日日是好日
対抗戦の翌日からは技能だけでなく座学も本格的に始まった。誰かの立ち話によれば、技能で水準に至っていなければ座学の前に関門の向こうへ送り返されるそうだ。
素晴らしいことに美亜組も理朝組も一人の脱落者も出していない。本来なら私なんかは思いっきりここで追放されるところなのだろうけど、親の七光りなのか、追憶の森での罰なのか、はたまたその両方かにより研修の続きを受けさせてもらっている。
実季さんには一応声をかけてみたのだが完全に無視されただけだった。まあ、しょうがない。ただちょっと気になるのは、実季さん自体が理朝組の中で少し孤立しているのではないかと思えることだ。
あからさまな訳ではないが、倫人さんや他の人の態度を見ているとそう思えるときがしばしばある。やっぱり私がさっさと降参しなかったのが悪かったのだろうか?
この座学というのは基礎からやってくれるわけではなく、この嘆きの森でのお約束を覚えるためのものだから、私の場合は基礎も一緒にやらないと話が飛びまくってついていけない。これはお昼休みと睡眠時間を削ってなんとかするしかない。
目下の悩みは朝に部屋の外に鳥が集合して朝からぴーちく、ぱーちくとうるさくて起こされることだ。お願いだから私の部屋の前で鳴き続けるのはやめてほしい。
座学というのも単なる知識を覚えるだけでなく、それを実際に使ってみることも要求された。嘆きの森では多いときには百を優に超える冒険者が同時に森に入る。
しかも、それは探索組、先行組、狩手組、警備組などが決められた時間に決められた場所を通って移動し、決められた場所で狩をする。
決められた場所と言っても街の中の一本道を行くわけではない。場合によって予定外のマ者を避ける場合もあるし、倒木などで行く手を遮られることもある。
そのため後続の冒険者にどこで何を目的に何をしようとしたのかを印などで知らせる必要がある。あるいはこれを見落とすと先行の冒険者に近寄ったり、先行組が置いてくれた物資を入手出来なくなるなんて事になる。
また、緊急事態があった場合は狼煙玉を使って城砦にしらせたり、閃光玉や閃光使いによって物見方と連絡を取る必要がある場合もある。つまりお約束が山ほどあって、それをきちんと守らないとこの嘆きの森では生きていけない。生きていけないだけでなく他の人を危険にさらしてしまう。
なので、組頭は頭の中で残り時間や距離などを計算しながら常に何をすべきかを考えて的確に実行する必要があるし、記録係は印をつけると同時に過去の印や城砦とのやり取りを保存して、必要に応じて組頭の指示とその記録を突き合わせ齟齬がないかどうか確認することが求められる。
美亜さんが言うには、この計画を立てて実績との間で齟齬がないかを確認し実行する能力というのは、マナなんかよりはるかに重要な能力で、これが出来ない組には嘆きの森に入る資格はないそうだ。つまり頭も良くないと生きていけないという事らしい。
旧街道を通っていた時は旋風卿と歌月さんが組頭相当を、世恋さんと白蓮が記録係をやっていたような気がする。
私に出来なさそうな事ばかりで本当に嫌になる。私の上納返納は本当に出来るのだろうか? 世恋さんが言った、口では言えないいかがわしいところというのが頭の隅にちらつく。
それでも男の子達から言えば私は筋がいいらしい。あたり前です。これでも毎日天候や売上を見ながら仕入れをして帳簿をつけて何とか生きてきたのだよ。商人をなめるんじゃない。
いろいろな突発事項によって、次に何をどうすれば時間内に抜けられるのかを考えるのは、ちょっとした遊戯のようなものだった。
百夜は怠け者ではあるが馬鹿ではない。この子にこれは遊戯だと示唆したらがぜんやる気が出たらしく、他のどの組よりも早く組み合わせを見つけては我に勝つなど300年早いと自慢していた。やはり、百夜は使いようだ。そして私は猛獣使いとしてその技を存分に発揮したというところだろう。
柚安さんが事務方でやっている仕事はこれを一つの組だけでなく、ある領域にいるすべての組に対して瞬時に判断して指示を出す、あるいは上がって来た実績から予定との間で問題を見つけて指示を出す、なんて事をやっているらしい。どれだけ頭がいいんでしょうか?
美亜さんが言うには頭の中でいちいち計算するのではなく、像として全体を把握しているとかいないとか? まあ、私にはさっぱりです。
でもちょっと驚いたのが多門さんが確か事務方が古巣で、柚安さんが同僚だって言っていた事。つまり、多門さんもすごく頭がいいって事? だけど私の知っている多門さんとはどうも一致しない。
もちろん技能研修もなくなったわけではなく、体力も持っていかれるので、宿舎に戻って基礎を追いつく努力をしようとするのだが、気が付けば朝に鳥たちの合唱で起こされるという日々がしばらく続いている。
そしてみんなとマナ除けの匂いにまみれながらおそるおそる歩いていた旧街道が、ちょっとだけ懐かしく感じるようになっていた。




