面談
マイン家の屋敷は「高の国」の都、「青磁宮」より北の、少し奥まったところにあった。
広大な森に囲まれているらしく、その重厚な石の門をくぐってからも、馬車は薄暗い森の中の道を進んでいる。門からは私一人だけが、マイン家の侍従らしい若い人物と、彼らの用意した馬車に乗って進んでいる。
馬車は革から絨毯からいいものを使っているが、過度に華美な印象を与えないように仕立てられている。森で屋敷を隠していることも、あえて地味な作りにしているこの馬車も、マイン家という力はあるが、決して表舞台に立つことはない家を表しているとも言えた。
侍従は特に私に話しかけるでもなく、じっと私の一挙一同を監視している。私が当主に対して害をなす可能性があるか、確認しているということだろう。私の視線に気が付いた侍従が、唇の端にかすかに笑みを浮かべて見せる。私は合格という事だろうか?
森が切れて辺りが急に明るくなった。それでもまだ屋敷には着く様子がない。高い垣根で区切られた庭園の中を馬車は時折、角を曲がりながら進んでいく。
この家はただ目立たないようにしているだけではなく、用心深くもあるらしい。ただ、目隠しなどされるわけではないから、来客に対して、用心深いのだと印象付けることが目的なのだろう。
やがて垣根が切れて、大きな噴水を配した前庭の向こうに、茶色い石造りの館が姿を現した。馬車はその入り口に止まると、控えていた使用人が下車台を置いて、馬車の扉をあけて一礼した。
驚いた事に、このただの一介の商人に対して、表口から屋敷に入れるつもりらしい。普通の貴族ならば絶対にやらないことだ。
「足元にお気をつけて、お降りください」
侍従は先に降りると、こちらに頭を下げて下車台の横に控えた。
「旦那様は面談の間でお待ちしております。どうぞこちらにお進みください」
侍従が先頭に立ち、私を館の中へと案内する。入り口の脇では、使用人達が私に向かって頭を下げている。私のことを、どこかの貴族のお忍びとでも勘違いしているのではないだろうか?
先触れでも、入り口でも、私の人なりと要件は既に伝えてあるはずだが……。
いくつかの重厚な扉や、足が沈むような絨毯の廊下を歩いた後、それほど大きくはない扉の前に案内された。両脇には護衛らしきものの姿もある。
侍従は軽く戸を叩いて脇によると、扉を開け、頭を下げて私に中に入るように即した。私は部屋の中に入ると、頭を下げて膝まづく。
「失礼致します。冥闇卿から、御家へ使者を仰せつかりました、実苑と申します」
私が下げた頭の向こうに、複数の人の気配がする。
「非公式な場だ。頭を上げてこちらに掛け給え」
頭を上げた私の前に、長椅子に座る男の影がある。窓の逆光になって表情は良く読めない。護衛を兼ねているのだろうか? その横に先ほどの侍従が立っている。
ゆっくりと立ち上がり、言われるままに頭を下げながら、男の向かいの長椅子に腰を下ろした。前には大きな一枚板の卓があり、灰皿の上にはいくつかの灰がある。
「レイ・マインだ。マイン家の当主を務めている」
男は片手に持った煙草をもて遊びながら、私にそう告げた。
ゆったりとした室内着を着ているから良くは分からないが、中肉中背でマイン家の当主にしては、これといった特徴がない男に思える。この家にとっては、こう見せることが重要なのかもしれない。
「冥闇卿から拝領しました、御家への私信になります」
誤解されないように、ゆっくりと上着の内衣嚢から封書を取り出して卓の上へと置く。侍従が差し出された封書を男に差し出した。男は手にした煙草を灰皿でもみ消すと、特に興味もない様子で、封書を開いて中から私信を取り出して一瞥した。
「たかが一冒険者が、我々と取引とは片腹痛い話だ」
そう言うと、男は手にした私信を隣の侍従へとそのまま渡した。
この男は本気で言っているのか?
「もういい、君は下がり給え。どうやら君にはまだ荷が重かったようだ」
目の前の男が顔に恐れと怯えの表情を浮かべて、隣に立つ侍従を見上げている。
「冥闇卿は決して一冒険者などではない。当代随一のマナ使いにして、決して敵に回していはいけない人だよ」
そう言うと、侍従姿の男は椅子に座っていた男を一瞥する。その視線に、固まっていた男は慌てて椅子を立つと、頭を下げて、背後の小さな扉から外へと下がっていった。
「失礼した。私が当家の当主のレイ・マインだ」
侍従姿の男はそう告げると、椅子に腰を下ろした。
「貴族の嗜みだと思って、気分を害さないでもらえるとありがたい」
当主と名乗った侍従姿の男はそう告げると、実苑に笑みを浮かべて見せた。
「改めまして、冥闇卿から御家へ使者を仰せつかりました実苑と申します」
男はそれはよく分かっているとでもいうように、片手をあげて見せた。
「非公式な場だ。ざっくばらんにいこう。私は堅苦しいのは苦手でね。当家があまり表に出ないことは、とてもありがたいと思っているぐらいだよ」
そう言うと、控えていた従僕に何やら合図をした。灰皿が素早く下げられ、従僕が白い磁器の茶器をもって現れて、二人の前にお茶を注いだ。注がれた黄色いお茶と共に、柑橘系のさわやかな香りが辺りに漂う。
「よかったら味わってもらえないかな。氷結連山に近いところだが、地熱のおかげで茶がとれるところがあってね。そこの特産の品だ。ほんの僅か、しかも香りがいいものはごくごく僅かしかとれない逸品だよ。妹が大好きなお茶だ」
そう言うと、男は口元に器を持っていくと、しばし香りを楽しんだ後に、それを口に含んだ。
「君はもしかしたら、当家につながっているんじゃないのかい? 当家の家業でね。血筋は丹念におっているつもりなのだが、それでもまれに漏れ出てくるものがいる」
「私などその辺の雑草のようなもので、決して御家のような血筋に連なるような者ではございません」
「本当かね?」
男が子供っぽい表情で私を見る。もしかしたら馬車で私をじっと見ていたのは、私にマイン家の血が流れていないかどうか、本気で確認するつもりだったのだろうか?
「だとしたら、当家としては願ったりかなったりだ。どうだね、うちに来ないかね。君の隊商での利益や、君の特別な客からの払いがどれだけか分からないが、それよりはるかに良い待遇を約束する。君にはぜひ、私の妹達の世話をしてもらえないだろうか?」
私はあなたの妹達の種馬ですか?
「私など、御家のお役には到底立ちません」
「私は本気で言っているのだがね。この件は次の機会という事にしよう。いずれにせよ、君には今回の返信を持って行ってもらう必要があるし、また当家に顔を出すことになるだろうからね」
「ではご返事は?」
「招待をお受けする」
そう言うと、男は茶を口元へと運んだ。




