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昔の男

「好きなものを頼め」


 私達二人は、前に多門さんが床で寝ていた、酒場の卓に座っている。まあ、好きな物を頼めと言うのですから、好きな物を頼まさせていただきます。


「この鳥のから揚げに、白麺麭をください。多門さんは?」


「同じものだ」


 多門さんが、ぶっきら棒に答える。もうちょっと楽しく行きませんか? 楽しくです。これではさっきの執務室と同じですよ。


「さっさと腹に何か入れろ。これからお前を推薦先の人間に紹介する。その時に腹でもならされたら洒落にならん」


 ちょっと待ってください。それを先に言ってください。から揚げなんて重いものなんか、絶対に頼まなかったのに。まだ変更できるかな?


「お待ちどうさま。から揚げ二人前に、白麺麭二人前です」


 早いです。早すぎです。これって、もしかして揚げたてじゃ無いんですか? なんだかとっても損した気分。


「ちなみに、どなたに紹介していただけるんでしょうか?」

 

「それは、」


「あら、多門君。こちらが例のお嬢さん?」


「ずいぶん早かったな」


 多門さんの背後に、薄化粧をした、妙齢の女性が立っていた。明るい茶色というか、赤毛と茶色の中間ぐらいの、ふんわりとした髪を背までそのまま下ろしている。目も黄色に近い茶色だ。


 背はそれほど高くないというか、ちょっと低いぐらいだろうか? 童顔だけど、年は多門さんと同じぐらいに思える。


「うん、退屈な打ち合わせだったから、あなたからの先触れを理由に、退席させてもらったわ。ある意味助かったという感じかな」


「おい、後で恨まれるのは俺という事か?」


 お互いにため口で話をしているところを見ると、多分それほど年は違わないみたいだ。


「こいつが例の赤毛、風華だ」


 いいですけどね。もうちょっと丁寧な、紹介の仕方はありませんか?


「初めまして、風華と申します。多門特別監督官の下で、お世話になっております」


 とりあえず、可能な限り丁寧にお辞儀です。


「初めまして、警備方で副組頭をやっている、桃子(とうこ)よ。よろしくね」


 女性が私に右手を差し出す。ありがたく手を握らせて頂きます。副組頭というのだから偉い人なんだろうけど、堅苦しくない、とっつきやすい人のような気がする。


「私も座らせてもらうから、とりあえず二人とも座って頂戴」


 ありがたく席に着かせていただきます。多門さん、もしかしてこの方ですか? ここで、あの晩口説こうとしていたのは?


「あら、二人で同じものを頼むなんて仲がいいのね」


 いえ、これは多門さんがめんどくさがっただけで、決して仲がいいわけではありません。


「勘弁してくれ(とう)。どうして俺がこいつと、仲良くしなくちゃいけないんだ?」


 その点については、私としても全く異論はありません。


「あら、柚安(ゆあん)君が多門君がわざわざ事務方まで、若くてかわいい彼女を紹介に来たと言っていたわよ」


 柚安(ゆあん)さん、確かに私のせいで色々とご迷惑をおかけしましたけど、流石にこの仕返しはないんじゃないですか?


「ちょっと待て、お前達、どんな会議をやっているんだ?」


「いつの間に美亜ちゃんから、この子に乗り換えたの?」


 えっ、多門さんと美亜教官って、そういう関係だったのですか!?


 思わず、腰が浮きそうになる。


「いい加減にしてくれ。あの小娘も、この小娘も、どうして俺が何かしなくちゃならないんだ?」


「相変わらず、多門君はいじめがいがある人ね」


 桃子(とうこ)さんが屈託のない笑顔で笑う。さっきの美亜教官に関する発言は、冗談という事でいいんですよね?


「本題に戻っていいか? お前のところに、こいつと後二人を頼みたい。一人は見かけがびっくりながきだが、下手な二つ名持ちなんかより、よほど力がある。要は使いようという奴だ。一人はかなりまともだ。俺が見る限り将来有望だな。ただ、一つだけ難点がある」


「その二人は、多門君が褒めているという点だけでも、相当なものね。でも、その一つだけ難点があるというのが気になるわね。一体何?」


「何故かその子は、こいつの正式な弟子になりやがった」


「へ――。今どき、この城砦で弟子ね」


 桃子(とうこ)さんが私の顔をまじまじと見る。止めてください。耳の後ろが熱くなります。


「まあ、こいつがどんだけお荷物でも、さっきの二人でお釣りがくる。頼む、正直なところ桃子(とうこ)に断られると、もう話を持っていく先がない」


 多門さん、その姿はもしかして桃子(とうこ)さんを拝んでいます? 私ってそんなにお荷物なんですか?


 これはしばらくは立ち直れそうにない。なんか涙が出てきそうになる。


「そうね、昔の男の頼みだから、そう無碍には出来ないわね。先ずは昔を思い出して、私の一番の好みの酒を、ちゃんと全部入りで完璧にもってこれたら考えてあげる」


 えぇぇぇぇ!!昔の男!?


 思わず腰が浮いてしまいました。あれ、多門さんは? もう帳場のところにすっ飛んで行っている。それだけ切実なんですね。お荷物ですいません。


 でも私がお荷物な件は、もうどうでもいいです。立ち直りました。この件だけは、そのままには出来ません。そのままにしていたら、今晩気になって悶絶しちゃいそうです。寝れません!


「あの、副組頭殿」


「ここでは桃子(とうこ)でいいわよ、風華さん」


「あの、桃子さん。昔の男というのは……」


「あれ?ちょっとの間だけどね、付き合っていたのは本当。彼も私もここに来たばっかりで、不安だったんだよね。それに当時は、ちょっと影がある男というのが趣味だったのかな」


 思わず絶句。あの多門さんと付き合えるんですか? 嫌味を言わないと、空気を吸えない人ですよ。まあ、根が優しいところがあるのは認めますけど。


「それよりも、風華さん。あなたすごいわね。あの多門君を手懐けるなんて一体何者?」


()()()()ですか?」


 すいません。言っていることが、よく分からないのですが?


「私の知っている彼は、あんなにぺらぺらしゃべる人じゃなかった」


「初めて会って、殺されそうになったときから、あんな調子でしたけど?」


「ははは、その噂は本当だったんだ。あなたが多門君に、もうちょっとで吊るされるところだったの」


「はい」


 すいませんが、笑い事ではありません。それに思い出すと、ちょっと、いやかなり腹が立つような気がしますが、実季さんの件でちゃらにしたから、忘れることにします。


「なら、ちょっとは分からないかな? 彼は本心をしゃべらない人だよ。むしろ何かを演じていると言った方が正しいかな? 誰にも、ある線より先に入ることは許さない。もちろん私もそうだった。それで別れたんだよね。この人に、私だけを見させることは出来ないと思って」


 自分の信念を、大事にしていることは分かりますけど、そんな役者ですかね? あの嫌味は、全部本心から言っているとしか思えません。


「彼があんなに本心でしゃべっているのは初めて聞いたから、貴方には分からないことなのかもしれないけどね」


 桃子(とうこ)さんが戸惑っている私の両手を握った。


「あなたは彼のお荷物なんかじゃない。あなたはきっと、彼に何かの魔法をかけたのかな? 彼を救ってくれた魔法使いさんね」


 そう言うと、私に向ってにっこりとほほ笑んだ。迷惑を掛けられているとはいつも言っていますが、それは『魔法』ではないですよね?


「おい、これで完璧のはずだ。頼む、完璧だと言ってくれ」


 多門さんが息を切らせて戻って来た。どうして酒を持ってくるだけで、こんなに汗だくになっているんでしょうか?


 桃子さんが瑠璃の杯に入った、薄い桃色の飲み物をゆっくりと口に運んだ。


「はい、大変良くできました。3人を引き受けるわ」

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