歌月
「見かけと違ってだいぶ意地が悪い女だね。こんなおぼこの町娘をからかって楽しむとは?」
歌月は、赤葡萄酒といってもたいして強くないものでつぶれてしまった風華を指さしながらからからと笑った。百夜は食事に満足したのかその隣でうたたねをしている。
「私もとうとう運に見放されたみたいだ。あんたたち兄弟が邪魔しに来なければとうにここを離れて高見の見物だったのにね!」
歌月はそう世恋に告げると両手を上げて見せた。
本当にその通りだ。この兄弟さえ『城砦』からのこのこ来なければ、結社一同ほとぼりが冷めるまで身を隠して静かにしているだけで何の問題もなかったはずだ。おかげで父をはじめ、追憶の森の冒険者達は全員が一網打尽となった。
そして数日後にはどこかの野で鳥の餌にでもなることだろう。結社の一員として『森』で死ぬことはあってもこんな事で結末を迎えるとは誰も思っていなかったはずだ。
「そうですね、私たちは本当に皆さんのお邪魔でしたね。その点については兄に代わってお詫びいたします。ですが昨日、兄が歌月様のお邪魔をしたのは決して偶然ではないんです」
偶然ではない? どういう意味だい? あんたのすかしたお兄様の気まぐれ以上に意味などある分けがない。こんな小娘の戯言など相手にしてられない。
「なんのことだか?」
歌月は大仰に肩をすくめてみせた。
「恋話はここからが本番です」
この子はいったい何を言っているんだ?
「恋話?」
「そうです。歌・月・様の恋話です」
歌月は、長椅子の上で思いっきり乾いた笑い声を上げた。この小娘とこれ以上かかわるのはごめんだ。この「お花畑」さにはもう我慢できない。
「はらわたがよじれるというのはこの事かね。私とあんたが恋話だって?」
「歌月様が風華様へ復讐に至るまでの大人の『こ・い・ば・な』です」
復讐? この子はいったい何の話をしようとしているんだ?
「あんた、一体……」
だが世恋は歌月の問いかけを無視して先を続けた。
「歌月様は『城砦』のお生まれで、幼少の時にお父様の月令様とこちら一の街こと『追憶の森の復興領城塞』に越してこられました。その後、お父様の元で冒険者としてご活躍されました。もっともお父様は歌月さんが、冒険者になられることには相当に反対だったと思いますけど。これは私の推測ですが」
歌月の返事がないのを肯定ととらえたのか、世恋は先を続けた。
「でも月令さんはあなたの冒険者になりたいという希望を拒むことはできなかった。なぜならあなたのお母様も、お父様と同じく『城砦』の冒険者だったからです。冒険者となられた歌月様は実力がおありですから当然『追憶の森の結社』の中心人物になられました」
世恋はそこで歌月に向って芝居掛かった仕草で天を指差して見せた。
「でもそこにはあなたが足元にも及ばない人物が一人。たまに結社に現れては去っていく、どの組にも属さない独り者の冒険者。山櫂様、風華様のお父様です。ここからですよね。歌月様の『こ・い・ば・な』は」
急な話に動揺を隠せない歌月の前に、世恋はひょいと顔を近づけると、さも嬉しそうに微笑んで見せた。
「自分の父親と同じ世代、いやそれより上かもしれない年齢の冒険者。年の差があっても歌月様はその恋心を抑えることなどできなかった」
世恋は秘密の話でもするように歌月に告げた。なぜ、なぜ、こんな小娘が父や私の事を?
「あんた、何者なんだい……」
世恋は、明かり窓から入っきた光が石壁に当たって反射した光を横顔に受けながら、舞台女優のように芝居かかった態度で歌月の方を振り返って答えた。
「『城砦』の一冒険者です、歌月様。今は査察官補佐も兼ねているみたいですが、まあ名前だけですね。できればここで山櫂様がどんなに素敵な方だったかなどを歌月様から語ってほしいところなんですが……」
楽し気に目の前で語る世恋を歌月はとても恐ろしいものでも見るかの様に見つめた。
「朝もはやかったですし、お疲れのようですね。私の方で続けさせていただきます」
もちろん歌月には返す言葉などない。
「では僭越ながら私の想像も交えて続けさせていただきます。自分の組に誘おうが、寝所に誘おうが暖簾に腕押し。おそらく風華様を理由にすべて断られたのではないでしょうか? そして今や風華さんには白蓮さんという恋人がいて山櫂様の後を継がれている」
世恋はそこで杯の葡萄酒を口に含むと、歌月に向って酔いつぶれた風華を一瞥して見せると先を続けた。
「最初はかわいい娘だって思っていた風華様ですが、今では自分の思いの全てを邪魔した娘。たとえ山櫂様が亡くなられてしまっても、いや亡くなられてしまったからこそでしょうか? 風華様に自分が陰でどれだけ不遇な思いを募らせていたかを分かっていただこうとした? でも殺すまでするつもりはなかった。そんなところではないでしょうか?」
世恋は、最後のところはよく分かりませんとでもいうように軽く首をかしげて見せた。
「でも歌月様、この『こ・い・ば・な』は歌月様だけのお話ではなく、もっと前から続く、それはそれは長いお話なんです。ご存じでしたか?」
世恋は、歌月に向かって再びにっこりとほほ笑んだ。歌月はその微笑を見ながら森でマ者に不意打ちでもされた時のように、背中を冷たい汗が流れていくのを感じていた。




