家政婦
「お姉さま、これって表に干しておけばいいですか?」
「実季さん、お願いします」
私が何をやっているかというと洗濯である。ちなみに私を「お姉さま」とかいう、急に年をとったような呼び方で呼んでいるのは実季さんだ。
この家に厄介になってから、すでに幾日かが過ぎている。どうやら森に行くには、人事方や事務方への申請なるものが必要だそうで、私のような何も技能がないものに、そう簡単にお呼びがかかる訳がない。
あの嫌味男に至っては、「きっと何をやらせればいいのか、人事方も頭を悩ましているでしょうね」なんという台詞を吐いてくれた。
そうなると、何もしないで毎日無駄飯を食らう訳にもいかないので、世恋さんにお願いして、お洗濯とか、ご飯作ったりとか、お掃除なるものをさせていただいている次第です。世恋さんから「気にしないでください」と言われても、もちろん気にします。
実季さんについては、最初は私を『師匠』なんてとんでもない台詞で呼ぶので、これは今頃になって、組手の時の仕返しをし始めたのではないかと疑ったぐらいです。
お願いだから、名前で呼ぶように言ったのですが、「師を名前で呼ぶなんて、無礼な事はできません」と頑に受け入れてもらえませんでした。結果、彼女が私をお姉さまと呼ぶという事で、両者の妥協が成立しました。
『師匠』と呼ばれるよりはましですが、この年でお姉さまと呼ばれてしまうとは思わなかった。とほほ。そもそも、何も教えられない師匠って居ないですよね。全てにおいて貴方より劣っているんですよ、私は!
一体どうしたものかと悩みましたが、歌月さんや世恋さんが、少しは体を動かさないと太るとか言って、実季さんや私相手に組手やら剣の相手をして欲しいと言ってくれて、実季さんはそのいい練習相手に、実季さんからはいい修行相手になっているみたいです。
居候を一人増やしてしまった上に、お二人に気を遣わせてしまって本当にすいません。当初は、自分達の食い扶持分くらいお支払いしたいと言ったのですが、ニコッと笑った世恋さんから、ここの物価を聞いて素直にあきらめました。
もうちょっと稼げるようになるまで、肩もみくらいしますから待ってください。今見捨てられると、本当にどうしていいか分からないんです。
洗濯が一段落して、それを干すのを実季さんにお願いした私は、箒を持つと庭に出た。木枯らしが庭に運んだ落ち葉達を始末してやらねばならない。
「あんた、そこの家政婦さん」
男性のだみ声が聞こえた。
「聞こえているのか? あんた、そこのあんただよ」
庭の垣根の向こうに、何やらむさくるしい感じの小柄な中年男性が立っている。もしかして、この男は私の事を呼んだのだろうか?
「聞こえているんだろ。ここの美人のお姉さんを呼んでくれないかな? 無限が来たと言ってもらえれば分かるはずだ」
まあ、そうですね。家政婦にしか見えませんよね。前掛けして箒もって庭を掃いてますからね。でも「そこのお嬢さん」、ぐらいには呼んでもらってもいいんじゃないですか? 乙女の呼び方では決してございません。
「あんた、あんまり愛想がよくないな。下働き向きじゃないね」
私の表情を見た、おっさんの余計な一言。愛想がよくない? 何様ですか? でもお客さんらしいので、私がこの箒で叩き出す訳にもいかないですよね。
我慢です!
それに、ここには美人が二人居るんです。どちらでしょうかね?
「あんた、愛想が悪い上にとろいな。こっちはこれでも忙しいんだ。さっさと呼んできてくれ」
我慢です!!
「すいませんが、世恋さんでしょうか? それとも歌月さんでしょうか?」
「なんだ、あんた以外にも誰か雇ったのか? 妹さんだよ」
「少々お待ちください」
あえてにっこりとほほ笑んで、ゆ~~くりと丁寧に頭を下げる。忙しいならさっさと戻ったらどうだ。
「世恋さん、お客様ですよ。無限さんという方です」
『態度がでかくて、礼儀知らずな、とてもむさくるしい方です』
と心の中で付け加える。
「はい、どなたっていいました? 世恋さんが、庭の台への通用口から顔を出した」
「ああ、お嬢さん。遅くなってすいません」
垣根の向こうの男がぺこぺこと頭を下げる。その度に後頭部の禿げた頭が見えた。
「無限様、わざわざこちらまでお越し頂きまして、お手数をおかけして申し訳ありません」
「いや、とんでもない。暇を持て余しているぐらいで……」
お前、さっき『忙しい』と言っていなかったか?
「どうぞ表にお回りください」
「どうぞお構いなく」
再びぺこぺこと頭を下げる。なんだこの態度の違い!それはね、世恋さんが絶世の美少女で、無敵種なのはよく分かっていますけどね。世の中には礼儀というものがあるでしょう。礼儀というものが!
「風華さん、私はお茶の準備をしますので、玄関を開けてもらっていいですか?」
「はい、世恋さん」
「あんた、客に向かってとんでもないことを言う奴だな。いったいどこの馬の骨だ?」
あれ、さっき付け加えたのは心の声ですよね。漏れていませんよね?
もしかして漏れていました!?




