終わりそして始まり
「本日をもって、研修は終了です。結果については明日までに各自に連絡します。宿舎に置いてある荷物は、明日までに整理の上、明後日には出れる準備をしておいてください」
私としては突然に、美亜教官にそう告げられた。どうやら予定というのはあったらしいが、あまり気にしていなかったので、私的には「あれ、終わるんですか?」という感じだった。
この色々あった研修生活も、あの絶品だった研修所のお昼とも、とうとうお別れだ。
倫人さん達は途中から国に戻ってしまった。というより、知らない間に居なくなったと言う方が正しいか? でも、別に処罰されたりという事ではないらしい。まあ、あれだけの事があれば続けるのは難しいのだろう。
だけどうれしいことに、実季さんは戻らずに研修を続けてくれた。しかも、一緒の『組』として!
ともかく基礎がなってなかった私は、研修中はもちろん、宿舎に戻っても、彼女が私の自習につきあってくれたのは、本当にありがたかった。今では私達は本当の親友だ。
いや、私が一方的に頼りまくっているだけか? 何せ座学に関しても、技能の基礎に関しても、男どもはあまり役に立たない。
あの人たちは基本的にすべて体力勝負だ。しかも宿舎は男女別(当たり前です!)なので、何か質問があってもすぐに聞く訳にはいかない。その点、実季さんは同じ宿舎にいるし、丁寧に教えてくれるし、もう本当に助かりまくりです。
なんか私が森の件で彼女に貸しを作って、その貸しを取り立てているみたいで若干心が痛むが、こちらも本当について行くのに必死だったので許してください。
ただ、意外だったのは彼女が涙もろい事? 何か私が声をかけるたびに、ちょっと涙ぐんだりしていましたが、意外と泣き虫さんだったんですね。その度に私は彼女を抱きしめてあげて、ちょっとだけお姉さん気分を満喫させて頂きました。
最近のちょっとした悩みは、彼女の方から私に抱きついてくること。いや、いいんですけどね。実季さん、ちょっと人の目という奴も気にしてください。普段は美亜教官みたいに、キリっとしてかっこいいのに。
私も彼女みたいに、頭の上で髪をまとめて垂らしてみたら、すこしはキリって感じになれるだろうか? いや私のくせ毛だと、残念にしか見えないだろうな……。
まあ、百夜は、百夜です。ただ私が毎朝白麺麭をくすねることは宿舎で問題になったらしく(なんて恥ずかしい)、美亜教官が百夜については朝に走らなくても、朝食を食べる許可をくれたのは助かりました。
毎朝、どこに白麺麭を隠して持っていくか考えるのはとっても大変でした。いきなり、私の胸の大きさが倍増はさすがに不自然ですよね。
残念だったのは、才雅と朋治君が城砦に残れなかったこと。定期便の馬車まで、彼らを見送りに行ったのは、本当に辛いことだった。本来なら私が真っ先に関門送りになるはずなのに、特別枠なんか作るからだ。それが全部悪い!
だけど彼らは私に約束してくれた。ここに戻ってくると。もちろんですとも。待ってます。私は少なくとも彼らが戻ってくる迄は、生き残れるように頑張らなければならない。もっとも私も死ぬつもりなんかは毛頭ない。そして彼らとまた乾杯をするのだ。
という訳で、父の遺品やらの荷物は世恋さんにあずかってもらっていたので、なけなしの金で身の回りの物をのせる馬車、もとい荷馬車を手配してあの家の前に百夜と二人で立っている。
「はーい、今開けますね」
相変わらずの、美しい鈴の音のような声とともに、樫の木の戸がゆっくりと開いた。
「お邪魔させていただきます」
とりあえずお辞儀。親しき中にも何とやらです。
「ただいまですよ、風華さん。ここはあなたのお家なんですから」
世恋さんがとってもうれしい事を言ってくれる。
「ただいまです。世恋さん!」
だが、これは最初に言っておかないといけない。
「いきなりのお願いがあるのですが、ちょっとの間、もう一人厄介になってもいいでしょうか?」
地面に頭をこすりつけたいところだが、とりあえず頭を下げられるだけ下げる。実は私はある人にはめられたのだ。本当にごめんなさい。意味わかってなかったです。
「もちろんですよ。お師匠様、お帰りなさい」
あ、全部ばれている。
* * *
城砦の塔の先端が、既に視線と同じ高さになろうとしている。もうすぐ関門の頂上だ。そしてそれを超えれば、もう城砦を見ることはできない。
この城砦と関門をつなぐ定期便の中には、僕らの他にはもう一人、転寝をしている事務員姿のおじさんしか乗っていない。
結局、ぼくらは城砦に残ることは出来なかった。当たり前と言えば当たり前だ。ここに来れたこと自体が、もともと手違いみたいなものだったのだから。
だけど、この一か月の間は本当につらくて、そして、とてもとても楽しい日々だった。あの村の爺さんの与太話なんかよりも、すごい人達にも会えた。
引っ越しもあって忙しかっただろうに、それでも風華さんは定期便の駅まで僕らを見送りに来てくれた。そして本当に名残惜しそうに僕らを抱きしめてくれた。
今思い出しても顔が真っ赤になりそうだ。そしていつまでも僕らに手を振ってくれた、彼女の姿が目に焼き付いている。
ずるいよ風華さん、君みたいな子に出会ってしまった僕らは、後でどんな子に心を動かすことが出来ると思うんだい?
「楽しかったな?」
才雅が窓の外の城砦の塔を見ながらつぶやいた。
「うん」
「殴れなかったな」
「うん」
「だけど、これで終わりじゃないよな」
振り向いた才雅が僕の顔を見る。その目はここに着いた時とは別物だ。そしてきっと、僕もそうだと思う。
「うん。もちろんだとも」
僕らの上着の外衣嚢には、美亜教官が渡してくれた関門の結社への紹介状と、あの森で倒した黒犬の牙がある。僕はその牙を握りしめた。
「また、戻ってくるさ。すぐにね」
「ああ、絶対にすぐにだ。あの野郎に預けておくわけにはいかない」
そうとも才雅。
「これが僕らの始まりだ」
これにて第4章「城砦編」終了になります。活動報告に書いてみての感想などを書いておりますので、よかったらそちらも見ていただけると嬉しいです。




