苦情
「お前な、俺がどんだけ人事方から文句を言われたか、分かるか?」
やっと、この方の嫌味を聞かずに済むと思ったのは、間違いだったようです。どうやらまだ私は、この監督官様、もとい、監督官の管理下にあるそうです。さっきそう教えられました。
「いいか、お前の真っ白な書類を見て、書き忘れじゃないかと文句が来たのが一回」
「はい」
それについては、本当に何もできないので、返す言葉はございません。
「次にそれが間違いじゃないかと言って、人事方から研修組の見解を問う、長い長い文書に、長い長い答えを書いたのが一回」
「はい」
それは、私のせいでしょうか?
「それとお前の弟子の申請の件で、それが弟子と師匠が逆じゃないかという件で、一回」
「はい」
それは実季さんのせいで、私のせいではないと思いますが?
「さらにだ。人事方の組頭から、非公式の長時間の苦情だ。どういう訳だか、お前は一部のおじさん達からは大人気でな。ぜひうちの組によこせと押しかけてきて、人事方で大騒ぎになったらしい。人事方の担当は本当に倒れたそうだ。何で倒れたか分かるか?」
さあ、疲れが溜まっていたのか、多門さんみたいな、嫌味しか言えない上司でも居たんじゃないですかね?
多門さんが、私の心の言葉を見透かしたかの様に、ジロリと睨む。
「どこの組に入れても、他の組から文句が出る。この件でも、どれだけ俺が頭を下げたか分かるか?」
「はい」
それはもう完全に、私のせいではないですよね?
「人事方としては、さっさと関門の向こうに送り返せ、という話をしていたらしいが……」
「え!」
なんて素晴らしい人達なんでしょう。それでどうなりました? 無罪放免ですか?
「おじさん達の手前、そんな事をしたらもっととんでもないことになるから、さっさとどこかに配属させろ、という事になったらしい」
「えぇぇ!」
どうしてそう言う事になるんですか!本人の希望とかは無いんですか?
「それにも条件がついた。俺がどこに押し込めるか決めて、正しくは交渉して、推薦状を書けとのお達っしだ。人事方としては、それにケチなどつける気は毛頭ない。その推薦をそのまま通す。つまり何が起きても、すべては俺のせいという事だ」
そう言うと、多門監督官は、私に向かって両手を上げて見せた。
「そう言われましても、こちらとしても、何と言ってよいやら……」
まるで野菜に虫がいたという苦情を言われている時と同じ気分。虫ぐらい居ますよ。新鮮ですからね。
「歌月さんとか、世恋さんと一緒の組にさせていただいて、何とか食つなぐとかは……」
「お前な、世の中には等級ってもんがあるんだ。上の奴らが楽したいばっかりに、簡単な獲物ばかり狙ったらどうする? あいつらの等級の領域になんて、いきなり行って見ろ。お前なんか、狩どころか、マナ酔いで身動きすらできないぞ」
「えっ、皆さん、そんなに出来る人達なんですか?」
あの嫌味男は二つ名持ちですから、薄々はそんな感じはしていましたが、歌月さんに世恋さんも只者ではないと言う事ですか?
「お前な……もういい。お前からまともな何かが返ってくるとは思えん。それより研修が明けてから、何かしていたか? 少しは鍛えていたか?」
「そうですね。実季さんから、少しは鍛えられているような気がします。後は、掃除にお洗濯、食事を作ったりでしょうか?」
「ちょっと待て、実季はお前の弟子だろう? それにお前は家政婦か? そんな事をしている暇があったら、もっと他にすることがあるだろう?」
多門さん迄、私を家政婦扱いですか? まあ、それはしょうがないですけど、でも馬鹿にしないでください。
「何を言っているんですか? 私は居候ですよ。ただでさえ肩身が狭いのに、何もしなかったら、もっと狭くなるじゃないですか!これは、とっても、とっても大事な仕事です」
それと、弟子を認めてしまったのはあなたですよ!
「お前な、あちらこちらから断られまくっても、必死に行き先を探してやった俺の身にもなってみろ」
グ~~~~
「何だ今の音は?」
慌ててお腹を押さえる。いや、急に呼び出されたものですから、お昼を食べる時間がなかったんです。
「何も聞こえませんけど?」
グ~~~~
「お前か? 居候で家政婦をしても、ろくに飯も食わせてもらえていないのか?」
「そんなわけないでしょう。世恋さんを侮辱するつもりですか? 多門さんが変な時間に呼び出すからです。ここは世恋さんの家からは遠いんです。馬車を呼ばないと来れないんです!」
「それが、遅刻してきた奴の言う台詞か?」
「隣にでも住んでなければ、すぐになんか来れません!」
多門さんが頭に手をやっている。しまった、またやってしまった。なんでこの人は、こうも私がやらかしちゃうような台詞を、一杯一杯言ってくるのだ?
「お前とあの黒いのは、本当に似た者同士だな」
もしかして、私を百夜と同じだと思っています? 私はあれほど食い意地は張っていません!
「まあいい。どのみち一度紹介しろと言われているし、飯もおごる約束をさせられていたんだ。出かけるぞ」
そう言うと、多門さんは椅子の背にかけてあった短外套を手にとった。
「どこにですか?」
「飯に決まっているだろうが。それとも何か、お前はその音をずっと俺に聞かせるつもりか?」




