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救出

 私達は印に従って南にすすんだ。


 印は理朝教官に見つかることも考慮して二つとも分からないように処分してある。だが、半刻も進まないうちに予想外の事態に突き当たっていた。森が切れたのだ。


 目の前には数町(300m教)程度の冬枯れの草原が広がり、その向こうに別の森が広がっている。そして森の出口のところには向こう側の森を指し示す、先行組の印がおいてあった。一体どういう事だろう。私達はお互い顔を見合わせるばかりだった。


「意味が分からん」


 才雅君が印を見ながらつぶやいた。その思いは私も同じだ。


「百夜、向こうの森の様子は分かる?」


「遠すぎだ。近寄らないと分からん」


 ですよね。困ったな。こちらの姿が丸見えになるの覚悟で、とりあえず向こうの森の入り口まで入ってみないことには分からない。


「狼煙は見える?」


 この中では一番目がいい朋治君が首を横に振った。


「何も見えない。まだ研修は続行という事かな?」


 教官達は一体どこまで私達の事を把握しているんだろう?


「ある程度丸見えになるのは仕方ないけど、向こうの森の入り口まで行ってみましょう。それに誰か来てもこちらからも丸見えのはずだし」


「そうだな。それしかないな。朋治、後ろは頼むぞ。みんな俺についてこい」


 君は調子がいいのだけが取り柄ですね。でもこういう時にはそれが頼りになります。


「位置の確認に必要になるかもしれないから、この印は処分しないで残しておきましょう」


 戻ってきたときにどこから入ったのか分からなくなると、ただでさえ推測の位置がもっと分からなくなる。時間もいい加減だし。それに駄目と言われていたけど木にも印をつけさせてもらう。地面の印だけだと理朝さんに吹き飛ばされたら分からなくなる。


 私達はなるべく背を低くしながら、向こうの森の端まで小走りに移動した。


「赤娘」


 百夜が私に声をかけた。彼女が言いたいことはすぐに分かった。ここの森の葉の裏はこれまでの森と違ってもっと黒かった。旧街道を通ってきた時の様な日の光すら遮るような真っ黒さではないが、先ほどの森のようなほとんど緑とは違って明らかな黒ずみがある。つまり、この森にはマ者が居るという事だ。


「印だ」


 朋治君が地面を指さした。たしかに先行組の目印の布をつけた印が地面にある。つまり先行組の誰かがこの森に入ったという事だ。


「そういうことか……」


 私の中で色々な物がつながった。そして腹の底から抑えようのない怒りも湧き上がって来た。なんて人達なんだ。そこまでして私達を蹴落としたいの? 自分達が城砦に入るために?


「百夜!」


 私は百夜の肩を掴んだ。


「出来る限り中を探って。私の考えが間違っていなければ中に一人いる」


 間違いない、あの子が居る。


「風華ちゃん?」


 才雅と朋治君が驚いて私の顔を見る。私は二人に向かって頭を下げた。


「二人とも本当にごめんなさい。多分、私達は失格になる。だけど助けなくちゃ。それに時間もない」


 私は、腰袋からマナ除けが入った容器を出すと百夜と二人に振りかけた。あと一本は取っておかないといけない。そして、狼煙玉を取り出すとマナで種火を着けてそれを地面に放り投げた。白い煙が上へと上がっていく。これで私達の実地訓練という奴はお終いだ。


「一体何が……」


「それに、どうしてマナ除けも持っているの!?」


 突然マナ除けを掛けられた二人が口々に私に質問する。


「白麺麭と同じか?」


 私は、百夜の言葉に頷いた。


「勝手に持って来たの!」


 朋治君の驚きがちょっと痛い。出来ることは何でもという歌月さんの教えという奴でして、先行組が持っていく備蓄から勝手に拝借させていただきました。


「才雅君、朋治君。二人の研修の邪魔をしたうえで勝手なお願いなのは分かっています。どうか私と一緒に、森に入ってもらえませんか?」


 本当は地面に頭をこすりつけてお願いしたいのだけど、とりあえず下げられるだけ頭を下げた。


「この先に実季さんが居ます。そして助けが必要なんです」


 二人はあっけにとられているが説明している時間は無い。


「このつまらない二人は必要か? 邪魔だぞ」


「怪我とかしていたら私達だけでは運び出せない」


 私は何の役にも立たない。でも二人がいれば、百夜を、彼女を守れる。


「見つけた?」


「つまらない奴は見つからないが、いるぞ。この先に一斉に向かっている」


 マ者が向かっている先に彼女がいる。


「数は?」


「両手より多い」


「行くよ、みんな。誰かが困っていたら助けに行く。私達は同期だ」


 才雅に百夜をおぶってもらって私達は百夜が示した方に向かって走り出した。お願い間に合って!


 森は先ほどの森と違って急に暗さが増した。足元すらおぼつかない。旧街道で味わったなんともいえない圧迫感も襲ってくる。だけどそんなものに躊躇している余裕はない。


「居たぞ。いきなり現れた。この先すぐだ。他のも一ついる」


 やっぱりそうか。彼女は隠密使いなんだ。ずっと私達の側にいたんだ。百夜が珍しく歯切れが悪かった訳だ。それが切れたという事は、まずい!


 私は目の前の藪に突っ込んだ。迂回なんかしている時間は無い。目の前に実季さん。そしてその前に何やら黒い何かが居た。小刀を抜いて投げる。それはこちらを振り向いた。黒い何かの真ん中に赤い口が、そして黒く光る牙が見える。これが黒犬!犬なんてもんじゃない。子牛ぐらいの大きさだ。


 その口の真ん中に、光る何かが撃ち込まれた。黒娘の一撃だ。


 グヌオォオオオオ!


 辺りに悲鳴とも叫びとも分からない絶叫が響き渡った。


「これで全部こちらに気付いた」


 百夜が皆に告げた。私は実季さんのところに駆け寄った。時間がない。怪我してなければいいけど。彼女はマナ除けの容器を手にしたまま首を横に振って体中を小刻みに振るわせていた。あいつら偽物のマナ除けを渡したんだ。


「なんてやつら!」


 私は腰から最後のマナ除けを取り出して彼女に振りかけた。これで時間が少しは稼げる。あれ、なんでこんなに軽いんだ。


「赤娘、なぜ掛けない。来るぞ!」


 百夜が私に向って叫んだ。


「半分しかなかった」


「お前は馬鹿か!」


 分かっている。でも花輪ちゃんの二の舞は自分が死んでもいやだ。あの時、私は何も出来ずに彼女を助けられなかった。


「二人で実季さんを連れて藪へ!」


 黒犬の屍骸を見て硬直していた二人が屍骸の上を飛び越えて、慌てて実季さんのところまで駆けよって肩を貸した。


「もう遅い。追いつかれる。一時(5分)持たせろ。数が多い、まとめて繋ぐ」


「うん、分かった。私が囮役をやる」


 どのみちマナ除けをかぶっていない私は丸見えだ。私は森ではいつも逃げてばっかりだな。逃げ手とかいう役割ってないのかな? それならちょっとだけ慣れてきたような気がする。


「死ぬなよ、赤娘」


 縁起の悪いことを言うな黒娘。信じているぞ。


「つまらないやつ、これを貸してやる。お前達ならどれだけ使っても持つ。二人で持って使え」


 百夜があのマ石を二人に渡す。辺りに犬のそれのようでいて全く違う鼓膜を引き裂くような遠吠えの音が響いて来た。どこに行く?


 みんなから見えていてかつ、奴らの注意を引き付けるなら。


 木の上しかない!


 私は二つある幹の内、一つが折れて倒れている木に目をつけた。あの折れているところを伝わっていけば、さほど時間をかけずにもう一つの幹に行けるはずだ。それに幹を背に出来れば後ろは気にしなくてすむ。


 私は倒木まで走るとそれの上に登った。足元が少しぐらつく。ここで足を滑らして落ちたら一貫の終わりだ。さっきの黒い奴が藪から飛び出したかと思うと私を追って倒木へと突進して来た。


「何をしている。死ぬ気で撃て」


 百夜の叫び声が響く。倒木の上の黒犬が見えない何かにぶつかって下に落ちた。才雅のつぶてだ。今のうちにみんなが私を支援してくれる事を信じて振り向かずに倒木の上を走る。そして倒木の上から別の幹へと飛び移った。


「風華、後ろだ!」


 才雅の叫び声。振り返った私の方へ、黒い何かが飛んで来る。うそ!犬でしょう。何で飛んでくるの!


 慌てて体をひねって枝に足をかける。飛んで来た黒い何かが幹に頭から衝突した。木が大きく揺れて、大量の葉が頭に落ちてくる。衝撃で足が枝から落ちそうになり、枝に腕を回して必死に体を保持した。


 飛んで来た黒い奴は、幹に頭からぶつかったにも関わらず、そのまま幹に爪を立てるとその牙を私にむけた。まずい、こっちは体を支えるので手が一杯で避けられない。そいつが爪を私の方に向けた瞬間、突風がそれを向こう側へと吹き飛ばした。朋治君の風だ。


 だが気が付けば何頭もの黒犬が私の真下に集まってきて私を見上げている。こいつら犬()()()の癖にすごい跳躍力だ。もっと上に上がらないと。幹のくぼみに足を乗せて体を上の枝へと持ち上げる。でも全然高さが足りない。


 飛び上がって私を襲おうとする黒犬を才雅と朋治君がつぶてと風で邪魔をするが数が多すぎる。まずい、まずいぞ。一匹がこちらに一気に跳躍して来た。頭の上にあった枝に飛びついて、必死に足を上げる。


 辛うじて、そいつが足に食らいつくのからは逃れられたが、もう手が持たない。私の腕力では腕だけで体を枝の上に持ち上げる事など出来ない。指が枝の表面をすべっていく。下には大きな赤い口がいくつも見えていた。


『ごめん白蓮!あなた無しでは、私はまだ生き残れなかった』


 地面へと落ちていく私の体。私を狙って跳躍したらしい黒犬の体も私と一緒に下へと落ちていくのが見える。風が私の体が落ちる速度を緩めてくれて、私の体は地面とは違う何か固い毛の上へと落っこちた。


「終わったな」


 空を見上げる私の耳に、百夜の言葉が響いた。うん百夜。終わったよ。


『ありがとう』


 明日は白麺麭を山ほど持ってきてあげる。

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