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場末

「どうでしたか彼は?」


「驚いたよ」


 旋風卿の問いかけに、無限はそう答えると杯を片手に、旋風卿の顔をじろりとにらんだ。場末の安酒場の卓を挟んだ二人はまるで大人と子供のように見えた。


「正直な所、俺みたいな()()()じゃ無くて、『本物のマナ無し』という奴は、伝説みたいなもんだと思っていた。森で王子様を待つお姫様なんかと同じ類のな」


「貴方にしては、ずいぶんとかわいらしい例えですね」


「何言ってんだ。俺は姉ちゃんからもてもての、かわいらしい男に決まっているじゃないか?」


 無限は旋風卿が何も返答しないのを見ると、やれやれと両手を上げて見せた。


「本当に冗談の一つも通じないやつだな。あ、姉ちゃん。同じものをもう一つ」


 無限が給仕係の尻を触ろうとして、手を思いっ切り叩かれる。


「かわいらしい男ですか?」


「あんたみたいにいかついやつだと、そもそも女なんて、手が届く範囲に寄ってこないんじゃないのか?」


 無限は及び腰の女給仕から酒を注がれると、自分の手の届かないところにある尻を見て、ちっと舌を鳴らす。


「個人的にはその方がありがたいですな。話を元に戻しましょうか?」

 

「せっかちだな。女に嫌われるぞ。まだ何も出来ないガキだが、間違ったことはしない。判断も悪くない。こちらの言う事は素直に聞く。最初に教えた奴が誰かは知らないが、基礎の基礎はよく出来ている」


 そう告げると、杯の中身をちろりと舐めた。どうも、頼んだものが来ているかどうか、確認しているらしい。


「それはそうでしょう。あの子の師は山櫂(さんかい)さんですよ。なんでも教えてもらえたのは、一年ちょっと程度らしいですけどね」


 無限の杯の中身を飲み干そうとしていた手が止まる。


「ごほ、ちっ、もったいない。おい、あんたの妹からは聞いていないぞ。隠し事は無しだと言ったんだがな」


 こぼれてしまった酒を恨めしそうに見ながら、無限がつぶやいた。


「聞かれなかったからではないですか?」


「ああ、そうかもしれない。だが後で聞いてよかった。最初に聞くと、どうしても先入観が入るからな」


 無限が納得顔で頷く。


「最初に約束した金だけよこせ。期限の事はもういい。俺があいつを見てやる。奴は俺の後を継げる可能性がちょっとだけあるからな」


「ありがたいことです」


「だが、隠し事は無しだ。なんであいつにここまで肩入れする。確かにめったにない出物だし、筋は悪くない。だがまだ何もできてはいない。ここで生き残れる奴かどうかも分からないぞ」


 無限は空になった杯を卓に置くと、再び旋風卿をにらみつけた。


「大した準備もなく、旧街道を抜けてきましてね。彼が居なかったら死んでましたよ。まあ、命の恩人という奴です」


「あんた以外の奴なら納得したけどな。やっぱりあんたは信用できない」


 旋風卿の表情は何も変わらない。無限はふっと溜息をついて、空になった杯を女給仕に突き出すと話を続けた。


「今度、俺に何か聞くときには、妹さんの方にしてくれ。その方がちょっとはやる気が出る」


「良いですが、私の家までわざわざ来ていただく必要がありますよ」


 無限は注がれた酒を一口で飲み干すと、その問いに答えた。


「あんたの妹を拝めるんだったら、安いもんさ」


 そう告げた無限の顔は本気だった。


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