期待
「おや、やっと無罪放免かい? 俺もあやかりたいね」
荷車を押して道を行く囚人達が声をかけてくる。私達は荷車を押す懲罰からやっと解放されていた。なので今日は荷車は無しだ。お弁当を片手に監獄から監視所への道を歩いている。何故か百夜だけは不満顔だった。お前、実はずっと荷車に乗っていたな!
「ありがとうございます」
最初の数日はひたすら卑猥な言葉をかけて来た人達だが、必死に荷車を押す私達の姿に感動したのだろうか、普通に声をかけてくれる人達も出て来た。まあ、囚人と言ってもこの人達ももともと冒険者だ。最初は碧真さんだけが手伝ってくれたが、そのうち、坂は誰かが後ろから押してくれる様になった。本当にありがたいことです。
やっぱり、乙女というのはそれ自体に価値があるんですね。世恋さんじゃなくても、私でもちょっとだけなら魔法が使えますでしょうか?
いや、ここの人達が女というものに飢えているだけだからのような気もする。でもやっぱり、みんな胸とかお尻を眺めていくのは変わってないような気がしますけどね。
本当に、男って奴は!
荷車を押していないと、この坂もなんて気楽なんだろう。吐く息は白く、空気は身を切るように冷たいですが、何も気になりません。手にした角灯を振り回したくなる気分です。火が移ったりしたら困るからやらないですけどね。誰かの荷車を押してあげようかな? でもきっと邪魔なだけだよね。
「赤娘、ご機嫌だな」
「百夜さ~~ん。分かりますか? やっと終わりましたよ、辛い日々は」
「それは何よりだ。せっかくだから、我をおぶっていけ」
あほかお前は。誰がそんな事をするか。おい、勝手に荷車の荷台に乗ろうとするんじゃない。百夜の相手をしているうちに、監視所のさほど高くはない塔と建物が見えてくる。荷車を引っ張ってなければあっという間だ。振り返ると、城砦の方はわずかに空が白みかけていた。
相変わらず、監視所の辺りはごった返している。そういえば、桃子さんには主任を見つけて、警備補の業務に戻ったことを報告しろと言われていたけど、どうやって見つけたらいいんだろう。
「それって本当か? 探索組だぞ?」
「直接聞けば分かる話だ」
何だろう? いつもとちょっとだけ感じが違う。いつも混んでいるけど、何やら立ち話している人達がいっぱいる。まあ、私達には関係ない話だ。
「実季さん、主任ってどこに行けば会えると思う?」
桃子さんにもっとちゃんと聞いておけばよかった。荷車をもう押さなくていいという話で舞い上がっていた。
「常識的に考えれば、監視所の中か、黒青川の渡しのどちらかですね」
そうだよね。うんうん、この子はやっぱり賢い。あの坂を登るのは面倒だから、先に渡しに行ってみるかな。遠目でしか見てないから一度よく見てみたいし。
「じゃ、先に渡しに行ってみようか」
あっ、何かいつもより混んでいる気がする。それに誰もまだ渡っていない?
るんるん気分で渡しに行ってみると、そこも人が一杯だった。だけど何かの作業や準備をする訳でなく、何かの噂話をしながら、ただそこで何かを待っている様に見えた。一体、何を待っているんだろう? そう言えば、白蓮はどうしたかな。何も連絡が無いけど、もう戻って来たかな?
「来たぞ!」
誰かの声に、辺りにいた人達が話を止めて、渡しの方を向いた。何が来たと言うんだろう?
「おい、探索組だ。開けてくれ」
私達の後ろから駆けて来た人達が、前に居た人達をどかして渡しの方へ走っていく。渡しでは対岸と綱で結んだ浮橋がちょうど岸に着いたところだった。
「道を開けろお前達!」
無限さんの声だ。
「こいつが新種を狩りやがった。俺達、探索組が新種を狩ったんだ!」
一瞬の静けさの後に、歓声とどよめきが起きた。周りの人達が井戸端のおばさん達みたいに、興奮気味に何かを話している。
「無限さん!」
さっき探索組と言っていた人達が声を上げた。
「俺達探索組の期待の新人だ!」
無限さんに肩を叩かれながら、誰かが人混みの中を割って進んでくる。うん、気のせいだろうけど、良く知った人影の様な気がする。絶対に気の所為ですよね。
「お前達も来ていたか? 今日は俺が全部おごってやる。みんなでいいところに突撃だ」
「まだ朝ですよ」
「そんなの知るか。先触れを送って、全員を集めておけって言え。今日一日、俺達の貸きりだ」
「無限さん、先に報告に行かなくていいんですか?」
「仁英、そんなものは後回しだよ、後回し!」
「あ、ふーちゃん、ふーちゃん!」
白蓮が私に気が付いた。体中から力が抜けそうになる。良かった、無事に戻ってこれたんだ。だけど無限さんに肩を抱かれている。
無限さん、まさかですけど。期待の新人って……。
「無限さん、僕はちょっと用事がありますのでこれで……」
白蓮が無限さんの腕をどけて、私の方へと向かおうとしたが、無限さんに思いっきり大外套の頭巾を引っ張られていた。
「何寝言を言っているんだ白蓮!今日はお前が主役だぞ。お前の新種を狩った祝だ。約束通りいいところに連れてってやるからな。存分に楽しめ!」
「ちょっと無限さん、いりません、いらないから……」
白蓮は何やら叫んでいたが、探索組の人達に囲まれて、あっという間に遠くへと連れていかれた。
良かったね白蓮。無事に帰って来れた上に、皆に認められるなんて。ずっと一人だった君を知っている私としては、ちょっとは鼻が高いぞ。でも言葉ではいらないとか言っていたけど、ちょっと顔がにやけてなかったか?
本当に男って奴は!
まあいいです。いいところというのがどんなとこかはよく分かりませんが、皆で楽しんできなさい。きっと、いや絶対に女性の居るところでしょうから、手を握るぐらいは許してあげます。でも、それ以上何かしてきたら、その時は……。
分かっているよね……白蓮!
でも白蓮がみんなに認められたと言うのに、その背中が少し遠くに見えてしまったのは、何故なんだろう。




