やきもち
「いや、牛蛙二匹。それも一匹はあれだけの雄と来た。まだ解体組からの報告はないけど、結構いくぞこれは」
丁司さんが大杯に入った麦酒をあおった。
「今月分は、かなり取り戻せるんじゃないか?」
大海さんがそれに同意する。
「いや、十分に足が出る」
輝一組長の顔も明るい。
今日と明日は森には潜らない。今の大店組は進入禁止区域の問題もあって、大体3日に1日、下手したら4日に1日に森に潜る感じだ。日越えの予定も当分ない。という事で、彼らから私の歓迎会に誘われた。
昨日の疲れもあるから休みたいというのが本音だが、彼らから色々と情報を得る必要がある。それにこの組での私の立場はあくまで新人だ。
「でも本当に、二つ名持ちの力というのはすごいね。あの雄の牛蛙を一発だろ。あれは古参組の手練れでも、そう簡単には仕留められないやつだ」
丁司さんの言葉に他の三人が同様に頷く。だからあなた達は、この年で大店組でくすぶっているんじゃないの? 打ち手は所詮は打ち手で、誰かの段取りが無ければなんの役にも立たない。
「でも、閃光弾を三発です。赤字では無いのですか?」
「ちょっと痛いが、あれはもともと期限切れに近い奴を安く譲ってもらった物だ。それに最近の新種騒ぎで、牛蛙は特に取れていない。大分割り増しが付きます。それにあれが宮廷の方々に大人気なのは、美亜さんも知っているでしょう?」
輝一組長が、さも大丈夫と言うように手を振って見せた。そしていかにも怪しい腰の動きをして見せる。
「おいおい、お嬢さんの前で下世話な話をしなさんな」
丁司さんが輝一組長をたしなめたが、その顔はにやけている。
本当に男という奴はこれだから……。それより期限切れが近いやつ? この人達はその年で本気で言っているのだろうか?
個々の技、それに言っていることは昨日今日の駆け出しとは明らかに違うのに、命がけの仕事で道具に金をけちるなんて。私が前にいた古参の組なら、そんなものを使おうと言った瞬間に組を首になる。
「まだ男所帯の癖が、抜けていなくて申し訳ない。でも、美亜さんに来てもらって本当に助かった。これは他の組からのやっかみが相当に出るな」
「まったくだ。こんな美人がいるというだけでも、鼻高々という感じだからな。副組頭には後で、差し入れでも持っていかないといけないな」
丁司さんが輝一組長に相槌を打って見せた。
「お世辞は止めてください」
あの人といい、この人達といい、突然に人を美人だとかお世辞を言い始めたのは、何か裏でもあるのだろうか?
「お世辞なんかじゃないですよ」
今までずっと黙っていた平太君が、突然私にそう言った。
「落夢卿、あっ、美亜さんは力があって、美人で、僕ら若手からみたら、もう雲の上見たいな人です。昨日は本当に役に立てなくて、すいませんでした」
そう言って私に向かって頭を下げた。おじさん達3人がきょとんとした顔をする。きっと、私も同じ顔をしているに違いない。
「はははは」、「ぶははは」、「あははは」
三人が堪え切れずに笑いだした。私はひたすら恥ずかしいだけだ。思わず、耳の後ろが少し熱くなる。
「ちょっと、何がおかしいんですか? 僕は真面目に話しているんですけど」
「いや、平太は俺たちと違って若いから、正直だと思っただけだ」
普段はあまり言葉をしゃべらない大海さんは、そう言うと、平太君の背中を叩いた。その力に、平太君が卓に前のめりになりそうになっている。
「もう一杯ぐらいもらって、皆で締めの乾杯とでもいこうか? あれ、この時間からずいぶん混んできているな」
「よく見なよ。俺たちと同じ大店組のやつらばっかりだ。みんなあぶれて、まだ日のあるうちからぐだを巻いているんだ」
「丁司、酒を取りにいくから付き合え。大海、お前はどこへ?」
「おれは手洗いだ」
おじさん達3人が席を立った。席に居るのは、私と平太さんだけだ。
「すみません。もしかして、気分を害してしまいましたか? 美亜さんが美人なのは……」
その件はもういいです。十分です。
「平太さんだけ年が若いけど、いつからこの組に?」
「美亜さんと大して変わらないです。今月からです」
「この組に誰か知り合いが?」
「いや、僕も大店所属ですから上の指示です」
「この組の事は前から?」
「さあ、もともと指揮官希望だったので、最初森にもぐった後は事務方に居ました。進入禁止の件で、位置取りが確かな奴が必要という事で呼ばれました。いや、感を取り戻すのが……」
「それは後で聞きます」
「誰に呼ばれてここへ?」
「美亜さんと同じだと思いますよ。副組頭から呼ばれました。打ち手のてこ入れだという話でした」
なるほど、あの3人も年を重ねているにしては、森での動きがぎこちないように感じる。各自の能力自体は低いように思えないのに。つまり、この組は誰かによって、意図的に作られた組だということだ。まだ彼に質問する時間はあるだろうか?
確かに周りは、まだ日があるというのに、客が一杯で、給仕係はてんてこ舞いだ。二人はまだ帳場の横で、杯を受け取るのを待っている。大海さんも手洗いから戻ってくる気配は……。
何、何でこんな時間に、こんなところに居るの!?
「平太君、君の外套を取って、私に渡して」
「え、何を?」
「早くしなさい!」
彼があわてて、衣紋掛けから革の大外套を取って私に渡す。すばやくそれを着て頭巾を頭に被り、自分の顔が陰になるようにして奥の卓を覗いた。
どう言う事? あの人にあの娘に、それにあの女までいる!
何なのあの女。いくらここが森の外だからって、化粧迄しているじゃない。それになれなれしく、やたら近くに座っている。まずい。三人が席を立った。こちらに来る。
「兵太さん、私の肩に手を回して!」
「え……あの……何を……」
「早くしなさい!」
彼がおそるおそる肩に手を回してくる。何を遠慮しているの。彼の手をつまんで私の肩に回した。自然に、彼が大外套の頭巾の下の私の顔を覗き込む形になる。
これで、昼間からいちゃついている若い人達にしか見えないはず。少なくとも、彼が知っている私の姿からは程遠くなったはずだ。
「多門監督官殿。今から帰ると、もう真っ暗なんですけど」
「馬車ぐらい呼んでやる」
「人気のない夜道ですよ。途中で何かあったら、どうするんですか?」
「あのな、監督官が頼んだ客を、途中で襲う御者がこの城砦に居ると思うか?」
「監督官って、そんなに怖いんですか?」
「怖いんじゃない!偉いんだ!!それに心配するな小娘。お前を襲いたいと思う奴などいない」
「そんな事ないですよ!私だってひどい目に会いそうになったことぐらい……」
「まあ、まあ、二人とも。多門君、やっぱり柚安君の話って本当だったんだね」
「違う!」「違います!!」
賑やかな3人が、背後を通って通りの外へと出ていく。本当に何なの!?
「もう十分です」
「えっ、あの」
「肩に手を回すのはもう十分です」
「あっ、すいません」
平太さんが、慌てて肩に回していた手を下して離れた。
「謝る必要はありません」
大外套の頭巾を外す。
何なの!こちらが命がけで森に潜って、裏を探ろうとしているというのに。死にそうな目にあっていると言うのに……。
本当に男ってやつは!!
「おい平太。いきなり泣かせるなんて、お前どんな口説き方をしたんだ?」
* * *
「あれ桃子さん、会議をさぼって昼から酒ですか?」
「柚安君、会議は?」
「さっき終わりましてね。とても遅くなったお昼、いや早い夕飯かな、にやっとありつこうという次第です」
「柚安君、あなたの言うとおりね」
「何の件ですか?」
「多門君よ。あの人は魔法にかかっている」
「ですよね。僕もあんな多門さんは初めて見ました」
「妬けますか?」
「かなりね。でも彼が救われるのなら、それでいい」
「これは、桃子さんだから言いますけどね。僕も彼女には興味があるんですよ」
「本気、なのね」




