お客様
「わざわざこんな外れ迄来ていただいて、本当にありがとうございました。お口に合うかどうか分かりませんが、私の故郷のお茶です」
世恋さんはそう言うと、無限と名乗った、無精ひげで頭がだいぶ薄くなったおっさんにお茶を注いだ。辺りがさわやかな香りに包まれる。世恋さん、この無礼なおっさんには、このお茶の価値が分からないと思います。
「いや、まあそんなに遠い訳ではないですし、馬車でくればどうってことは無いです。表に待たせてありますし……」
おっさんがしどろもどろになりながら、よく分からない事を言っている。まあ、世恋さんの超絶美少女力を前にすれば、若い男でなくてもこんな感じになってしまうのだろうか? さすがは無敵種、恐るべし。
「では、私は庭の掃除に戻らせて頂きます」
家政婦としては仕事に戻らないといけないですよね。
「風華さんも、一緒にいかがですか? 今日の話は風華さんにも無関係な話ではないですし……」
どうして私が関係者になるのか分かりませんけど。それに出来れば、このよれよれの皮の上着を着たおじさんの近くに寄るのは遠慮したいのですが、居候の身としては、世恋さんの言う事に逆らったりはしません。
「失礼させていただきます」
私はちょっとだけ会釈して、なるべくおっさんから遠くに椅子を引いて、そこにちょこんと座った。おっさんが私をじろりとにらむ。すいませんね、心の声だと思っていたのが漏れてしまって。
「本来なら兄の方からお話しすべきですが、あいにく不在のため、私の方からご説明させていただきます」
おっさんが、まるで偉人の言葉を聞くみたいに頭を下げて見せる。はらわたがよじれるくらいおかしいですが、ここは我慢です!
「無限様には私達の『組』の冒険者の訓練をお願いしたいのです」
「訓練、俺に?」
おっさんの表情が急に変わった。これは旧街道で見た、みんなと同じ冒険者の顔だ。確かにこの人からは、染みついたマナ除けの匂いがぷんぷんしている。
「お嬢さん。あんたのお兄さんから、どこまで俺の事を聞いているかは分からないが、俺のやり方は他の奴らとはちょっと違う」
おっさんが使い込んだ革の指ぬき手袋をした手を振ってみせた。違うって、何が違うのだろう?
「はい、存じております」
「ならば、俺が誰かを訓練するなんて事がないことは分かっているはずだ」
目がますます鋭くなっている。この人、本当にさっきの人と同じ人?
「いえ、無限様だからこそ、その方の訓練をお願いしたいのです」
その態度や眼光に動じることなく、世恋さんが答えた。
「言っていることが分からないな」
「その方は一人で森に入れる人です」
「そいつの与太話を真に受けたってところじゃないのか?」
そう言うと、こちらを馬鹿にしたように頭を振った。
「いいえ、兄も私も自分達の目でそれを見ています」
「一人で? どこかのとび森にか?」
「いいえ、兄も私もその方と一緒に旧街道を通って城砦まで戻って来ました。その間、その方は一人で私達のために採取をしていたのです」
「旧街道……。それは本当の話なのか?」
おっさんから馬鹿にした様な表情が消え、信じられんという様な表情に変わった。彼の世恋さんを見る目が大きく見開かれている。
「はい。なのでこの城砦にいる数多の冒険者の中で、その方に、この森での作法を教えることが出来るのは、無限様しかいません」
「そいつは何の力が使える?」
「私が知る限り何も使えません」
「本当だな? この件については隠し事は無しだ」
今や、彼の世恋さんを見る目は、真剣そのものだ。
「はい。申し上げた通りです」
「驚いたな。城砦には山ほどの冒険者がいいるが、確かに俺ほど力を使わないで森に入るやつはいない」
「はい」
「興味はある。そいつは今ここにいるのか?」
そう言って、彼は二階を指さした。
「兄と二人で川の手前まで出かけています。正確には兄は入り口までの付き添いです。一人で森に入っているはずです」
「一応、念の為に聞いておくが、誰かと一緒に俺を担いでいるわけではないよな?」
冗談なら許さんという顔だ。
「もちろんです」
世恋さんはひるむことなく即答した。
「訓練中の補償は?」
「無限様の先月分と同額をお支払いいたします」
これには私がひるむ。『この方』って、白蓮の事ですよね。いいんですか、白蓮のためにお金なんか使って? 後で返せと言われても絶対に無理です。
「事務方には?」
「兄が話を通します」
「分かった。引き受ける。そいつが本物のマナ無しかどうか見てやろうじゃないか。ただし、あんたの言う事が違っていて、そいつが死んだとしても俺は責任は持たんよ」
「決して、無限様を落胆はさせないと思います」
えっ、本気で言っています? あの白蓮ですよ。
「名は?」
「白蓮さんです」
ですよね。もしかして勝手に決めたことにしないために、私をここに呼びました? 世恋さんが不意に私を指し示した。
「私達と一緒に旧街道を通ってここまで来た、こちらの風華さんと同じ、追憶の森の冒険者です」
世恋さん、ちょっと待ってください。絶対に余計な一言です。
「え、あんた冒険者なのか!」
おっさんの目が、白蓮が一人で森に入ると聞いた時より大きく見開かれる。
「それと、後ろの方で俺をにらんでいる娘さんは?」
背後? あれ、実季さんが怖い顔をしておっさんをにらんでいる。
「風華さんのお弟子さんですよ」
何故かうれしそうな世恋さん。
「あんた、弟子持ちなのか!」
おっさんが口を大きく開けて、椅子から転げ落ちそうになっている。信じられないですよね。それについては異議はありません。
私も全く信じられません。




