前夜
「無限さん、この坊やですか?」
「ああ、そうだ」
無限さんが、問いかけてきた男に頷いて見せた。
監視所の背後の野営地。明朝に森に潜る者達、あるいは角灯を使うような遅い時間に戻ってきた者達の天幕が並んでいる。天幕の前で火を焚いているのは、明朝に潜る組だ。戻ってきた組は天幕を立てるや否や眠りに落ちている。
天幕は明朝組に戻り組、さらに所属する組に分かれて大体まとまって建てられている。先行組あたりはもう静かで、狩り手組あたりは焚火の火を囲んで何やら話し込んでいる組も見えた。一番早く森に入るこの探索組は、もうとうに寝静まっていてもよさそうなものだが、ここが一番騒がしかった。
「まさか無限さんが弟子を取るとはね。『マナ無し』というのは本当ですか?」
僕よりは遥かに年配だろうが、無限さんほどは年がいっていない男が、興味深そうに僕を見た。背も無限さんほどではないが大分小柄だ。茶と黒に黄色が入った、不揃いな縞模様の布を頭に巻いている。この時期の森の迷彩模様なのだろう。
「ああそうだ。それに弟子じゃない。あるやつから押し付けられた」
「手続き上のあれやこれやはどうでもいいですが、無限さんが連れ歩くというだけでも、十分びっくりですけどね」
男が無限さんに両手を上げて見せた。
「俺が誰かの面倒を見ることが、そんなにびっくりすることか?」
「そりゃそうですよ。なにせ無限さんですからね」
手を下した男がくすりと笑う。
「でも、いきなり限界線近くまで連れて行って大丈夫なんですか?」
そう言うと、彼は僕の方をじろりと見た。その目には不信感がありありと浮かんでいる。
「生き残りにかけては、先行組なんかに頼っているお前らよりよほどまともだ。だが斥候としての技術はまだまだだ。だがこれは口で教えられるものじゃないのは、お前も良く分かっているだろう」
「そうですね。生き残れればの話ですけどね」
無限さんはこれ以上僕の事を言うつもりはないようだ。つまり、自分で自己紹介しないといけないらしい。
「白蓮です。追憶の森から来ました。よろしくお願いします」
ふーちゃんを見習って丁寧に頭を下げる。この点ではふーちゃんはとてもうるさい人だ。
「仁英だ。ここの副組頭をしている。もっとも組頭がこの人だから、俺ら副組頭が面倒ごとは全部押し付けられているけどな」
そう言うと、仁英さんは僕に右手を差し出してくれた。良かった、全く受け入れてもらえないという事は無いらしい。でも最初に会った時の無限さんの事を考えれば安心はできない。
「余計な事を言うな」
少しは悪いと思っているのだろうか、無限さんが不機嫌そうにつぶやいた。
「愚痴ぐらいたまにいいじゃないですか? 最近は他の組からも文句ばかりですよ」
仁英さんがうんざりした様子で、焚火に薪を追加した。焚火であぶった肉がいい匂いを放っている。
「お前らの気合が足りないだけだ」
「それはその通りですから、返す言葉もないですね。でも久しぶりにあなたと本気の奴を潜るので、ちょっとは気分が上がってますよ。でもいいんですか、新顔を連れて行っても。足手まといになったら……」
「その時は置いて行けばいい。俺はこいつの保護者じゃない。だが、今回はこいつを連れて行った方がいいような気がする。俺の勘だけどな」
「無限さんの勘を馬鹿にする奴はここにはいません。いたら俺らが叩き出します」
仁英さんの言葉には、先ほどまでの無限さんを揶揄する感じは全くなかった。ここの人達は無限さんのことを心から信頼しているらしい。
「珍しくいいこと言うじゃないか。ちょっとあぶく銭が入ってな。戻ったら、久しぶりに皆でいいところに行こう」
「聞いたか!無限さんが久しぶりに、いいところをおごってくれるそうだ」
天幕の向こうで何やら準備をしていた何人から低い声で歓声が上がる。
「誰がおごると言った。まあいい。お前達だって今はそのくらいは必要だろうさ。おい、青白いの。お前もあんな美人をいつも見ていたら、むらむらが止まらないだろう」
「またその話ですか?」
本当にこの人は女の話しばっかりだ。だけど世恋さんについて語るのは止めてほしい。世恋さんの顔をまともに見れなくなる。
「無事に生きて帰ってきたら、お前も連れて行ってやる。城砦はな、そういう所なんだ」
無限さんがにやりと笑った。
「お前だって冒険者だろう?」




