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実地訓練

 「合同実地訓練を行います」


 美亜教官が高らかに宣言した。どうやら何か始まるらしい。


 私はかじかむ手に息を吹きかけながら話を聞いていた。広間の奥にある暖炉にはすでに火がくべられているが、広間の中にはまだ冷気が漂っている。まだ根雪にこそなっていないが雨は霙に雪にかわりつつあった。


 それでもこの辺りは冬は乾燥しているので根雪になることはほとんどないらしい。そのかわり風は身を切るように冷たいらしいけど……。


 本当なら一部の葉物をのぞけば仕入れも止まる時期なので、少しは寝床でゆっくりできる時期なのに私は一体どこで何をやっているのだろう?


 冬の乾燥に寝不足が輪をかけて、ざらついた肌にくっきりとしたくまを作ってこの石に囲まれた広間でかじかんだ手に息を吹きかけているのだ。乙女のすることではありません!


「実地訓練はこれまでの座学内容を、実際に森で各組がそれぞれの役割を確実に実行できるか実践で確認するためのものです。それが出来ない組には先は無いからそう思いなさい」


 それは大変だ。私は寒さに猫背になっていた背を少しだけ伸ばした。


「今回、この組には探索をやってもらいます。理朝教官の組が先行です。連携して動きます。何か質問は?」


「今回はの森はマ者とかはいるのでしょうか?」


 聞けることは何でも聞いておこう。


「あなた達は探索組ですからそれを探るのが目的です。先行組が行く範囲についてはこの書類に情報が記述してあります。ただし、それはあくまで数日前の情報という設定です。他には?」


 設定という事はすべて模擬なのかな?


「今回、もしマ者を倒した場合は上納に上がりますでしょうか?」


「何を考えているんですか? 研修ですよ。上がりません。普段は誰も立ち入らないところなのでマ者は皆さんを楽しみにしているかもしれませんね」


 うううう、それは残念。安全確実に上納があがると思ったのに。


 それにこの間の対抗戦以来、私に対する美亜教官の態度が若干厳しいような気がするのだけど気のせいかな? まあ、本来なら罰を山ほど喰らうところを逃亡に成功しましたので、機嫌がちょっとは悪くなるのは分かります。でもそれって多門さんのせいじゃないですか?


「組内の役割を決めてください。四半刻(30分)以内に森に入れる装備をして集合です」


 ふふふふ、探索組ですか。こちらには百夜がいるからその点では楽勝だ。中心となる探知役は百夜にやらせるとして残りはどうしよう?


「組頭は俺でいいな。というか俺しかいないだろう」


 才雅君、その根拠のない自信は一体どこから出てくるんですか? 説明をお願いします。


「本当は風華さんがいいと思うのだけど、風華さんには記録係をやってもらわないと。才雅や僕じゃ無理だ」


 分かりました。君たちには全く無理なので記録係は私が引き受けましょう。


「そうなると僕は斥候かな?」


 正直な所、朋治君は風使いだから斥候役は向かない。守り手をやってもらった方がいい。つぶて使いの才雅君の方がいざという時のことを考えると向いているような気がする。それに百夜の探知能力を考えれば、人数が少ないこの組では斥候をおく必要は無いように思えた。


「百夜の探知を考えれば無理に斥候を置く必要はないんじゃないかな? 一応地形とかの確認とかはあるから、才雅さんが先行して、後ろの私達に指示を出すで十分だと思う」


「そうだね。それがいいと思うよ」


「お前達、おれの指示にちゃんと従えよ」


 はいはい、私が記録係としてちゃんと確認します。あんたの言う通りに行ったら、森の中を確実に迷走しそうです。


「百夜、今日はあんたが頼りなんだから起きてなさいよ」


「めんどくさい。腹が減る」


「明日からの朝食はいらないという意味ね?」


「おのれ赤娘。覚えていろよ」


「みんな急がないと装備をしている時間がなくなるよ」


 では皆々様方、出陣と参りましょうか?


* * *


 森までは馬車で移動だった。研修生なのに馬車を使わせてくれるなんて嘆きの森の結社はやっぱりお金持ちだ。組頭同士で情報交換や段取りの話し合いをしたのだけど、才雅君にやらせたのは失敗だったかも? どうも才雅君と倫人さんは相性がよくないらしい。途中からは嫌味の応酬になっていた。


 一緒に組んでやらないといけないのにこんな事でいいのだろうか? 後で美亜教官からこっぴどく叱られますよ。


 私達が向かった森は研修用のとび森らしい。確かに葉の裏が黒ずんではいるけど私が知っている森の黒さに比べたらはるかに薄い。正直ちょっと色が変わった普通の葉っぱかなという感じだ。


 流石に、いきなり本物の森なんかに入れるつもりはないらしい。ほっと肩をなでおろす。でも油断は禁物だ。もらった資料には3日前の情報として、黒犬の群れが複数確認されていることになっている。


「準備ができ次第、先行組から森に入ってください。探索組はしばし待機です」


 うう、緊張してきた。先にお手洗いに行っておこう。これまでの経験上これはすごく大事な事だ。


「皆さん、印の確認や設定。こちらからの狼煙の指示などを間違えないように。間違えたら……どういう目に会わせてあげましょう」


 美亜教官、少し心の声が漏れていますよ。とりあえずさっさとお手洗いに行ってこよう。お手洗いから出てみたら何やら話し声が聞こえて来た。倫人さんと実、季さんだ。


「まさか、あの二人が残るとは思わなかったな。私が聞いている話ではここから中に入れるのは5人までだ。分かってるね、実季」


 どうやらこの訓練は始まる前からみんなの負けが決まっているらしい。せめてもの救いはここが本物の森ではないことだ。こんな体たらくでは本物の森なら私達全員、すぐに死人喰らいの腹の中だ。


 私のような特別枠なんてものを作るからだ。私なんかはすぐにどこかの街に送り返してくれればよかったのに。父がどうだったなんてどうでもいい。この研修に参加している人にとって私はただただ大迷惑な存在だ。


 だからって今更逃げ出すわけにも手を抜くわけにもいかない。そんな事をすれば私は大迷惑な奴だけでなく、失礼な奴になってしまう。


 ともかく今はこの訓練が無事に成功に終わるために出来る限りのことをしよう。そう出来る限りのことを。


 そうですよね、歌月さん。


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