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「百夜! あんた、ちゃんと押しているの?」


「押しているぞ」


 この声はどう考えても、後ろで荷車を押している声には聞こえません。


「いや、絶対に押していない。まさか荷台に乗っているなんて事はないでしょうね?」


「何で分かった赤娘?」


「絶対にしばく、ちょっと待っていなさい」


「お姉さま!ここは坂ですよ。手を放したら大変な事に……」


「百夜、覚えてなさいよ。ここを登ったら、絶対にしばきに行くからね!」


 私が何をやっているかというと、囚人の方々と一緒に、それもかなりむさくるしい男の方々同様に、荷車をせっせと引っ張っております。


 正しくは私と実季さんの二人で引っ張って、百夜が後ろから押しているはずなのに、いつの間にか黒娘の奴は荷物の一部となっていたという次第です。


 何でこんな目にあっているかというと、私があの嫌な奴らとやらかした罰として、しばらくの間は毎朝、実際のところはまだ夜中の内に、監獄から監視所まで荷物を運ぶ作業をやれと、桃子さんに命じられました。


 正直なところ、本当に監視される側にされるのではないかと思っていたので、これは多分に温情のある沙汰なのでしょう。でも寝不足と肌荒れ、筋肉痛は必至です。


 荷車を押すのは一の街で毎日やっていた事なので、慣れているといれば慣れているのですが、そんなことはしばらくやっていなかったので、体中の筋肉が悲鳴を上げています。


 それにこの探索路は石畳なんかじゃなくて、轍もあり、坂もありで到底楽な道とは言えません。今日より明日はもっと痛みが酷いだろうな。


 まあ、こんな目にあっているのも私が悪いんですけどね。百夜は一緒にやらかしましたし、一心同体という事でいいんですけど、実季さんは完全な被害者だというのに、どうして私達一緒に罰を受けているんでしょうか?


 もしかして、弟子というのはそういうものなんですかね? 師匠がやらかしたら一緒に罰を受ける? でも普通は逆のような気もしますけど。


「姉ちゃん、腰が入っていないぞ。俺がその尻を押してやろうか?」


「いや、俺の●●●で……」


 私達を追い抜いて行く、むさくるしい囚人達が卑猥な言葉をかけていきます。耳をふさぎたいところですが、両手は荷車を押しているので塞ぐこともできません。でも実季さんをみると結構黙ります。そうでしょうね、明らかに殺気を含んだ目で男共をにらみつけております。


 お前達、覚えていろよ。私が監視役になったら、お前達の房の前で一晩中歌を歌ってやる。私の歌がどれだけ酷いか身をもって味わうがいい。


 そんなどうでもいい妄想をしているうちに、やっと監視所が見えてきましたが、洪水対策でしょうか? 監視所のある辺りは一段高くなっていて、これはめちゃくちゃきついです。汗が目に沁みます。足が震えます。隣の実季さんも表情に出さないようにしているみたいですが、かなりきつそうです。


「百夜!ここだけでもちゃんと押しなさい!」


 ここで乗っていたら、本当にすまきにして黒青川に投げ込んでやる。おや、荷車が急に軽くなりました。黒娘、お前もやればできるじゃないですか。


「お前、なかなかおもかろいな。それに力もある」


 一体どういう事でしょうか?


 先ほど同様、この声はどう考えても後ろで荷車を押している声には聞こえません。角灯で照らされる足元を見るのが精いっぱいで、後ろも振り向く余裕などないので、何が起きているのかはさっぱりです。


 いや、いまや私の腕と足は何もしていません。というか、後ろから押す力の邪魔にならないように、小走りに駆けているような次第です。あっという間に目的地らしきところに到着です。周りではやはり囚人達が荷車から荷下ろしをしています。


「ご苦労、ご苦労」


 何やら、後ろで百夜が偉そうな事を言っています。


「後ろは支えているから、車止めをしろ」


 この声、どこかで聞いたような気がする。角灯を持って荷台にある車止めを取ろうと後ろを振り返ると、桃子さんに案内してもらった時に会った、碧真(あおま)さんだった。


「ありがとうございます」


 私は彼に一礼して、急いで両方の車輪に車止めを差し込んだ。その間に彼が合図をしたらしく、何人かの囚人たちが、私達の荷車から荷を下ろしていく。


「礼はいらない。ここはあんた達のような若い子達がうろうろする場所じゃない。荷はこちらで下ろしておくから、あんた達は奥の事務官にさっさと報告して、さっさと監獄に戻った方がいい」


 そう言うと、彼は監視所の建物脇を指さした。そこではこれから森に潜るらしい冒険者達が、荷の受取やら確認やらをやっている。どうもその中の帳簿を持っている人の事を言っているらしい。


碧真(あおま)さん、ありがとうございました。大変助かりました」


 私は再度彼に頭を下げた。彼は一体なんで、囚人なんかになったんだろう? その立ち振る舞いからは、彼に何が起きて囚人になったのか全く想像できない。


 私は内衣嚢にある書類を取り出すと、実季さんと百夜に一緒に来るように合図した。碧真さんが指さした、帳簿を持つ事務官固有の筒のような帽子をかぶった人のところに向かう。


 だが書類持って待つ者だけでなく、そこから荷を受け取りに来ているもので、周りは朝の市場のようにごった返している。


「物と数の確認は?」


「二度確認しました。漏れはありません」


「備え方から物を受け取ったら、必ず状態を確認しろ。背嚢と革袋への収納はお前の担当だ。入れる前に油紙の上でそれぞれ二人で確認しろ。入れる順番を間違えるなよ」


「了解です。個別の備品はどうしましょうか?」


「同じく油紙の上で確認だ。数が足りないものがあったら、備え方の事務官に行って持ってこさせるんだ。他の奴らが居たら、探索だと言って全員どかせろ。今回は急で時間がないからな。手早くやれ」


「了解です」


 どこかで聞いたことがあるだみ声と、よく知っている声がする。私は声がした方をふり返った。


「白蓮?」


「ふーちゃん?」


 無限さんと白蓮が私の方を振り向いた。


「なんでこんなところに? それより、どうしたのその顔!」


「あっ、これ?」


 色々あって忘れていた。左頬に手をやる。


「ちょっとやらかしちゃって。たいしたことはないから大丈夫」


「大丈夫って……」


 白蓮、ちょっと待って。私は先にやることがあるんだ。私は無限さんの方へ向かって一歩進んだ。なぜだろう? 無限さんが半歩下がり気味になる。この顔のせいかな?


「先日は大変失礼いたしました。謹んでお詫び申し上げます」


 下げられるだけ頭を下げる。本当は地面に手をついて謝りたいのだけど、ここではそれは無理だ。


「どうか白蓮を、よろしくお願いいたします」


『どうか無事に、私達の元へ彼が無事に帰ってきますように、よろしくお願いします』


 心の声で付け足した。


「頭を上げてくれお嬢ちゃん」


 無限さんの声に頭を上げる。


「この間は俺も嬢ちゃんを、家政婦(お手伝い)さんなんて呼んで悪かったな。お互い様だ。気にするな」


 そう言うと、彼は白蓮の方を向いた。


「おい」


 白蓮が手信号で了解と返すと、私の手から書類をひったくって、事務官の方へと走って行く。


「探索組だ、開けてくれ!」


「お嬢ちゃん、いや名前はなんだったかな?」


風華(ふうか)です。警備方に配属になりました」


「そうか、それでここか。俺は無限だ。探索組のものだ。あらためてよろしく頼む」


「無限さん、よろしくお願いします」


 彼の差し出した右手を握る。あの日と同一人物と思えないぐらいしっかりと私の手を握ってくれた。


「風華嬢ちゃん。心配するな。俺たちの仕事はちょっと先まで行って、覗いて帰ってくるだけの仕事だ。マ者とやりあったりなんかはしない」


「はい」


「ふーちゃん、これ書類」


「ありがとう白蓮。ありがとうございます、無限さん」


「じゃ、またなお嬢ちゃん。今度また、あの槍野郎の家で会おう」


『どうか良き狩手でありますように』


 手信号で二人送ると、二人とも手信号で返してくれた。


『森が無事に、二人を返してくれますように』


 私の元から去っていく二人の背中を見ながら、手信号を送る。彼らから何かが返ってくることを期待している訳じゃない。二人の歩み去る先にある、沈みゆく月のかすかな明かりに照らされる森が、あまりに黒くそして不気味だった。


 私はそう願わずにはいられなかった。


* * *


「物と数の確認は?」


 無限さんが僕に聞いてきた。


「二度確認しました。漏れはありません」


 先行組の手配の確認の次は、背嚢で背負って幾分の確認だ。今回は急に決まった事らしく、背嚢分の手配は前日ではなく、当日になってしまった。帳簿での確認は終わっている。後は備え方と物の確認、各担当との物の確認が残っている。


「備え方から物を受け取ったら必ず状態を確認しろ。背嚢と革袋への収納はお前の担当だ。入れる前に油紙の上でそれぞれ二人で確認しろ。入れる順番を間違えるなよ」


 この人が大雑把に見えるのは見かけだけだ。備えの確認については、ちょっと病的じゃないかと思えるぐらい細かい。


「了解です。個別の備品はどうしましょうか?」


「同じく油紙の上で確認だ。数が足りないものがあったら、備え方の事務官に行って持ってこさせるんだ。他の奴らが居たら、探索だと言って全員どかせろ。今回は急で時間がないからな。手早くやれ」


「了解です」


 確かに今日はやたらと混んでいる。もたもたしてたら時間が無くなる。


「白蓮?」


 幻聴か?


 こんな所でふーちゃんの声が聞こえたような気がするなんて。帳簿から顔を上げてあたりを見回す。目の前に立つ赤毛の子。間違いようがない、ふーちゃんだ。


「ふーちゃん? なんでこんなところに……」


 無限さんの前だったが思わず声が出た。だがその顔は何があった? 左側が腫れてまるで別人のようになっている。


「それより、どうしたのその顔!」


 どこのどいつだ。思わず辺りを見回す。向こうには百夜ちゃんと実季さんもいる。百夜ちゃんもよく見ると左の頬を腫らせていた。


「あっ、これ?」


 彼女が左頬を指さす。


「ちょっとやらかしちゃって。たいしたことはないから大丈夫」


 ふーちゃんが、さも何でもないかのように顔の前で手を振って見せた。いや、これは絶対に大丈夫な奴じゃないよね?


「大丈夫って……」

 

 彼女は言葉を続けようとした僕に向かって、ちょっと待ってと手で合図してきた。そして真剣な表情で、無限さんの方に向かって一歩進む。


 この前、世恋さんと無限さんが会った時に、何やらひと悶着あったって聞いたけど……。ふーちゃんのいきなりの行動に、無限さんもちょっと引き気味だ。


「先日は大変失礼いたしました。謹んでお詫び申し上げます」


 彼女は深々と頭を下げると無限さんにそう詫びた。


「どうか白蓮を、よろしくお願いいたします」


 ふーちゃん。ああ、そうだったね。君はいつでも僕の保護者役だったね。そして挨拶を大事にする人だ。


「頭を上げてくれお嬢ちゃん」


 無限さんはいつもと違って、丁寧な言葉使いで彼女に声をかけた。 


「この間は俺も嬢ちゃんを、家政婦(お手伝い)さんなんて呼んで悪かったな。お互い様だ。気にするな」


 そう言うと、ふーちゃんに向かって微笑んで見せった。そう言えば、この人のこんな表情って見たこと無かったな。


「おい」


 無限さんが僕の方を向いて目配せした。視線の先は……ありがとうございます。ふーちゃんが持っていた書類を手に取って、人でもみくちゃにされている事務官の方へ向かう。


「探索組だ、開けてくれ!」


 列を割り込むこちらに周りから不満の声がでるが、事務官の前に体をねじ込むと、彼の前へ書類を差し出した。彼は内容を見てちょっと怪訝そうな顔をしたが、胸元の探索方を表す渡りの羽の留め具を見ると、書類に署名をして返してきた。それを受け取って、ふーちゃんと無限さんの元に戻る。


 二人はお互いに、にこやかに笑いながら握手をしていた。ふーちゃん、君は本当に人と仲良くなる天才だね。相手はあの無限さんなんだぞ。


「ふーちゃん、これ書類」


「ありがとう白蓮。ありがとうございます、無限さん」


 ふーちゃんが、僕ら二人にお辞儀をする。おいおい、他人行儀だな。僕にはいらないだろう。


「じゃ、またなお嬢ちゃん。今度また、あの槍野郎の家で会おう」


 大丈夫ですか無限さん? 世恋さんの手とかにぎったりしたら、アルさんにその手を切り落とされますよ。


『どうか良き狩手でありますように』


 ふーちゃんが手信号で僕らに挨拶を返す。ふーちゃんもいつの間にか、本物の冒険者っぽくなってきたな。


『どうか良き狩手でありますように』


 僕も手信号で答えを返して手を振る。でも頼むから、今度会う時には右の頬を腫らせてたりしないでくれよ。これでも一応は、いつも君のことを心配しているんだからね。


* * *


「百夜さん、風華さんと白蓮さんってどんな関係なんですか?」


「なんだ、しっぽ娘。気になるのか?」


「はい」


「正直な奴だな。嫌いじゃないぞ。我にもよく分からん。だが褥はまだ共にしてないはずだ」


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