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とても嫌な奴

「君達、中に入って着席して」


 念史(ねんじ)さんの言葉に続いて、十数名の、私とそう年が違わない人達がぞろぞろと部屋の中に入ってきた。関門でもここでも見たが、本当にいろいろな所から人が集まっているらしく、私達の前に座った人達の目の色や髪の色は千差万別だ。


「今日はこれで全員?」


「はい、今日の待機番が主です。後は監視所に出ています。夜番はまだ出てきていないので、これだけですね。では、私はこれで」


「了解」


 居並ぶ人達が私達をじっと見つめる。すごく緊張してきた。ここに入る前にお手洗いに行かせてもらえばよかった。でも笑顔です。何事も始めが肝心です。


「今日からここで皆さんと一緒に、『警備補』として働いてもらう方々を紹介します」


 桃子さんが私達を見る。はい、分かっています、挨拶ですよね。


「風華と申します。よろしくお願いします」


 本当はここで『何とか使いです』とか言うところなんだろうけど、『何もないです』とか余計な事を言うと、すごく面倒な事になりそうなので、そこは割愛させてもらいます。


「実季と申します。よろしくお願いします」


「百夜と申します。よろしくお願いします」


 おお百夜、お主も成長したな。


「つまらない……」


 ちょっと待て、慌てて口をふさぐ。どうして余計な一言を言おうとする。


「何か?」


 桃子さんが不思議な顔をしてこちらを見た。


「い、妹は『つまらないものですが』と言おうとしたと思うのですが、話すと長くなるので止めました」


「なるほどね。妹さんの事をよく分かっているお姉さんですね」


 そう言う事にしておいてください。


「詳細は主任が決めるとは思いますが、貴方達と同じ勤務帯への配属になると思います。皆さんは先輩として、三人の面倒をよく見て仲良くやってください」


「はい」


 居並ぶ人たちが答える。なんかみんな一癖ありそうな人達ばっかりだな。一見の客で来たら、用心しないといけないような人達ばっかりだ。桃子さんが型にはまっていない人達と呼んでいたけど、この人達のことだろうか?


「では、各自自己紹介を――」


 急に扉が開いて、念史(ねんじ)さんが顔を出した。


「桃子さん、主任からの先触れです。探索組から禁止区域の件で緊急の動議だそうです」


「緊急? 広げるの、それとも狭めるの?」


「どうも、広げるみたいです。これは厄介ですよ」


「もう、やっとその件で会議が終わったばかりなのに」


 桃子さんがさもうんざりと言った表情で答えた。


「各自の自己紹介とかをやっておいてもらえるかな? ではよろしくね」


 そう言い残すと、桃子さんは私達を残して部屋を出て行ってしまった。えっ、いきなりほったらかしですか?


「やれやれ、いきなり呼び出しとか勘弁して欲しいね」


 さっきまで背筋を伸ばして座っていた面々が、桃子さんがいなくなった瞬間にだらけたカッコになる。中には前の椅子に足をかけている人までいた。百夜、お前も私に寄りかかって、いきなり寝始めたりするんじゃない!


「この間、巡回の時だけど……」


 思い思いに雑談を始める人達。あの皆さん、桃子さんから自己紹介しろと言われていませんでしたか?


「何だこの連中は? 本当に選抜を通って来たのか?」


 椅子に足を投げ出した、一番態度のでかい奴が、いきなりいちゃもんをつけて来た。我慢です。何事も始めが肝心です。とりあえずは愛想笑い。


「どこかの紹介筋とかじゃないのか? 聞いてないけど、何家がらみ?」


 何家? うちは庶民ですから『姓』すら無いですけど。


 その隣に座った、整った顔はしているけど同じくらい態度がでかい別の奴が聞いて来た。これって肉屋の娘が愛読する乙女小説の、学校ものの筋そのままって奴ですか? 本当に実在するんですね。こういう選民意識丸出し男って。


「庶民ですからね。どの家でもないですね」


「えーー。こいつはびっくりだね」


 まあ、私達のことを真っ向無視している他の人達に比べれば、声をかけて来ているだけましですかね。この二人もせっかく整った顔をしているのに、本当に残念な人達です。


 あれ、実季さんが隣で怖い顔をしている。実季さんもこの程度の事に腹をたてていては、商売人にはなれませんよ。世の中我慢です。お金に頭を下げていると考えればいいんです。


「おいお前、何を睨んでいるんだよ。新人の癖に態度でかいな」


 そこのあなた、あなたの方こそ、態度がでかくてとても嫌な奴ですね。


 ちょっと腹が立ってきたような気がします。経験に関して言えば、お前も私達とそれほど差は無いように思えます。それに実季さんを私と同じに見るのは止めなさい。


「おい、あれって確か『彩』の円家のところにいた奴じゃないのか?」


 その言葉に、隣の実季さんの体がびくっと震えた。


「ああ、そうだ。確かに見たことがある。あの娘はた確か倫人(のりと)()()()()じゃないか?」


 ちょっと待て、お前、今なんて言った?


「何でこいつだけ残っているんだ。誰かと寝でもしたか?」


 腹の底から何かが沸き起こって全身を駆け巡る。


「そこのお前、うちの弟子に向かって何て口をきいた?」


「まずいぞしっぽ娘。赤娘を抑えろ。直ぐにだ!」


 そいつめがけて突進、足をのせていた椅子を蹴っ飛ばして胸倉をつかんでやる。私の言葉が聞こえなかったのか?


「何て口を利いたと、聞いているんだ!」


 周りが何かごちゃごちゃいっているが、うるさい、黙っていろ!


 胸倉をつかんだ手を手繰り寄せて、その鼻柱に頭をぶつけてやる。額の先に何かがぐにゃりとぶつかる感覚が伝わった。


 答えろ!


 何かが私の体を掴んで押し込められた。そのまま私は背後の黒板のところまで持っていかれ、黒板に激突した。背中が黒板に当たった衝撃で一瞬息が詰まる。邪魔をするな!私の喉元にある腕に噛みついた。


「痛てぇ!こいつ!」


 振りかぶった男の拳が目に入る。殴るなら殴れ。だが私はあんたの指をもらう。再び何かが黒板にぶつかる鈍く短い音が聞こえた。


「何をしているしっぽ娘、赤娘を今すぐそいつから引き離せ。そこのつまらない奴、やるなら本気でやるぞ。次はお前の目をもらう」


 百夜が部屋の真ん中の椅子の上に立ち上がり、鼻血を出している男の首元に諸刃の小刀を突き付けながら、もう片手の小刀を黒板の男の前に向けていた。誰かが私の手を引いて、男の手から私の体を引きずり出した。


「百夜、余計な事をするんじゃない。引っ込んでな!」


「お姉さま!」


「放せ!」


 こいつらをこのままになんかしておくものか!


「はい、そこまでよ」


 誰だ? だが姿を目に捉えた瞬間に、私の体が何かとてつもない力で抑えつけられた。


「あ……」


 指一本すら動かすことが出来ない。実季さんが私の体を必死で支えている。何で邪魔をするの? まだこいつらから答えを聞いてない。いや答えなんかいるか!その口を永遠に塞いでやる。


「つまらない奴らばかりだな」


 わずかに動かせる視線の先で百夜が、小刀を上着の下にしまい込んで、椅子から飛び降りた。椅子の上の男も、黒板の前の男も身じろぎすることなく固まっている。


 黒板の男は片腕の上着を、百夜の小刀で黒板に縫い付けられており、その小刀に引っかかるように力なく黒板に張り付いていた。


「皆さん、私は『仲良くやってください』と言ったのよ。聞いてなかったの?」


 桃子さんが私達に、そして部屋にいる者達に向って小首をかしげて見せた。いつの間にか、私達を除く部屋にいた者全員が、背筋を伸ばして背後に手を組み不動の姿勢をとっている。


 彼女は私の前まで来ると、『パン!』と指を鳴らした。私の体から急に力が抜けて、前に倒れそうになる。


「バン!」


 私の顔に向けて彼女の平手打ちが飛んだ。目の前に小さな稲妻が飛んだように目が眩み、口の中が血の味で満たされる。床には私の口から洩れた血が一滴、二滴と赤い丸を描いていた。


「パン!」


「パン!」


 彼女は、白板の前に倒れこんだ男の顔と、鼻血を流しながら椅子にうずくまる男の顔を持ち上げると、それぞれに平手を打った。打たれた男達の体が床に飛ぶ。


 最後に桃子さんは百夜の前に立った。なぜか百夜は彼女に、にやりと笑ってみせる。


「パン!」


 乾いた音がしたかと思ったら、百夜の小さな体が、まるで小麦袋のように床に投げ出された。百夜はすぐに立ち上がると、その口元に手をやる。


 手の甲には彼女の口から流れた血がべとりとついており、百夜はそれを口元へとやると、ついていた血を舌でなめ取った。そして桃子さんに向かって、再びにやりと笑って見せる。


 その姿には、百夜を見慣れた私でも、一瞬血の気の引く思いがする。


「あなた達、私は一緒に働く仲間を、()()()()側の人間として紹介したつもりだったけど、もしかして()()()()()側として働くことをお望みだったかしら?」


 桃子さんが私達を一瞥する。鳥肌が立つような、心の底が震えるような感覚が体中を駆け巡る。黒犬を前にしてもこんな感じはしなかった。多分これが本当の恐怖というものなんだ。それは私の奥底から湧き上がっていた身を焼くよう何かも、一瞬でどこかへと消し去ってしまった。


躍人(やくと)君に珀人(たいと)君」


 黒板の前の床に転がっている男の襟元を持ち上げると、桃子さんが声を掛けた。


「君達にも、ちょっと前に説明したよね。あなたの家がどんなにりっぱなところかは、ここでは塵ぐらいも役にたたないという事を。マ者がそんなものを気にすると思う?」


 そう言うと、さも面倒くさそうに持ち上げた頭を放り投げた。頭がにぶい音をたてて床にぶつかる。


「二人とも早く森に入りたがっていたでしょう。二人で黒青川の向こうへ散歩に行ってみる?」


 そう言うと立ち上がって私達を見渡した。


「あれ、私は聞いているのよ?」


「はい、副組頭殿」


 私の体を支えていた実季さんが即答する。


「お姉様。百夜さん」


 実季さんが小声で私と百夜に返答を則す。


「はい、副組頭殿」


 まだ自由にならない体から声を絞り出すように答える。百夜もめんどくさそうではあったが私に続いて答えた。


「はい、副組頭殿」


 やっと椅子の上に上半身を預けた男達二人も答えた。


「よろしい。この件の懲罰については追って沙汰します。まさか、自己紹介がまだ終わってないという事はないでしょうね?」


「風華殿、実季殿、百夜殿、私は……」


 直立不動の人達が次々に私達に自己紹介していく。


 ごめんなさい。今は誰の名前も頭に入ってこないです。

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