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和解

 楽しいでしょう。


 自分を殺し損ねた相手に、自分がいかに幸福で満ち足りているかを見せつけるのは。


 それを存分に実感できるでしょう?


 もっとも反対な者が、ここにいるのだから。


 私は何でここに、こうして立っているのだろう。私は色々な人から、色々な事を要求されることに、慣れ過ぎてしまったのだろうか?


 例えそれが、自分がやりたいことで無くても?


 思わずかみしめた唇から血の味がする。なんで、この子の周りには、こうして笑顔があるのだろう。私の周りには全くないのに。


 みんなが心から笑い、そしてほほ笑んでいる。あの優男が言った、あなたの強さというのは、こうして仲間に囲まれてちやほやされているから?


 貴方は私が持っていないものばかりを持っている。神様という奴は本当に不公平だ。


「世恋さん、外の卓をお借りしてもいいですか?」


「いいですよ、風華さん。酔い覚ましに、お茶をお持ちしましょうか?」


「ありがとうございます。これから、ちょっと乙女の秘密のお話をするので、もうちょっと後で頂きます」


「でも寒いですから、このひざ掛けは持って行ってくださいね。乙女に冷えは禁物ですよ」


「はい、では行きましょうか?」


 あの子は突然に私の手を取ると、庭のこじんまりとした台の上の、小さな卓へと私を連れ出した。


「もうすっかり冬ですね」


 あの子が私に、毛で織られたひざ掛けを渡しながら語り掛けてきた。彼女は私にどんな答えを望んでいるのだろう?


「そうですね」


 とりあえず、当たり障りのない返事をする。この後は、誕生日会がすばらしいとでもほめればいいのか? どうでもいいから、この地獄のような時間が早く終わって欲しい。


「ごめんなさい」


 あの子が私に頭を下げている。どういうつもりなの?


「私達のようなのが居なかったら、皆さん普通に研修を終えられて、城砦の冒険者になれたはずなんです。私達が、私達を特別枠になんてした人達が悪いんです。実季さんは、それに巻き込まれただけなんです」


 彼女は椅子から立ち上がると、私の前に膝まづいて頭を台の上につけた。これは、私をもっと苦しませるための手のこんだ芝居?


「本当にごめんなさい。あなたが私を罵倒して気がすむであれば、いくらでも罵倒してください。あなたが私を蹴りとばして気が済むのなら、蹴り飛ばしてくれてもいい」


「あんた、本当に頭おかしいんじゃないの? 私はあんたを殺そうとしたんだよ。分かっているの?」


 彼女は顔をあげて私を見た。


「うん、分かっている。でも、それはあなたの望みではないでしょう?」


 その顔には私に対する打算も、哀れみも、放漫も、侮辱もない。

 

「私は、一の街の戦に巻き込まれて、あの人達に助けてもらってここまで来れたんです。私にできたことと言えば、せいぜいご飯を作って、洗濯をしたぐらいかな? 私は単なる足手まといだった」


 膝をついてまま彼女が頭をかいて見せる。


「森でも実季さんを、みんなを救ったのは百夜の力。私は単に逃げ回っただけ。でも今回は違う。私にもできることがある。それが親の七光りだろうが、何だろうが、私はあなたを助ける事が、無事に研修を終わらせることが出来るかもしれない。ならば私はあなたを助けたい」


 彼女が私の手を握る。赤葡萄酒の酔いのせいだろうか、その手はとても暖かく感じられt。


「だから、その前に私が実季さんにしてしまった事を、謝っておきたいの。そしてできれば、私の友達になってほしい。研修を見てて分かるでしょう? 私はけっこうだめだめな子なんだ。だからあなたが私の友達になってくれれば、私はきっともっと頑張れる」


「どうして、私を、私なんかを……助けたの?」


「だって、同期じゃないですか、当たり前ですよ。それに私は最初に紹介してもらった時から、実季さんをかっこいいな。自分もそうなりたいなと思っていたんですよ?」

 

 本当に当たり前のように語る。あたなたはいったい何者なの? 貴方みたいな人は私の周りにはいなかった。いるはずがない。こんなおかしな人。


 でも森で言えなかったことを、何も出来ずに震えているだけだった私に、マナ除けを掛けてくれた時に、黒犬から助けてくれた時に、本当は言いたかった事を今なら言える。


「助けてくれて……ありがとう」


 彼女が私の肩をそっと抱いてくれた。


「当たり前ですよ。私が皆からしてもらったことをしているだけです」


 涙が、悔しさでも悲しさでもない涙が、止まることなく流れていく。なんだろう。この感じは? 自分の中に溜まっていた黒い澱が流れ出ていくような感じは……。あの優男がいった意味が、今な分かる。


「ふーちゃん、世恋さんがお茶の用意ができたって、それに食べ物なくなるから……二人とも何をしているの?」


 あの優男が、床に膝をついて抱き合っている私達を見て、驚いた顔をする。


「おい、乙女の秘密と言っていただろうが? 何を覗きに来ているこの覗き魔め!」


「だって、世恋さんが……」


「いいから出ていけ。こっちに来るな!ここは男子禁制だ!!」


 慌ててあの優男が扉の向こうに消えていく。二人で顔を見合わせる。何だろう、今度はおなかの底から笑い声が上がってくる。抱き合ったまま二人で笑っている。今度は私から彼女を抱きしめた。


 でも気をつけてね、あの男は女を泣かせる男よ。私は友達が、男に騙されて泣くのは見たくない。


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