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自省

「貴方は自分がどれだけの間違いを犯したのか分かっているの?」


 暗く狭い部屋に桃子さんの声が響いた。


「はい」


 私は油灯が一つだけ乗った小さな机の向こうに立つ、桃子さんの顔をまともに見ることが出来ずに俯いている。


 どれだけの間違い。


 念史さんから水に流せと言われたのに、つまらない意地を張った。


 あの二人に対して子供っぽい態度で接した。


 あの二人が何処に行ったのかをきちんと確認しなかった。


 部屋にいた男達に自分が何者かをきちんと説明しなかった。


 自分の身を自分で守れなかった。


 そして、碧真さんに手刀を渡してしまった。 


 私は、私は、なんてことをしてしまったんだろう。


 全ては自分の心の弱さだ。もう実季さんの胸で散々泣いたはずなのに、まだ止め処なく涙が出てくる。それが俯いた視線の先、固く閉じた私の手の上に一滴、二滴と落ちて行くのが見えた。涙が涸れるなんてのは嘘だ。涸れたら、そんなのは本当の悲しみじゃない。


 私が、私が悪いんだ。


「碧真さんはどうなりますか?」


 覚悟を決めて、これまで聞けなかったことを聞いた。


「吊す。それだけよ」


 桃子さんが私に答えた。分かっていたけど、その答えに心臓が、いや全身が何かで押しつぶされる。


「碧真さんは、私を助けようとしただけなんです!全て私が悪いんです」


 何で分かってくれないの!?


「そんな事は分かっている。私が分からないとでも思っているの!?」


 桃子さんが私を怒鳴りつけた。そうですよね。みんな分かっているんですよね。


「碧真さんの代わりに私を吊るしてください」


 私が居なくなればいいんだ。そうすればもう誰にも迷惑をかけることなどない。


「あんた、本気で言っているの?」


 桃子さんが机に手をついて、私の顔を覗き込んだ。


「もう一度だけ聞く。あんた、本気で言っているの?」


 分かっています。そんな事はやってはいけない。それでは助けてくれた碧真さんに対して失礼だ。いやそんな言葉で表せない。でも!!


「碧真さんが助かるなら、私はどんな罰でも受けます」


 溜息を一つつくと、桃子さんは机から手を放して再び上から私を見下ろした。


「罰をうけるのは貴方だけじゃない。あの子達も、念史も執行人もみな罰を受ける。当たり前です。それぞれが過ちを犯したのだから」


「どうしてですか? 罰を受けるのは私だけで十分です!私はそれだけの事をしました」


「でもね風華さん。だれかが罰を受けたからって、一度起きたことがなくなる訳じゃない。誰かが受ける罰は何かを取り戻したり、何かを償ったりする訳じゃない。罰は罰に過ぎない。私はそれをよく知っている」


 桃子さんが私をじっと見据えている。そうですね。何をどうしようが、一度起きたことは無かったことには出来ないんですよね。


「彼は来月には吊るす予定が決まっていた。これはまだ本人にしか伝えていなかったけどね。彼があの男を殺した理由の一つはそれだと私は思う。他に理由があるとすれば、それは彼自身から貴方が聞きなさい」


 碧真さんが吊るされる予定だった? あの人はそんな事をするようには見えない。いや見かけの問題じゃない。彼はそんな人じゃない!!


「彼については明日、刑を執行します。彼の最後の望みは貴方と会って話をしたいそうよ。だけどこれは強制じゃない。それを受けるかどうかについては貴方が決めていい」


「受けます」


 私は即答した。


 それを拒否するなんて、どうしたら私に出来るだろう。


* * *


「貴方は自分がどれだけの間違いを犯したのか分かっているの?」


 私の前で赤毛の子がうなだれて座っている。油灯に映るその髪はまるで炎のゆらめきのようだ。だがその顔は泣きはらして腫れた瞼の下の虚ろな目で、握った手をじっと見ている。


「碧真さんはどうなりますか?」


 彼女が私を見上げた。その顔には明らかな恐れがある。


「吊す。それだけよ」


 それを彼女に隠しても意味はない。


「碧真さんは、私を助けようとしただけなんです!全て私が悪いんです」


「そんな事は分かっている。私が分からないとでも思っているの?」


 自分に対して腹が立つ。いくら新種の件で緊急事態だからって、目が届かない所に放ったらかしになんてするのではなかった。


 それに念史も森を離れてからというもの、一体どうしてしまったというのだろう。この程度の判断を間違えるなんて。あの馬鹿たち二人に至っては愚痴すら出てこない。せめてこの子に私がしてあげられることは、早く立ち直れるように反省を促してやることだけだ。


 人は自分でしか自分を救うことはできない。


「碧真さんの代わりに私を吊るしてください」


「あんた、本気で言っているの?」


 私の言葉に目の前の少女が俯く。

 

「もう一度だけ聞く。あんた本気で言っているの?」


 目を覚ましなさい。誰があんたを助けたと思っているの!


「碧真さんが助かるなら、私はどんな罰でも受けます」


 思わずため息が出る。


「罰をうけるのは貴方だけじゃない。あの子達も、念史も執行人もみな罰を受ける。当たり前です。それぞれが過ちを犯したのだから」


「どうしてですか? 罰を受けるのは私だけで十分です!私はそれだけの事をしました」


 まだ子供なんだ。ちょっと前までは田舎の町で暮らしていた町娘だ。それが普通だ。大人たちはこんな娘を城砦に置いて何が楽しいのだろう。この子の心にどれだけの負担をかけ、傷を作っているのか分かっているのだろうか? あんた達は普通じゃないんだよ。この子はあんた達とは違うんだ。


「彼は来月には吊るす予定が決まっていた。これはまだ本人にしか伝えていなかったけどね。彼があの男を殺した理由の一つはそれだと私は思う」


 これを聞いて貴方の心が少しでも楽になるとは思わない。でもあの男の死は既に決まっていたことなんだ。


「他に理由があるとすれば、それは彼自身から貴方が聞きなさい」


 何かを知りたいと思うのなら自分自身で聞きなさい。


「彼については明日、刑を執行します。彼の最後の望みは貴方と会って話をしたいそうよ。だけどこれは強制じゃない。それを受けるかどうかについては貴方が決めていい」


「受けます」


 私の問いに彼女は即答した。


 あの人(多門)が言ったとおりだ。この子は強くて、そして弱いのだ。


* * *


「おばさん、監獄まで出かけてくる」


「わざわざ出向くの?」


 おばさんが、書類から顔を上げて答えた。


「ああ、俺は奴の責任者だからな」


 当たり前だろ。これを桃子にだけ押し付けるわけにはいかない。それにこれはある意味、身内の問題でもある。


「俺が間違っていた。誰が土下座しようが今回は無かったことにはしない」


「そうね。それがいいわね。書類は私が処理しておくから」


 そう言うと、おばさんは再び書類に目を落とした。


「悪いね、おばさん」


 そうさせてもらう。


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