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残された者

 無期房から出ると、桃子さんが建物を抜けて中庭に案内してくれた。


 冬の日差しが中庭から建物へと降り注いでいる。さっきの無期房の真っ暗な闇に比べたら別世界だ。思わず両手を上げて背伸びをしたくなる。その広々とした空間は、さっきまでの重い何かを少しはかき消してくれそうな気がした。


 辺りを見渡してみると、中庭には芝生が引かれている。残念ながら、それは今は緑ではなく茶色だ。その端に何やら木でできた台のような物があり、その上には棒のようなものが立てられていた。周りでは数人の人達が何やら準備をしている。


 一体何をしているんだろう。そんな事を考えていたら、不意に遠くから誰かが泣き叫ぶ声がした。声の先を見ると、中庭の一番奥に何人かの人達が固まっていて、泣き叫ぶ声はそこから聞こえていた。 


「あれが何か分かる?」


 桃子さんがあの台の上の、棒のようなものを指さした。


「副組頭殿、あれは絞首台でしょうか?」


 実季さんが、桃子さんに答えた。


「実季さん、正解よ。今日はここの囚人が一人、あそこで吊るされる」


 えっ、あの人たちはその準備をしているという事ですか?


「風華さん、あの泣き声は誰のものか分かる?」


 桃子さんが嫌な質問を聞いてくる。でも答えるしかない。


「処刑される囚人の方でしょうか?」


 桃子さんがゆっくりと首を振った。


「あれは、今日吊るす人の家族が泣いているの」


 その言葉に、向こうに集まっていた人達にもう一度目を向けた。良く見ると、男の人に女の人と子供が抱きついている。今日処刑される人と、その家族と言う事!?


「同じ冒険者だから、例えその者の犯した罪がどれだけ重い物でも、最後の希望は、それが叶えることが出来る物なら叶えてあげる。家族に一目会いたいというのなら会わせてあげる」


「もう手遅れなんでしょうか?」


 私は男性に縋りつく、女性と子供から目を離すことが出来ずにいた。


「手遅れよ。あの男が犯した罪は死をもってしか償う事は出来ない。でなければ彼の為に死んでしまった人達に、私達はどう詫びればいいのか分からない」


 警備員によって、女性と子供が男から引き離されようとしていた。女性の叫びと子供の泣き声は一段と高く、そして切なくこの監獄に響いている。


「家族が居れば、家族と一目会いたいと希望する者は多いわ。家族や親しいものが居ないものは、酒を望むものもいれば、女性を望むものもいる。何も望まない人だっている。最後の時は人それぞれよ」


 私だって一歩間違っていれば、同じようにここで吊るされていたのだろうか?


 もしその時が来ていたら、私は最後の希望として何を望んだのだろう。きっと白蓮に、みんなに、もう一度会いたいと願ったに違いない。私の力不足を謝るために。そしてみんなに会えた事を、これまでしてくれた事を感謝するために。


 女性と子供が警備員らしき人に引きずられるように建物の中に消えていった。だがその叫び声はまだかすかに私の耳に響いている。そして今度は男の低くむせび泣く声が聞こえてきた。


「あの男は満足したのかしら? でも残された家族に、どれだけの傷跡を残しているかは分かっているのかしら?」


 私は男から目を放して桃子さんの顔をみた。桃子さんは私達に何を言おうとしているのだろうか?


 男を見つめるその顔には、私が酒場で会った時にこの人から感じた、優し気な雰囲気は微塵も感じられない。


「どうせすぐに誰かから聞く話でしょうから、今言っておくね。私の父も冒険者で、あそこで吊るされた。私はさっきの子供と同じように、父に追いすがって泣いたわ」


 えっ!あまりの事に思わず、叫び声を上げそうになる。


「父がどうして吊るされたのか、何をやったのかを理解したのは、自分が冒険者になってからよ。でも何で冒険者になんてなろうと思ったのかな? 愚か、いや子供だったのね。多門君は私のことを鉄の女だって呼んでいた。本当にひどい奴だよね」


 男を見ていた桃子さんが、私達の方を振り向いた。


「今日は貴方達に、あれを最後まで見せようとは思わない。だけど覚えておいて。これは別に特別な事じゃない。ここでは普通にあることよ。慣れなさい」


 彼女は再度私達を見回すと、言葉を続けた。

 

「そして貴方達が残されたものを大事に思うのなら、森で潔く死になさい。そうすれば貴方の死はもう誰も傷つけない」


 桃子さんはそう言うと私達をじっと見つめた。桃子さんの目に浮かんでいるのは、悲しみなんだろうか? それとも私達への厳しさなんだろうか? それとも、むせび泣く男に対する怒りなんだろうか?


 私には何も分からない。ただ子供のあげた泣き声だけが、消えることなく私の耳に残っていた。


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