拉致
『何、何なの?』
馬車の中は私達二人だけだ。片隅に置かれた小さな角灯がぼんやりとした光を放っている。
中は革張りの椅子に深い絨毯を引いた貴族の偉い人が乗るような馬車だ。扉も窓も引いてみたがびくとも動かない。装備等は研修所においてあるので私達は何も持っていない。
高級な馬車らしく、ばねが良く効いていてあまり揺れは感じられないがかなりの速さで走っている。石畳をたたく車輪の音でそれが分かった。
「百夜!」
「赤娘、落ち着け」
落ち着け? 何を悠長な事を言っているの! 一体どこに連れて行かれるんだろう?
「小刀とか何かこじ開けられそうなものは持っていない?」
「何もない。どこへ行くかは分からぬが昼飯はどうなるのだ? 我は腹が減るぞ」
「今は昼飯なんて気にしている場合じゃないでしょう!」
「これって、もしかして実季さんを助けた件かな?」
百夜が分からないと両手を上げて見せる。少しは真剣に考えろ。いずれにせよ、達を拉致する理由なんてそれぐらいしか思いつかない。
「この角灯の油に火をつければさすがに慌てて止まらない?」
「やめておけ。我らの方が先に死ぬ。それにそれはマ石の灯だ。火はつけられないぞ」
関門の宿でおきた件が頭に浮かぶ。あの時は白蓮が間に合ってくれた。今回は誰も私達がここにいることすら知らない。
多門さんや美亜さんが遅刻した私達を心配して探してくれるだろうか? もちろん探してくれるに決まっている。だけどあの時と違って私達がどこにいるかは分からない。
あの時は私の失敗でもう少しで百夜が大変な事になるところだった。同じ失敗はしない。私がどうなってもいいけど百夜だけは守ってあげないと。
やっぱり私はまだまだだ。実季さんの件が何とかなりそうだからって朝から浮かれまくっていた。そしてここが城砦だからと言って油断しすぎていた。どこにだって危険はあるのに。ここも旧街道もその点では全く同じなのに。私はまだやっぱり本物の冒険者にはなれていない。
「白蓮」
思わずその名前が口から出る。研修になってからずっと会えていないけど、どうしているのかな? 絶対に私を、百夜を探し出してくれるよね。
馬車の車輪の奏でる音が変わっている。固い石畳を叩く音じゃない。くぐもったもっと低い音。地面の上を走る音だ。そのせいか、くぼみか何かにはまってたまに馬車が大きく揺れる。
まずい、まずいよ!
城砦から外にもう出ているんだ。どうやったらみんなが私を見つけてくれるだろう。私には何も方法は思いつかない。つまり、私達がこいつらから逃げ出す以外になんとかなる方法は無い。
確かに百夜の言う通りだ。今は焦っても仕方がない。馬車が止まった時、私達をどこかに連れて行こうとした時、その時に逃げ出すことに集中するべきだ。
車輪の上げる何かの悲鳴のような音に馬の嘶きが聞こえる。体が椅子からずれ落ちそうになった。どうやら馬車は目的地に着いたらしい。




