死線
だめ。牛蛙が私の正面を向く。早く正面から移動しなければ、牛蛙の胃液を食らったら、そこでお終いだ。奴の正面を避けて、木の裏に入ろうとするが、ぬかるんだ地面と、これまでの疲労から思うようには動けない。
兵太が案山子で、奴の注意を引こうとしてるが、全く効いていない。焦りもあるのか、動きが単純すぎて、奴にはどれが案山子か完全にばれている。輝一組長が炎で牽制しようとするが、奴はそれを一顧だにしない。もともと炎は牛蛙には、ほとんど効果がない。
私の前衛、防腐処理をした長盾で、それを防ぐはずの大海とは距離が開いて、連携にすらなっていない。この急造の組では、連携とか言う以前に、まだ死人が出ていないだけでも、まだましとしか言えない。
そもそも、ここに二匹目がいたこと自体が、想定外なのだ。
指示書によれば、最初に仕留めた、小柄な雌でお終いだったはずだが、ここに雄、若い雌に引き寄せられたのか、それもかなり成熟した大柄な雄がいた。
ここが比較的森の手前で、はぐれが出る可能性がほとんどない事から、他の4人は最初の一匹目を全力で狩にいった。なので、弩弓や閃光弾といった便利な道具も、マナも、ほとんど使い果たしたところで、この二匹目に遭遇したのだ。
森では確実な事など何もないというのに、余力を残さないなんて。ここは嘆きの森だと言うのに!
辛うじて、木の陰で奴の胃液を避けることが出来たが、生臭いような、酸っぱいような、独特の奴の胃液の匂いに吐き気がする。裏からは木が焼けるような、煮だつような不気味な音も響いていた。そして、びちゃびちゃという奴の足音が響く。
間違いない。奴は私を狙っている。この中で私が一番の脅威であることを、きちんと認識しているんだ。
お姉さまと森に入っているときは、こんな苦戦をする事などなかった。お姉さまの隠れ蓑の下で、じっくりとマ者を狙って放てばそれで終わりだった。
結局、私は誰かの庇護の元で、貢献とかやらを稼がしてもらっていたに過ぎない。私の二つ名なんてものは、所詮はその程度のものだ。
人と違ってマ者は、急所以外では仕留める事などできない。牛蛙の右か左の脇腹の急所以外を打っても、動きを少しは止められるぐらいだ。しかも全力で打ち込む必要がある。今度外したら次は無い。それで私のマナは空だ。
本来なら二匹目が居たところで、解体組に合図を送って撤退すべきだったのだ。彼らはすでに倒した一匹をあきらめることが出来ずに、この事態になった。
急造の組なのだけが原因じゃない。十分な収益を上げられていない、彼らの欲と焦りが、この事態を引き起こした。二匹目が出た時点で、私が撤退してしまえばよかったのだ。そうすれば、彼らだけで狩を続けることはできなかった。
あの人の言う通り。私は冒険者としてはまだまだ未熟だ。
ビチャビチャという音が木の背後から続いている。こいつは手強い。私を追ってすぐにこちらに近づいたりはしてこない。自分の間合いを保ったまま、私が焦って飛び出してくるのを待っている。
奴は、炎や案山子が立てる気配、大海が気を引くために上げている怒声も、何もかも、まったく気にしている様子はない。私だけを狙っている。
ここからは賭けだ。右か左。どちらかに飛び出して、奴の前足の付け根を狙う。やつに前足でそこを隠されたらお終いだ。最後の閃光弾。こいつで奴の目が眩んだ隙に全力で打つ。
間違ったら、二度とあの人には会えない。




