でどうなっても知らないですよ。
「はじめまして白蓮さん、美明と申します」
女性がいつの間にか仁英さんと僕の間に割り込んで座ってきた。彼女のふとももの柔らかい感触がこちらのふとももに伝わってくる。いや、いいですけど、ある人にばれたら間違いなく殺されるな。仁英さん、後はよろしくお願いします。
場所を開けようと腰をうかしたところで彼女に腕をつかまれた。今度は腕に何やら柔らかいものが押し付けられる。そして彼女の右手が僕の前に差し出された。そちらの方が商売上手ということですね。
「白蓮です。よろしくお願いします」
「おい美明、つれないな」
「酔っ払いは行った行った」
美明さんが、仁英さんに向かってあっちにいけと手を振って見せる。いや、お金を出しているのは僕じゃなくて、向こうの方だと思うんですけどね。
助けを求めて仁英さんを見ると、仁英さんは僕に片目をつむって、別の卓で肩を組んで歌とは呼べない歌を歌っている集団の仲間入りをした。多分あの集団の真ん中で一番へたくそなのって創晴さんだ。
「白蓮さんは飲まないの?」
美明さんが、仁英さんから押し付けられて手に持っていた瓶を見て僕に聞いた。
「酒はそれほど強くありません。それに僕は帰りが遠いですから」
「奥さんとかに怒られる?」
「奥さんはいませんよ」
「本当に? ここは男も女も嘘つきばっかりですからね。騙されませんよ」
「奥さんを食べさせられるほどの稼ぎはないです。かつかつですよ。前に居た結社では師匠の家に居候してやっとでした。色々あって、最近この城砦に来たばかりです」
全部本当の事です。
「恋人は?」
「好きな人はいますが、恋人かと言われればどうでしょう? それにそちらも色々あって、僕のような人間が彼女に好意を持っていいのか自体がよく分かりません」
「新種をやるような立派な人じゃないですか?」
結果が真実を表しているとは限りませんよ。
「冒険者としても駆け出しも駆け出しです。今回は本当にたまたまです。それでも死にかけました。いつ何時いなくなるかもしれません。その子は結構純真な子なので、彼女の負担にはなりたくはないんです」
これも本当の事です。たまたま僕は彼女の側に居られただけです。だからって、彼女を幸せに出来るかどうかは別の話ですよね? 僕は彼女をちょっとでも助けてあげられればそれで十分に満足です。
「あなたは馬鹿な人ね。それとも嘘が下手? 私はこれでも元冒険者よ。単なる駆け出しが新種をやるなんて無理なことぐらいは私にも分かる」
「馬鹿な奴です。僕は二年より前の記憶がないんです。根なし草ですよ」
嘘くさいでしょうが本当です。えっ、美明さんって元冒険者?
「ここはみんな元冒険者の人達ですか?」
まさか、無限さんの横の二人も元冒険者?
「まさか、冒険者くずれなんてほとんど居ないわ。ここでは私ともう一人だけよ。普通の人はちょっと稼ぎが良くたって自存心が許さない」
「すいません、余計な事を聞きました」
ふーちゃんが居たら、裏まで来いとか言われて真剣に怒られるな。
「お馬鹿さんだけど素直なのね。気に入ったわ」
ちょっと待ってください。顔を、体を寄せてくるのはやめてください。絶対に世恋さんか歌月さん経由でふーちゃんにばれるじゃないですか。本当に命がけなんですよ!
「姐さん、あの子を裏から呼んでもらえるかな? この人だったらいけると思うんだ。あの子もいつまでも裏で酒だけ作っている訳にはいかないしね」
なんだろう。美明さんがおしろいを顔に張り付けた女性に声をかけた。




