居候
「本当にいいのかい?」
歌月は入り口で荷物を受け取った世恋にそう告げた。
「もちろんですよ。どうぞ中へお入りください。何もないところですがお茶だけは良いのを用意しました」
世恋はそう歌月に告げると、窓際に置かれた小さな卓と椅子を指さした。卓の上には高の国のものらしい白い茶瓶と茶器が置いてある。
「お疲れでしょうから荷物の片づけは後にして、先ずはお茶にしませんか?」
そう言うと、世恋は歌月を窓際の席へといざなった。初冬の柔らかい日差しが卓の上を明るく照らしている。
「しかし、本当に周りに何にもないところだね」
周囲にこの家以外の人家の影はない。
「ですから、歌月さんには叔父様のところの方がいいんじゃないかと言ったんですよ」
世恋の問いかけに歌月は首を横に振った。
「勘弁してくれ。あんな堅苦しいところでお嬢様扱いされて過ごすなんて死んでもごめんだよ。誰か来る度にうちの姪でねなんて紹介されて、その度に服の裾を手で持ち上げて挨拶するんだ。旧街道に居た時の方がまだのんびりできたね」
いかにも嫌そうな顔をして歌月が答えた。
「ちょっと前の事なのにとても昔のような気がしますね」
歌月の器に茶を注ぎながら世恋が答えた。黄色い茶が注がれ、器の中にいくつかの黄色い花弁が舞う。あたりには夏蜜柑のようなさわやかな香りが広がった。
「故郷のお茶です。出入りの人に頼んで取り寄せているのですが、関門でも香りが飛んでいない物を見つけるのは大変みたいです」
「じゃ、食品や日常品は全部出入りのものに頼んでいるのかい?」
「はい、私は人見知りで他の人と会うのが嫌いですから」
「どの口が言うのやら。まあ、人並み外れた美人というのも大変だね」
「歌月さんの大人の魅力には負けていると思いますが?」
「正直な所、あの3人が居ないと寂しいね」
しばしお茶の香りを楽しんだ歌月が小さくつぶやいた。
「本当にそうですね。あの兄ですら口には出さないですけどそう思っていると思います」
世恋は窓の外の、刈り取られた後の何もない耕作地を眺めながら答えた。あの3人が居ないと世界はなんて静かなのだろう。
「白蓮に探索組の奴を紹介するんだって?」
「はい。白蓮様はすこし特別な方ですからここでは斥候が一番向いていると思います。それにここでは採取だけという訳にはいかないですから」
世恋の言葉に歌月が頷いた。
「そうだね。でもここじゃまだ難しいだろう?」
「だからです。風華さんと百夜様の上納を何とかする為にも、白蓮様にはこの森での技を覚えてもらう必要があります。歌月さんは忘れていませんか? 私と兄はあのお二方の兄弟姉妹なんです。あの方たちが返せなかったら私達に上納が回ってくるんですよ」
「こんなことなら、あのとき死んでも署名するんじゃなかったね」
歌月が世恋に向って肩をすくめて見せた。
「歌月さん違いますよ。署名してくれたから私達はこうして生きてお茶を一緒に飲めているんじゃないですか?」
「確かにそうだ」
歌月は器を口元にしながら静かに頷いた。
「以前は森に行くなんて本当にいやでいやで仕方なく行っていましたが、今はすごく楽しみなんです。おかしいですね」
そう言うと世恋は歌月ににっこりと微笑んだ。
「あの子達と森に行けるようになるまでしばらく厄介になるよ。ただし、あんたと恋話はもうごめんだからね」
「歌月さん、承知いたしました」
世恋は歌月の器と自分の器にお茶のお代わりを注いだ。あたりは再び夏蜜柑のようなさわやかな香りに包まれた。




