監獄
馬車は桃子さんが、「監獄」と言った建物というか、灰色の石の塊の前で一度止まった。
警備の担当らしい人が馬車の中を覗き込んで、桃子さんの顔を確認すると、手を額にあてて挨拶した。一応、私も愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
彼が入り口に向かって手を回すと、金属がきしむ耳障りな音と共に門の鉄柵があげられた。馬車はその中へと進んでいく。
「この灰色の石は黒の帝国時代の遺物でね。昔はこの中でマ者を飼って繁殖させていたらしいけど、今では囚人達の力を抑えるのに使われているの。この中で力を使おうとすると、とんでもない事になるから気を付けてね」
そう言うと桃子さんは、百夜と実季さんの顔を見た。私はあまり気にしなくていいという事ですね。
「我は気に入らぬ。気分の悪いところだ……」
誰もあんたの感想なんて聞いていません。黙っていなさい。とりあえず余計な事をこれ以上言う前に百夜の口をふさぐ。実季さんに、早急に百夜の傾向と対策を教えておかねば。
馬車の扉が開かれて、桃子さんが私達に馬車から降りるように即した。昼なのに辺りは真っ暗で、ところどころに置かれた油灯の明かりが、壁や天井を不気味に照らしている。
何なのここは? まるで洞窟の中みたいだ。
振り返ると、奥に私達が入って来たらしい入り口と思われる白い光が見える。冬の乾燥した季節だというのに、この中ではまとわりつくような湿気を感じる。微かに揺れる油灯が作る石の影が、まるで私達を飲み込もうとしているお化けの群れのようにも見えた。
もしかして、私達はこんな不気味な所で、これから仕事をするということでしょうか? 隣にいる百夜にはぴったりなところかもしれませんが、乙女が働くような場所ではありません!
桃子さんは特に何の言葉を述べることなく、油灯が両側に置かれた入り口と思しき岩の間から奥へと進んで行く。通路の中もわずかな油灯で照らされているだけだ。
私達の足音が壁に反響し、なんとも不気味な音を返して来る。実は騙されていて、この先にいるマ者、いやもっと邪悪なものの餌にでもされようとしているのではないだろうか? そんな悪夢でも見ている気分になってくる。
「赤娘、痛いぞ」
いつの間にか、私は百夜の手を強く握りしめていたらしい。通路はいつの間にか上りになり、そして階段になった。階段の先に白い光が漏れている。
どうやらやっと通路の出口にたどり着いたらしい。出口には鉄の柵の扉があり、扉の両側に警備の人がいた。桃子さんに気がついた警備の人が、その鉄扉を開けて私達を通した。
「ああ……」
後ろにいた実季さんの口から驚きの呟きが漏れた。周りは天井近くまで、暗灰色の石で丸く覆われた壁が続いている。天井のお椀の高台に相当する部分に、丸く穴が開いていて、そこから入ってくる日差しが石の壁を白く染めていた。
桃子さんは黒の帝国時代の遺物だと言ったけど、一体どうやってこれだけの石を積み上げたのだろう。あるいは巨大な灰色の石をくりぬいて作った? どっちにしても、どうやって作ったのか私には想像もつかない。
辺りを見回すと、お椀の内側には横に長い建物が、壁の内側を囲むように建っている。
「私達が入って来たのは通用口みたいなところかな。表口はあっちよ」
桃子さんが指さした先には、縦に裂けた破れ目の様な物が見える。その辺りは馬が係留されていたり、荷馬車もたくさん置いてあって、そこで作業しているらしい人の姿も見えた。
「監獄という名前だけど、嘆きの森に向けての物資の貯蔵および、払い出しを行ったりするのが一番の仕事だから、前線基地みたいなものね。本当の入り口はこの先にある、黒青川の監視所だけど、物資はここからそこに運んで、監視所から各自が持っていくという感じになるの」
なるほど、城砦からここまではそれなりに距離があるから、川の手前のここが、本当の拠点という事ですね。
「黒青川よりこちらにも、マ者が迷い込むことはあるけど、私達で監視、巡回、掃討を徹底してやる。当面のあなた達の仕事の一つよ。川より手前が崩れが起こさずに人が入れる領域で、その先が本当の森」
監視、巡回ですね。掃討は……どれも百夜にやってもらう事にして、私の仕事は猛獣使いという事にしてもらおう。
「もう一つの役割は名前通りよ。ここは城砦の犯罪者が収容される場所でもある。その人たちの監視も貴方達の仕事ね」
監視ですか? 逃げないように、見張っていればいいという事ですかね?
「中に入りましょうか。貴方達と一緒に働く人達を紹介する」
そう言うと、桃子さんは私たちを手招きした。




