呼び出し
「失礼します」
執務机に向かっていた、白髪交じりの男性が、書類から顔を上げて私の顔を見る。
「忙しいところを呼び出して申し訳ない。一応君の意見を聞いておこうと思ってね」
そう言うと、彼は私に長椅子に座るように即した。簡単な話ではないという事だ。
「はい、結社長」
彼は執務机の横に備え付けられた、来客用の長椅子に座って私に微笑んで見せる。まるで人がいい叔父さんのような顔をしているが、この人の表情はすべてが計算ずくのものだ。それが分からないほど、私も小娘ではない。
「楽にしたまえ。堅苦しいのは無しだ、落夢卿」
彼が私に長椅子に座るように示す。私は遠慮がちに長椅子に腰を下ろした。
「研修の方はどうだったね?」
彼が笑みを浮かべながら聞いてくる。この差しさわりのない話というのも彼の計算の内だ。
「残念ながら、基準を超えることはできませんでした。私の力不足です。申し訳ありませんでした」
彼が私に向かって、おやおやという表情をしてみせる。
「そうかね。報告を見る限り相当伸びている。基準までは達しなかったかもしれないが、彼らを成長させたのは君の力だよ」
「はい。ですが、教官としての役割は果たしておりません」
それは本当だ。私は何もしていない。彼らが伸びたのは、あの子の力で私の力ではない。
「君は本当にまじめだね。それが君の美徳でもある。勘違いしないで欲しいが、私は純粋に君を褒めているのだよ」
「はい、結社長」
その通りに、真面目な愚か者と思ってもらえるのが、私にとってもっとも都合がいい評価だ。
「今日君を呼んだのは、狩り手組から君の力をぜひ借りたいという話があった。新種騒ぎもあってね、我々としても君のような優秀な打ち手を、いつまでも森の外において置くことは才能の浪費だと思っている」
彼はそう言うと、値踏みをするように私の目をじっと見た。ここからが彼の本題だ。
「どうかね。久しぶりに森に戻ってみては?」
「この件は、多門特別監督官には通っている話でしょうか?」
あの人が森に戻れと言っているのであれば、私に否は無い。
「まだだ。だから君自身の意見を聞きたいと思って、ここまで来てもらった」
そう言うと彼は、さもくつろいでいるかのように、長椅子に背中を預けた。
「君がお姉さんの件で、多門特別監督官に対して、義理を感じていることは分かっている。だが君も二つ名持ちだ。この城砦でもっとも若いね。私個人の意見としては、君もそろそろ多門君の元から離れて、二つ名持ちとしての責務を果たしてもいい頃だと思っている」
私をあの人の元から引き離したいのね。この人達はあの人を丸裸にしようとしている。あの件で彼らの予想に反して、あの子達の肩をもったから? すぐに関係者を吊るさなかったから?
おそらくそうだ。この人達はそれを、自分達への裏切りだと思っている。そして今度は、あの人が邪魔になったという事か。
「ただこれは、あくまで私の私的な意見だ。先ずは君自身の希望を確認したいと思っている。君は将来、この城砦を背負っていくべき人間だからね」
どうすれば私はあの人を守れるだろう。異動の内示に対して拒否を貫く? あるいは、お姉さまに裏で手を回してもらって、撤回してもらうようにお願いする?
だめ。せいぜいが時間稼ぎにしかならない。私があの人の傍にいるだけでは、あの人を守ることにはならない。それに私がその事に、気付いている事もばれてしまう。
「はい、結社長。私の希望を述べるにあたって、少しだけお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
私には考える時間が必要だ。どうやったら、あの人を守ることが出来るのかを考える。
「もちろんだ。そのために私は君をここに呼んだのだから」
「ありがとうございます。月貞結社長」
私はさも突然のことで狼狽している風を装って、席を立った。どうか私のことを、そのまま生真面目な融通のきかない愚か者だと思って欲しい。
そして、今度は私があの人を守るのだ。
* * *
「お嬢、これでいいかい?」
「あなたまで私を『お嬢』呼ばわりするのですか?」
「これは失礼した冥闇卿。どうも昔の癖が抜けなくてね」
「彼女は内示を受け入れるかね」
「どうでしょう? 分からないわ。私としてはあの娘には、しばらくあの子からは離れていてもらいたいの。最近、明らかにおかしいから」
「そうなのかい? あの多門が?」
「近くで見ていればよく分かる。それにあの娘にだけは、あまり汚いものを見せたくないの。その点では私もあの子も同じ考えよ」
「おやおや、冥闇卿にも人の情があるとは思わなかった」
「もちろんありますとも。人を何だと思っているんですか? 情があるから、月令様の言葉に従って、貴方を殺すのを我慢しているんですよ」




