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到着

 馬車は耕作地の端に、ぽつんと立っている一軒の大きな家の前に止まった。


 偉い人や大店の旦那が持つような別荘みたいなものだろうか? だが、敷地の入り口にしても、建物の景観にしても、肩ひじ張った威圧感のようなものはない。引退した老人が静かに暮らしているような感じだ。


 小屋根の上の風見鶏が、かすかに吹いている冬の風に、くるくると回っている。煙突からは僅かな煙も上がっていた。誰か中に居るのだ。


 馬車の扉が開かれて、黒づくめの御者が昇降台を用意し、僕達に外に出るように促した。やはりあの家が僕らの目的地らしい。


 僕らに続いて馬車を下りた実季さんに、御者が手を差し出す。少なくとも、囚人のような扱いは受けていないようだ。


 僕らは御者が手で指し示す通りに、才雅を先頭に、蔦の絡まった敷地への入り口の白い扉を開けて、建物の入口へと進んだ。こういう時に腹が座っているところは才雅らしい。その背中が、とても頼りがいがあるものに見える。


 扉の前までくると、中からは何やら楽し気な話し声らしきものが聞こえて来た。僕らを待っている間に、偉い人達が談笑でもしていたのだろうか?


「お客様が着いたみたいですよ」


 何やら鈴の音のような、透き通った女性の声が扉の向こうから聞こえてきたかと思ったら、風雨にさらされた、樫の木の扉がゆっくりと開かれた。


「皆々様、ようこそ私のお誕生日会へ!」


 風華さんが、芝居かかった口調でそう告げると、にっこりとほほ笑んで、僕らに向って上着の裾を両手でつまんであげて見せた。


「あれ、皆々様どうしました?」


 入り口で固まっている僕ら3人を見て、風華さんが不思議そうな顔をする。僕と才雅はお互いの顔と、風華さんの不思議そうな顔を交互に見ていた。


 才雅はあまりに驚いたのか、口が開きっぱなしだ。実季さんも同じだ。きっと僕も二人と同じ顔をしているに違いない。


「おい、そこのでかいの。ちゃんと私のお誕生日会に招待するって伝えたんですか?」


 風華さんが振り向いた先には、とてつもなく大きな、いかつい男性が立っていた。どう見ても、只者には見えない。


「あなたにはやっぱり頭がついていないんですね。誕生日会なんて理由で、研修中の人達を呼び出せると思うんですか?」


「え、駄目なんですか? だって誕生日会ですよ」


 風華さんはどうやら本気で言っているらしい。


「あなたと会話をしていると、本当に頭痛がしてきますね」


 この人が風華さんの彼氏なんだろうか? 僕と才雅が殴ろうとしたって、顔に拳が届くかどうかすら怪しいところだ。


「今回は歌月お嬢様の、私的なお茶会へのお客様としてのご招待です。下々が一番断りにくい理由ですよ」


 大男はそう言うと、やれやれという感じで両手を上げて見せた。


「そのお嬢様というのは止めてくれない。虫唾が走る。特に、あんたに言われると最悪だ」


 声の先には、鳶色の長い髪をまとめて後ろに上げた女性が、杯を片手に、いかにもいやそうな顔をして立っていた。


 冒険者風の皮の上下を着ているが、その上からでもその豊かな胸が、腰の丸みが十分に分かる。世の男が想像する、色気のある女性そのものといった感じの人だ。


「風華さん、それより皆さんを私達に紹介していただけませんか? それに皆さん、急に呼び出されたからびっくりしていますよね?」


 そう言って、扉を開けてくれた女性が、僕達に微笑んでくれた。何だろう、この美しい人は。金色の髪に、引き込まれるような深く青い目。白く透き通るような肌。この人は本当に人なんだろうか?


 地上に降りて来た女神じゃないのか? 風華さんもかわいい人だが、この人の美しさは別物だ。むしろ人を寄せ付けない、見ることすらおこがましいような美しさだ。


 才雅の口がさっきよりも大きく開いて、もう何が起きているのか全く分からないという顔をしている。これは夢かな? 馬車に乗っている間に僕は寝てしまって、夢を見ているんじゃないのかな?


「そうでした。忘れてました。では、謹んでご紹介させて頂きます。こちらが才雅さんに、朋治さん。私や百夜と研修で同じ組の人達です。こちらが実季さん。私の研修の同期の方で、私がお友達になりたいと思っていて、ご招待させていただきました」


 風華さんが居並ぶ人達に僕らを紹介する。僕と才雅は壊れたおもちゃのように、居並ぶ人達にぺこぺこと頭を下げた。


 実季さんは僕らよりよほど落ち着いているのか、上着の端をもって優雅に礼をして見せた。僕らは技量だけでなく、この辺りでも差をつけられている。


「では続きまして、私の『組』を紹介させていただきます」


 風華さんが背後の食卓をふり返った。


「あの食卓でがっついでいるのは、紹介しなくてもいいですね」


 見慣れた黒いのが、食卓の横の椅子から立ち上がって、両手に何やら食べ物を持っては、それを口に運んでいる。


「お前達、我に感謝せよ。お前達の為に、特別に餌を残しておいてやった」


 百夜ちゃんが、僕らにふんぞり返って見せた。知っている人が一人でもいて良かった。


「あんたね、いくら何でも全部一人では食べられないでしょう?」


「なんだと赤娘。我を愚弄するのか? この程度の餌、我一人で全部食べられるぞ」


「あんたは、いつも食べ過ぎなの。いったい食べたものはその体のどこにしまっているの?」


「風華さん、風香さん。皆さん困っていますよ」


 金髪の女神さまが風華さんをたしなめた。この人は、風華さんのお姉さん役という感じなのだろうか? 女神さまがお姉さん? 訳が分からない。


「あ、ごめんなさい。このでかい嫌味ばっかりいう男が……世恋さんすいません。少し心の声が漏れてしまいました」


「風華さん、まだ紹介できていないですよ」


 ちょっと困り顔の女神様。


「ごめんなさい。アル・マインさんです」


 アル・マイン? どこかで聞いたことがあるような?


「旋風卿という二つ名の方が有名なんですかね?」


 風華さんが、アル・マインさんを見て小首をかしげる。その人は手にした杯を軽く上に上げて、僕らに挨拶を返した。え、待って、旋風卿ってことは……北壁戦役の英雄!思わず膝から体が落ちそうになる。


「朋治、お前は誰だか分かるのか?」


 才雅が僕に小声で聞く。君は気が付かないの?


「旋風卿だよ。あの『北壁戦役の英雄』だよ」


「え!」


 才雅の口から思わず叫び声が上がった。旋風卿から一瞥された才雅が、顔の前で慌てて手を横に振る。もう何をやっているかすらよく分からない。風華さんの彼氏ってまさか旋風卿なの!?


「こちらが歌月さん。とってもうらやましい胸の持ち主です」


「風華!もうしょうがない子だね。歌月と申します。この子が、風華がいつもお世話になっています」


 上着の裾を持って見事な礼を返してくれた。思わず顔が赤くなるのが分かる。さっきお嬢様とか言われていたけど、偉い人なんだろうか?


「この、超絶美少女が世恋さんです。無敵種で、アル・マインさんの妹さんです」


 そう告げると、風華さんはあの女神の様に美しい人に向かって、手で拍手をして見せた。え、嘘でしょう。旋風卿の妹さんって、この二人は血が繋がっているんだ。


「もう風華さん、冗談も大概にしてください。世恋と申します。今日は皆様お忙しいところ、風華さんの誕生日会に来ていただきまして、ありがとうございました。大したおもてなしはできませんが、どうかごゆっくりおくつろぎください」


 そう言うと、僕達に丁寧にお辞儀をしてくれた。ますます顔が赤くなる。いや顔だけじゃない。全身が燃えているみたいだ。


「以上です!」


「ちょ、ちょっとふーちゃん。僕まだだよね。まだ紹介していないよね」


 僕らと、そう背かっこうの変わらない色白の若者が風華さんに話しかけた。


「お前のような薄情な奴は、私の組にはいれてやらない!」


「あのね、僕だって先触れを送ったり、こっそり研修所に行ったりして努力はしたんだよ!」


「知りません。白蓮、お前は私に対する()()も、感謝も全く足りていません。なので『組』には入れてあげません」


「ふーちゃん、ふーちゃん。酔っぱらっているよね? 絶対に飲み過ぎているでしょう? 世恋さん、一体、ふーちゃんに何杯飲ませたんですか?」


 世恋さんという名前の女神様が、両手を上げて『てへ』という表情を返す。


 風華さん、君はただものではないと思っていたけど、どうしたら自分をただの元町娘と僕らに紹介できるんだい?


 女神さまが僕らに、赤葡萄酒を入れた杯を渡してくれた。


「では、皆々様。もう一度、私の誕生日と皆々様のご多幸とご健勝を祈念いたしまして乾杯です」


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