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師匠

 まずい、まずいぞ!


 巣にいるやつだけじゃない。この辺りに餌を取りに行っていた奴らまでここに戻ってくる。全力で綱を引いて体を持ち上げるが、斜面に張り付く濡れた落ち葉が足元をすべらせて、思ったように前に進めない。


 腰に体の全体重を預けて、足元をなんとか安定させるが、綱をかけている若木の幹がしなる。この木は僕が登り切るまで持つだろうか?


 いくつかの木を使って、やっとの思いでくぼ地の縁にあった木に手をかけて、体を持ち上げると、目の前に人影があった。


 奴は切り株の上にちょんと座りながら、何やら口をもごもごと動かしている。奴の動きを見ながら慎重に腰の短刀に手を回す。向こうも飛び道具は持っていないはずだ。


「生きてやがったか? 死んでくれりゃ、まるまる一月ほど楽が出来たんだがな」


 そう言うと、もう何色なのか分からない止血布に、口の噛み煙草らしいものを吐き出して、こちらをじろりとみた。だが今はこの人から、落とされた時の殺気の様なものは感じられない。


「お前がマナ無しかどうかの確認はできた。驚いたな、どうやら本物らしい。そうじゃ無かったら、びっくりするぐらいの幸運の持ち主だな。『渡り』の営巣地から戻ってこれたんだ」


 マナ無し? 幸運?


「あの、美人の姉ちゃんの言葉に、嘘は無かったという事か」


 男が空を見上げながら、独り言のように呟いた。世恋さんは一体何をこの男に話したんだろう?


「改めて自己紹介だ。おれはこう見えても、探索組で組頭をしている、無限(むげん)というものだ。お前ほどじゃないが『マナ無し』、ほとんどマナを使えないちんけな野郎だよ」


 いまいち言っていることがよく分からない。


「おい、お前は俺が言っている意味が分からないのか? あのお嬢ちゃんは、いろはから俺に全部を押し付けるつもりなのか? いや美人は本当に怖いね」


 男が両手を挙げて頭を振って見せた。


「すいません。よく分かっていません」


 とりあえず短剣を下す。


 背後では渡りの鳴き声の大合唱が響いているが、こんなところに居ても大丈夫だろうか? あんな大群に襲われたら、誰も生き残ることなどできない。


「びびるな。この距離なら俺達は見つからない。外に出ていたやつらも、今は巣に一直線だ。一刻(二時間)はそこにいる。他のやつらも日があるうちに『渡り』の繁殖地を覗きにきたりはしない。だが、マナ除けは一応被っておけ」


 慌てて腰の革袋からマナ除けの容器を出すと、頭から被る。これで残りはあと一本だ。


「『マナ無し』というのは俺やあんたみたいに訓練しようが何をしようがほとんどマナが使えない奴だ。それぐらいは知っているだろう?」


 男の言葉に頷いて見せる。追憶の森の結社でもさんざんそう呼ばれましたからね。そのぐらいは分かっています。


「だが、『マナ無し』は悪い事ばかりじゃない。まずは、この森に入ろうがマナ酔いをしない。お前はまったく気が付いていないだろうが、他の森からきたやつが最初に川を超えると、だいたいマナ酔いを起こす。ここのマナの密度ってやつは、他の森とは段違いなんだよ。さんざん他の森を潜ったことがあるやつでも、慣れるまでは相当に苦しむし、慢性のマナ病にかかるやつも多い」


 山さんが亡くなった原因だ。ふーちゃんがいつも苦しんでいるが、彼女はこの近くで大丈夫なんだろうか?


「次に俺たちはマ者から見つかりにくいんだ。正しく言うと、気付きにくいと言った方がいい。どうやら人じゃなくて、熊とか鹿とかと同じ扱いだな。お前だって気が付いていたんじゃないのか?」


 確かに森で一人で採取していた時には、向こうからこちらに寄ってくるという事はほとんどなかった。寄ってきても、こちらがじっとしていれば気付かれない。マナ除けの効果かと思っていたけど、違うのか? そう言えば以前、百夜ちゃんが、「お前は見えない」とか言っていたような気がする。


「はい。なんとなくですが」


 男が再びこちらをじろりと見る。


「それを過信するほど馬鹿じゃないのはいいことだ。だが、これらはおまけみたいなものだ。もっとも大事な事は俺らはマナが使えない。力には頼れないという事だ」


 それはその通りだ。だけどそれのどこが大事だと言うのだろう?


「ここにいるやつらは、俺らを除けば、ほぼ例外なく何らかの力を、それもかなりの力を持ったやつらばっかりだ。だからマ者を探すのには探知に頼る。やつらの目を欺くには隠密だったり、案山子だったりを使ったりする。風や閃光で邪魔をして、つぶてだったり、炎だったりを使ってぶっ倒す」


 彼は立ち上がると、まだ痛む鳩尾を指でつつきながら僕を見あげた。


「だがな、どんな力だろうが、人の力はマ者には及ばない。奴らの方が俺たちを簡単に見つけられる。奴らの方が力が強い。奴らの方が早くてしぶとい。だから、ぎりぎりの人数で『組』を作って、探索方が見つけたはぐれを、先行組が運んだ物資を使ってやっと倒す。それでもいつも倒せるわけじゃない。こっちがやられる時だってある」


 鳩尾を押す指に力が籠められる。ずきずきした痛みとは違う何かが、心臓を締め上げて来た。何だろう、この腹の底で感じるような、得体のしれない物は。この小柄な男から、何でこんなに気迫を感じるんだ。ただ僕を指で押しているだけだと言うのに。


「俺たちは奴らよりはるかに弱いんだ。だけど俺たちが奴らに勝っている事が一つだけある。なんだか分かるか?」


 その目には今や、何やら狂気じみたものすら感じられる。


「頭だよ。お前にもついてはいるが、中身は何も詰まっちゃいない空っぽな奴だ。記録と知識、それに実践、経験を合わせて考え、想像することが出来る頭だ。探知など中途半端なものはいらない。よく見てよく考えれば、どこを何がいつどれだけ通ったのかは分かる。そして、ここにどれだけの危険があるのかもだ。俺には見えるんだよはっきりと頭の中に」


 彼はそう言うと、再び切り株に腰を下ろした。


「力のあるやつらは、それが分かっているようで、分かっていない。そちらの方がはるかに大事な事もだ。目の前にある力に頼っているからな。だが俺は違う。他の奴らとは違う力で、この森を生き延びて来た」


 僕は背後の渡りたちの鳴き声さえ気にならないほどあっけにとられていた。この人は天才なんだ。いや違う。それだけの努力を重ねてきた、本物の冒険者なのだ。山さんと同類の人なんだ。


「おい、そんなところで呆けっとしているんじゃない。次はお前さんが、どれだけここで生き延びられるかを見てやる。さっさと野営と、明日の準備をしろ」


 アルさん。貴方がこの人を『()()()()()だ』と言った意味がやっと分かりました。本当に有難うございます。


 僕は彼の前に膝まづくと頭を下げた。


「はい、無限師匠」


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