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出世祝い

 この人は何でこんなにもカッコいいのだろう。お姉さまが大泣きしたときに、


「おっさん達、なにうちの者を泣かしてくれてんですか? 本気で怒りますよ」


 こんな台詞を真顔で城砦の大人達に言える人なんて他にはいない。自分がまだ幼かった時に姉が「多門は、強いよ」と言った意味が全く分からなかった。何で姉はこんな腕力もマナの力もない人を強いと言うのか。


 でも今は分かる。この人の強さは、腕力でもマナの力でもない、『信念』なんだ。この人は自分の『信念』と敵対するものに対して決して恐れはしないし、曲がることもない。私には全くない強さだ。


 姉はどうしてこの人を選ばなかったのだろう? そして死んでしまったのだろう?


 姉はなんてずるい人なんだ。選んでくれればあきらめがついた。生きていれば競う事ができた。でも死んだ姉は彼の中で生きている私とは違う別の何かになっている。生きている人が永遠に変わることなく心の中を占めてしまった何かと競う事ができるだろうか?


「あら、あーちゃん何か考え事?」


「小娘、何か来ていない料理でもあるのか?」


 そして普段のこの人は、何でこうも私に意地悪で女として全く興味が無いのだろう?


「ご心配なく。頼んだ料理は全部来ました。今日は室長の出世祝いですから室長が好きなものだけを頼んであります」


 この人は私がどれだけ長く近くに居たのか分かっているのだろうか? その程度のことは全部知っている。


「お前な、好きなものだけというのは逆に味気ないとは思わないのか?」


 本当に何なんだろう。あの子達にどんな罰をあたえようかと考えていたら思いっきり邪魔されたので、文句を言ったら埋め合わせをするというから、強引に監督官の出世祝いをさせてくださいと頼んだ結果がこれだなんて。


 もちろん私一人なんかじゃ耐えられないから、先触れを送ってお姉さまにも来てもらった。でも先触れを送ったのにしては、すぐに来たような気がするけど気のせいだろうか?


「上は、あの子達に何をやらせたいんですか? もっと分からないのが、誰かの手抜きで来てしまった二名もまだここに置いている事です」


 せっかく誘えたというのに。私はなんで仕事の話なんかしているんだろう。もっと話すことがいっぱいあるはずなのに。


「大人達のおもちゃだよ。最近の選抜上がりというやつに飽き飽きしてて変わり種が欲しくて遊んでいるだけさ。まあ、そのうち飽きる。というか早く飽きてほしい。そうすれば俺もこの特別監督官とかいうのと、おさらばできる」


「おもちゃですか?」


「そうだな。正しくは実験台みたいなもんだ」


 それほど深く考える必要はないという事だろうか?


「それより、お前の方はあいつらから何か感じるものはないのか?」


「よく分かりませんが、楽しくやっているんです。あの手違いの二人も含めて」


「研修を楽しくか?」


 室長がちょっと驚いた顔をした。


「はい」


「あらあら、多門君と同じでいじめられると喜ぶ人達なのかしら?」


 室長がじろりとお姉さまを見た。


「おばさんは黙っててくれ。俺は小娘に聞いているんだ」


 もちろんお姉さまはいつものように馬耳東風だ。


「それに、あの手違いの二人ですがもともとがひどすぎるにせよ、この十日ほどですごく成績が伸びているんです。もっとも伸びたところで他の研修生には遠く及びません。今日の対抗戦を見ても明らかです」


「そうね。まだ基礎ができてないわね」


 あれ、お姉様まるでどこかで見ていたみたいですね? 気のせいかな?


「でも、負けてもあきらめた節はまったくないんです。それどころかもっとやる気になっているように思います」


「お前のけつの叩き方がよかったんじゃないのか? それか美人教官に恋心を抱く研修生とか?」


 この人、今なんて言った?


「多門君、多門君、あーちゃん固まってますよ。普段言わない台詞を急に使っちゃだめです」


「あ……そうだな。それに酒がないな。忙しそうだから、俺が向こうまでいって注文してこよう」


 室長が空になった杯を持って帳場へ向って歩いていく。


「あーちゃん、よかったわね。多門君が美人ですって」


「あーちゃん、あーちゃん。見えていますか?」


「すいません。今日は飲み過ぎたみたいでちょっとぼーっとしていました」


 なんだろう。最近の室長はやっぱりちょっと変だ。査察官を首になったからだと思っていたけど、理由はそれだけじゃないような気がする。


「あれ、お姉さま。向こうで室長が絡まれていませんか?」


 あれは先行組だろうか? 何人かの腕っぷしの良い男達が室長を囲んでいる。


「そうね。多門君の方が絡んだのかもね」


 あ、一人が室長の胸倉を掴んだ。


「お姉さま。室長殴られましたよ」


「あら、あら、多門君も災難ね」


「お姉さま、室長が床に伸びています」


 酒の杯を手に持ったまま床に寝ている。


「そうね。まずいわね」


「お姉さま、ちょっと行ってきます」


「あーちゃん、よろしくね。多門君からは隠しておくから殺さない程度でお願いね。殺すと多門君に叱られますよ」


「はい、お姉さま」


「そこのお前達、うちの室長になにをしてくれたんですか?」


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