表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
191/440

内示

「入れ」


 いつもの、ちょっと不機嫌そうな声。


「どうした?」


 扉を閉めてすぐに何も言わない私に、異変を感じたのだろうか、彼が書類から顔を上げてこちらを見た。


「どうした小娘? 具合でも悪いのか? ならさっさと帰って寝ろ」


 そう私に告げた。その通りだ。どうしたの私?


 いつもしている会話がどうしてできないの。遠くから見ている姉に笑われる。


「狩手組への内示が出ました」


「狩手組?」


「はい」


 彼は机から立ち上がると、前に回って、執務机に腰を下ろして足を組んだ。この癖は止めてほしい。立っている私が見下ろす形になる。


「結社長から直々に呼び出されました」 


「そうか?」


「はい」


「なるほど。そうでもしないと、俺をうんと言わせられないと考えた訳だ。やつらにしては、やけに単純で短絡的なやり口だな。何を焦っているんだ?」


 彼が独り言のようにつぶやいた。この人は私の前では意外と無防備だ。


「この件は俺が預かる。小娘が気をもむような話じゃない。今日は帰って休め」


 そう言うと、手のひらを振って私に退出するように促した。


「受けようと思います」


 彼はひらひらと振っていた手を止めると、私の顔をじっと見た。どうやってこの人を説得しよう。

 

 普通に言っても、「お前みたいなやつは森にいったらすぐあの世行だ」で終わりだ。私の意図が分からないように説得しないといけない。


「そうか」


 そう一言告げると、椅子から降りて私の前に立った。それでも彼と私の背は大して違わない。この顔を下から見上げられる、見下ろしてもらえた姉がうらやましかった。


「子供だと思っていたが……」


 いつもの人を小馬鹿にした口調とは違う、真剣な表情で私を見る。何で、どうして今日は違うの。いつものように「小娘」と言って馬鹿にして欲しい。でないと私が私の中の何かに負けそうになる。


 私がこの人から離れることで、彼らは何かを仕掛けてくる。この人だけじゃない。私にもだ。相手が仕掛けてくるのが分かっているのなら相手の隙をつける。


 理朝のような末端の小物ではだめだ。最後の糸は月貞結社長につながっているのは分かっているが、あの人はそんなものを私達に見せはしない。でもその右腕か、左腕なら私でも切り落とせるかもしれない。


 私はこの人を守るために、あの人達の動きを止める為の何かを、何か切り札を得ないといけない。その為に私は自分の命をかける。この人の為に。


 本当なら森に行く前に、この人に色々な事を話しておきたかった。私の心の全てを打ち明けておきたかった。一杯時間が、沢山機会があったはずなのに、私はどうして何も伝えられていないのだろう。私は姉が死んでからずっと、同じ場所に立ち止まっていた。


 彼が少しはにかんだ表情をしながら、私の肩に手を掛けた。私がよく知っている、まだ姉が生きていたころに彼が見せてくれた顔だ。あなたのこの顔を見るのは、一体いつ以来だろう。


「無事に戻ってこい美亜。これは俺とお前との約束だ」


 そう言うと、彼は私の背に腕を回してそっと抱きしめてくれた。涙がこぼれそうになる。でも絶対にここで泣いてはいけない。私から抱きしめ返してもいけない。


 私は貴方を見返すために森に行くのだから。誰からも、あなたからも、そう見えないといけないのだから。いつもの、あなたに文句を言う時の表情を必死に思い出す。


「はい。多門室長」 


 もちろんです。必ず戻って来ます。そしてすべてが終わった時には、私は今日まであなたに話せなかったことを全て話します。嫌だと言ったら体の自由を奪います。


 どうか覚悟していてください。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ