恋心
「あーちゃん、大丈夫だった?」
「はい、お姉さま。体は大して痛めつけていません。ただ自尊心というやつはそれなりに痛めつけてやりました」
本当なら体の方も、一週間は起き上がれないくらいにしてやりたいところだったけど、やりすぎると室長に迷惑がかかるので特別に許してやった。
「あらあら、それは体よりも痛いかもね」
「あれ、そう言えば室長はまだ戻って来てないんですか?」
戻ってくる途中に確認したけど、まだ床に寝ているという訳じゃなかった。さすがに室長とはいえ、一発だけでそれほど長く寝ているとは思えない。
「あーちゃん。それがね、そっちに夢中になっている間においしいところを持っていかれちゃったみたいなのよ」
お姉さまが帳場の方を指差した。
何なの? どうしてあの娘がここに居るの? しかも、帳場の横で室長と楽し気に話している!
「お姉さま、こ、これって……、ど、どういうことですか?」
「あーちゃん、落ち着いて。私も気が付いたらこうなっていたのよね。さすがに気付いていたら邪魔ぐらいしたんだけど。あーちゃん、ごめんね」
いや、お姉さまに謝ってもらう様な問題じゃないです。
でもどうして? あの人が笑っている。皮肉じゃなく、嫌味じゃなく、ほほ笑んでいる。あの人が心から笑っている姿を見るのは一体いつ以来だろう。姉が遠くに行ってしまってからは記憶にない。
そういうことか……分かったよ、理朝。あの子の魔法の秘密が。あの子はここでは特別なんだ。特別な魔法が使えるんだ。あの子は弱いんだ。相手を無防備にするくらい。守ってやりたいと思わせるくらい。そしてそれは私達が持っていないものだ。ここでは持ちようがない。ここは『城砦』なのだから。
理朝、貴方は正しい。
『年頃の女の子というやつが、年頃の男の子というやつに使えるやつじゃないの?』
それそのものだ。だけど理朝、間違ってもいる。
あの子の魔法は年頃の男の子にだけに効くんじゃない。
* * *
「疲れただろう。交代しようか?」
朋治が才雅にそう申し出た。才雅は背に熟睡している百夜をおぶってずっと歩いて来てた。
「このくらい平気だよ。それよりお前はあまり酒は強くないんだから飲み過ぎてないか?」
「そうだね。いつもならもっと酔っぱらっているかもね」
「おい、俺に隠すのは無理だぞ。お前、風華ちゃんに惚れているだろう」
才雅が朋治に向かってにやりと笑って見せた。
「やっぱりばればれだね。才雅の言う通りだよ。今日は料理の味も酒の味も全く分からなかった」
それは本当のことだ。彼女の一挙一動をその表情をただ見ていた。何を食べたのかすらよく覚えていない。
「いったいどれだけ一緒にいると思っているんだ。お前のことは百も千もお見通しだよ」
才雅は相変わらずにやにやしている。
「でも、才雅。僕も君のことはお見通しさ。もう温香ちゃんの事はそれほど気にしていないだろ」
「おい!」
才雅の動きが止まる。
「才雅、僕をだまそうとしても無理だよ。今すぐ村に帰ることが出来て温香ちゃんに会う事が出来ても、君が思い出すのは風華さんさ」
しばしの沈黙。
「ちぇ、これだから付き合いが長い奴は……」
「うん、お互いそうだね」
二人とも思わず顔を見合わせて笑う。
「でも彼女は彼氏持ちだろう? 確かそいつに騙されて冒険者になったとか言ってなかったか?」
「そうだね。でもだからって何かをあきらめる理由にはならないよね。それにあの人は一人しかいないんだ。今回は君にだって遠慮するつもりはないよ」
「好敵手という奴か?」
才雅が再びにやりと笑って見せる。
「そうとも」
朋治が才雅に頷いて見せた。
「まずは、今の彼氏がとんでもない奴なら殴ってやる。朋治、止めるなよ」
「うん、一緒に殴ってやろう」
才雅は一瞬、驚いた顔を見せた後、幼馴染の肩を叩いた。
宿舎の明かりはもう目の前だ。




