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嫌な奴

「さあ、次よ。ここは色々あるからね。すぐに日が暮れてしまう」


 桃子さんが私達についてくるように即した。私達の背後では、男のむせび泣くような声が続いていて、その声は一段と高くなったように思える。私達はその声から逃れるように、桃子さんに続いて建物の中へと戻った。


 桃子さんが次に入った棟は、今までの棟とは別で、中庭に面した窓がある、普通の建物のような感じだった。灰色の石に囲まれているせいで薄暗くはあったが、少なくとも最初の棟のように、押しつぶされるような陰気な感じはない。


 多くの人達がそこで書類仕事をしており、集まって話をしている人達もいる。城砦や研修所で見た風景と何も変わりはしない。雑然とした普通の日常がここにはあった。


「ここは事務方と備え方の出先ね。上には調達方に会計方も居る。私達は普段はここの三階に居て、そこで警備の計画の担当、物資の担当、探索路の整備担当などに別れている。さっきの囚人の警護や管理担当は最初に入った棟に居て、監査方と監督方、人事方の出先もそこね。ある意味、ここはもう一つの城砦みたいなものよ」


 とりあえず、視線があった人達には可能な限り頭を下げる。どうやら、いや明らかに場違いとしか思えない私達3人、特に私と百夜に対しては、少なからぬ人達が冷ややかな視線を投げて来る。中には私達を見て、隣同士でなにやらひそひそと話をする人達までいた。なんだかな。なんか見世物になっている気分だ。


 「反対側の棟は物資の貯蔵や、囚人たちによる保守や点検などの作業に使われているところ。作業場みたいな所ね。また後で案内するわ」


 桃子さんが窓から反対側の棟を指さすと、私達にそう告げた。


「では私の本拠地、貴方達のここでの居場所に案内するわね」


 桃子さんはそう言うと、事務所を抜けて、階段を三階まで上がっていく。私はともかくぺこぺこと頭を下げながら、桃子さんの後に続いた。残りの二人、お前達も少しはせっせと頭を下げなさい。こういうのって、すごく大事なんですよ。


 桃子さんは3階の部屋の引き戸を開けると、その中へと入っていった。私もお辞儀をして後に続く。中は下の事務所を半分にしたぐらいの大きさだろうか、それでも二十人を超えるくらいの席は優にありそうな広さだった。


 そこでは十人ほどの人達が座って書類仕事らしきものをしている。奥には大きな会議用の卓らしきものが置かれていて、地図が何枚か広げられていた。多門さんの手狭な執務室とは大違いだ。


「桃子さん、今日はずいぶんと遅い出ですね」


 奥側に座っていた、桃子さんより一回りは年が上そうな男性が桃子さんに声をかけて来た。


「多門君のところから引き取った新人の案内よ。連絡はしていたと思うけど。ここでは私の方針で、必要がない限りはお互い『さん』付けで呼ぶことにしているから。特に実季さん、私を副組頭とか呼ばないように。とっても老けた気分になるからいやなの」


「はい、了解しました、桃子さん」


「よく出来ました」


 桃子さんがにっこりとほほ笑む。この人はさっき中庭で見た人と、本当に同一人物なのだろうか?


「皆さん紹介するね。風華さんに、実季さんに、百夜さん。今日付けでここの勤務よ。ただし所属はまだ研修組にあるからその点はよろしく」


 居並ぶ人達が手信号で、『了解』と返す。


「風華と申します。よろしくお願いします」


「実季と申します。よろしくお願いします」


「お前達、我の邪魔……」


 百夜の足を思いっきり踏む。


「何をする、赤娘!」


 百夜が左目を大きく見開いて私に何かを言おうとしたが、私の表情を見てちょっとだけ顔色が変わった(ような気がする)。


「百夜だ。よろしく」


 まだそれで終わりではないぞ。もう一度足を踏もうとしたら、頭をちょこんと下げた。まあ、お前にしてはできた方だろう。今はこれで許してやる。今夜はちゃんと挨拶が出来るまで飯抜きだ。


「ここの人達の紹介はまた後にするね。これから時間はいくらでもあるし。先ずは直接あなた達と一緒に働く人達を紹介します」


念史(ねんじ)さん、主任は?」


「渡りの件で左2の監視所です。今日は戻らない予定です。当分は忙しいと思いますよ。相当にぼやいていました」


「『渡り』か。当分はこの子達の相手は無理ね。じゃ、警備補の連中でここにいる人達を隣の会議室に集めて。私からこの子達を紹介する」


「了解です、桃子さん」


 桃子さんは男性にそう告げると、私達を隣の会議室なるところに案内してくれた。片側の床が一段高くなっていて、教鞭台が置かれている。壁には黒板やら地図が張ってあり、反対側には椅子が並べてあった。

 

 なんか子供の時に、読み書きや計算を習いに行った私塾をちょっと思い出す作りだ。父さんに私塾をさぼったのがばれた時は大変だったな。


 桃子さんがちょっとの間、壁側で立って待っているように私達に告げた。


「そう、実季さん。一つ聞いていいかな?」


「はい、何でしょうか?」


「どうして風華さんの弟子になったの? もし、風華さんの前で言いにくいとかあれば、言わなくてもいいけど?」


 そこですか? 気になりますよね? でも実季さん、桃子さんの質問にあまり動揺していないですね。


「はい。風華師匠は私が持っていないものを全て持っています」


 実季さんは迷う事なくきっぱりと言い切った。あなたのその自信たっぷりな発言の根拠は、一体どこにあるんですか? 言われている当人には全く心当りが無いのですが?


「あなたが持っていないもの? 少なくとも書類を見た限りでは、私には何か分からなかったけど」


 ですよね?


「はい。私の未熟なところの全てです。師匠ほど強い心と信念をお持ちの方はいません。私は師匠を心から尊敬しています」


 ちょっとまってください。耳の後ろが燃えそうです。いや全身が燃えています。何度も言いましたけど、実季さん、貴方は絶対に何か勘違いしています。それなら百夜を師匠にすべきです。こいつこそ絶対に何かを曲げたりしません。こいつの曲がった性根は誰にも直せません。


「実季さん。どうやら本気みたいね」


「はい」


 何も分かっていなかった私も悪いですけどね、多門さんがこの件を通したのは私に対する意趣返しに違いない。絶対にそうだ。やっと意味が分かった。


 何て、嫌な奴!


 この件は絶対に口外しないように、桃子さんと実季さんには後で頭を地面にこすりつけてでもお願いしておこう。うん、絶対に忘れずにだ。


「お待たせしました」


 私が今後の心配に悶えていると、桃子さんがさっき話しをていた念史(ねんじ)さんが会議室の扉を開けた。


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