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軍人

 バン!


 勢い良くと言うより、はじけるように開いた扉の風圧のせいで前にいた男達がたたらを踏むのが見えた。ちょび髭にいたっては広間の石畳に頭から思いっきり寝そべっている。


 一体何がおきたのかと思っていると、いつの間にかすっかり暗くなった表から真っ黒な、そして襟元や袖に金の刺繍がある制服を着た男が進み出てきた。


 白髪、いや、もともと銀色の髪にわずかに混じる白髪のちょっと細身で長身の男性だった。腰に帯びた細身の刀、それを支える幅狭の深い黄金色の胴締。すべてが絵に描いたように似合っている。


 その全身からは八百屋の私でもはっきりと分かる、只者ではない何かを漂わせている。進み出た男の後ろからまぶしいくらいの銀色の甲冑をまとった一群の衛士達が、きれいな列を作って彼の後ろに続いていた。

 

 間違いない。内地から来たという衛士達だ。床に尻餅をついている太鼓腹や針金男なんかとは比較にならない本物感がある。


「何事だ! この主任徴税士、学連様(自分で自分に様ですか?)に無礼を働くとは!紫王弟殿下の臣に対して……」


 たんこぶでも作ったのか、額を抑えながらそう叫んで振り返ったちょび髭はそこで言葉を飲み込んだ。


「辺境伯領軍兵士長『良仙』だ。長をここへ」


 銀髪の男は、ちょび髭を一瞥しただけで無視するとよく通る低い声で静かに名乗りを上げた。


 たたらを踏んだ姿勢でそのまま固まっていた強欲おばさんだったが、兵士長という言葉に反応したのか手にしたマ石をドレスの胸元に押し込む(そういう使い方ってありなんですね!)と、兵士長の元に駆け寄った。


「兵士長様、『追憶の森の結社』の監督官、歌月と申します。あいにく長はここを不在にしておりまして、代わりに私が……」


 だが男は強欲おばさんの言葉を途中で遮ると、再び口を開いた。


「下っ端には用はない。長をここへ」


 そして切れ長の目で、角灯(ランタン)に照らされた広間の中を一瞥した。


「ですから、結社長は……」


 強欲おばさんが男に向かって再び説明をすると、男はおばさんの肩を指で小さくついた。どこをどうしたものだか強欲おばさんは体勢を崩すと、床にしりもちをついて倒れた。


「下っ端には用がないと言っている。聞こえなかったか?」


 男は床に尻餅をついてあっけにとられている強欲おばさんに向かって静かに告げた。


「おい」


 その次の瞬間だった。「ヒュン!」という風を切る音が聞こえたかと思ったら、おばさんの前に出ようとしていた眼帯男の首から鮮血がまるで噴水のように飛び散っていた。


 そして瞬きをする間もなく、その隣で腰の短刀に手をやろうとしてた眼帯男の仲間の首がおかしな角度に傾いているのが見えた。


「見るな」


 白蓮の手が私の目をふさいだ。「ドスン!」という床に何かが落ちる音。そして「バタン!」と何かが倒れる音が響いた。


「マナ使い風情が、軍人をなめるんじゃない」


 耳に聞こえる男の声は恐ろしいほどに冷静だった。そしておばさんの「ひっ」という短い悲鳴が聞こえた。いったい何が!?


 八百屋だけど私だって冒険者「山櫂」の娘だ。ここで目をつぶっていても何にもならない。私は度胸を決めると、白蓮の手を振り払って広間の先で何が起こっているのかを自分の目で確かめた。


 床に転がる二つの黒い革鎧の男達。一人はあの眼帯男だ。まだ息があるのか首を抑えて体をぴくぴくと震わせている。


 胸元の辺りに何か酸っぱいものがこみ上げて来たが、何とかそれを抑え込んだ。もう一人の倒れている男の体は向こう側に倒れていて、ありがたいことにその体がどうなっているかは私のところからはよく見えなかった。


 気が付けば、兵士長の後ろに控えている衛士達はいつの間にか抜刀しており、みな剣を手にして前にいる者達に向かって構えている。


 扉のすこし陰になる横の方では、世恋さんがなにかしきりに動こうとしている黒い物体の口のあたりを抑えていた。世恋さん見事なお仕事です。


 ここで「おもかろい」とか言い始めたら、百夜ちゃんの首もあの男と同じになるやもしれない。


「腕が落ちたな」


 血糊がついた剣を掲げて、じっと見つめていた銀髪の男は後ろに控えていた衛士の一人にそうつぶやくと、細身の剣を軽く振った。剣から飛んだ血糊がちょび髭の服に赤黒い線を描く。


 彼が話しかけていた衛士が進み出て銀髪の男に新しい剣を差し出した。彼は自分の剣をその剣に持ち替えると強欲おばさんの前に進み出た。


「もう一度だけ聞く。長はどこだ?」


 彼女は何かを言おうとしているらしいが、突然の事に、声を絞り出すことができないでいるらしい。兵士長の剣がおばさんの前へとゆっくりと動いていった。


「しばしお待ちを、兵士長殿」


 床に座り込んだままの私と白蓮の横から声が響いた。


「目の前で娘が死ぬのを見るのは、親としては少し世知がないものがありまして。申し遅れました。当結社の長、『月令(げつれい)』と申します」


 えつ、この人が結社の長!この小柄なおじさん(おじいさん?)って確か、ここに来た時に長柄付きの雑巾で床を拭いていた人ですよね?


 私は白蓮の方を向くと、「これどういう事?」という表情で彼に答えを求めた。


「知らなかったな……」


 となりのお調子者もびっくりした顔をしている。


「白蓮、あんた二年もここに通っているよね!」


「ずっと、歌月さんが仕切っているのを見てるだけだったからな。結社長って単なる名誉職で、町のお偉いさんが名前だけ貸しているのかと思っていた」


 私と白蓮が小声でこんなやり取りをしている間にも、ずっと影が薄かったらしい長のおじさん(多分)が、兵士長の前に進み出て膝を折っていた。


「娘の教育がなっていないな」


「ご無礼申し訳ありません。一人娘にて甘やかしすぎました」


 結社の長は歌月さん(ちょっとかわいそうになってきたので、歌月さんに戻してあげます)のお父さん? 床を拭いていたちょっと小柄なおじさんは、歌月さんの方をちらりと見るとそう語った。


「辺境伯領主、紫王弟殿下からのご命令を伝える。本結社の構成員全ては本日、今をもって辺境伯領軍に編入。明朝より行動を共にする。槍を持てる者全員。例外は無しだ」


 兵士長は結社長に向かってそう宣言すると、閑散とした受付広間を見渡した。さらに両手をあげて床にひれ伏している眼帯男の仲間達を一瞥すると、結社長に向かって告げた。


「どうやらほとんど出払っているようだな。構成員とその家族、関係者の名簿を差し出せ。家族、関係者を含めて全員を明朝、日の出前に本庁舎前の広場に整列させろ。構成員の確認はお前の娘にやらせる。お前の娘は顔だけは広そうだ。適役だろう」


 結社の長は、深々と頭を下げると兵士長に、


「ご命令のままに」


と答えた。そして歌月さんの方を振り返ると、


「確かに、私はお前を甘やかせすぎた」


 と告げて、床にしりもちをついていた歌月さんに向かってパンと平手打ちを放った。広間に歌月さんのすすり泣く声がひびく。


 歌月さんは、私達にとっては悪人だとは思うけど、本当にかわいそうになってきた。思い返せば父が私をぶったのは一回きりだ。


 自分がいかに勇気があるかを示すために、男の子たちの前で倉庫街の資材置き場の塀の上を渡っていて落ちたときの事だった。


 下にはむき出しの資材があって、少しの切り傷程度で済んだのはまさに不幸中の幸いとしか言えなかった。今でもその時の傷は私の背中に残っている。


 その時、倉庫街の男たちに運ばれてきた私は出迎えた父に向って、こんな傷なんて何でもないと強がりを言った時だ。


 父は「勇気と無謀とは違うものだ」と言って私に平手打ちをくれた後。驚きのあまり鳴き声も上げられなかった私に「すまない」といってそっと抱きしめてくれた。私は父の腕の中で大声をあげて泣きじゃくった。


 今にして思えば母がいなくて父も店で忙しく、十分に相手をしてやれない私のことを不憫に思ってその言葉をかけてくれたのだと思う。


 母がいなくて父も不在が多かったので、他の家の女の子達が兄弟の世話や母親の手伝いをしている時、私は冒険者にあこがれる男の子達に交じって外で遊んでいる子だった。


 なのでそれを決して寂しいことだと思ったことは無かったのだけど。


 結社長と歌月さんのやり取りを見て、父との幼い頃の思い出にぼんやりしていた私の横を、後ろ手に剣を持った兵士長が、かつかつと長軍靴の音をたてて通り過ぎて行った。もちろん彼は私と白蓮なんかには一瞥もしない。


「ここにいるものは、明朝の集合の手配に関わるもの以外、現時点から軍と行動を共にしてもらう。そこのマナ使い。おまえもだ」


 そう言って兵士長は奥の席に座ったままだった旋風卿の方を見据えた。旋風卿はゆっくりと立ちあがると兵士長に向かって頭を下げた。


「アル・マインと申します。このような場所で、かの高名な銀狼将軍閣下の拝謁を賜るとは、僭越至極にございます」


「マイン? 高の国(こうのくに)の者か?」


 兵士長はちょっと何かを思い出したような表情をしながら旋風卿に問いただした。


「左様でございます閣下。もっともだいぶ昔に祖国を離れまして、今は『嘆きの森の城砦』にてそちらにおります兄弟姉妹と共に、一介の冒険者を生業とさせて頂いております」


 旋風卿は兵士長にそう告げると私達の方を指さした。閣下? 将軍? このかっこいいけどものすごく怖い方は、そんなに偉い人なんですか?


 兵士長は入り口の横にいて、いまだにもごもごやっている百夜ちゃんの口を押さえている世恋さんを一瞥すると、


「確かにあの者を見る限り、マイン家の血筋のものというのは本当のように思えるな? かくして貴公は?」


 旋風卿はかすかに笑いを浮かべると、首を横に振りながら、


「かの者は日陰の身ではありますが、私よりよほど一族の血筋をよく引いているようです。私は一族のはみ出し者にて、今はマインの名よりは「旋風卿」という二つ名の方が世間の通りが良いようでございます」


「旋風卿? 貴公はマイン家の槍使いか?」


「祖国におりました頃、末席ではございますが、とある戦場にて閣下の尊顔を拝謁する栄誉を賜りました」


 兵士長の顔に何やら納得したような表情が浮かんだ。


「貴公、閣下というのはやめてもらいたい。私は辺境伯領軍兵士長の職で今は閣下と呼ばれる身ではない」


「これは大変失礼いたしました。はじめてお会いした時の栄誉が忘れられなくて申し訳ございません」


 私にはまったく理解できない謎の言葉のやりとりだが、二人の話を聞く限り、旋風卿ってもしかしたらものすごくいいところの坊ちゃんなんですかね? 確かに世恋さんをみたらめちゃくちゃ納得です。


「銀狼将軍? 高の国?」


 私の隣では白蓮が何か考え事でもあるのか、やりとりに出てきた単語をむにゃむにゃとつぶやいている。


「旋風卿だったかな? マイン家のものだろうが、なんだろうが例外は無しだ。貴公にも我々の指揮下にはいって、王弟殿下のために働いてもらう。妹殿は貴公が心置きなく戦えるように我々の元で保護させていただこう」


「兵士長、一つだけ」


「妹達は、間違いなく保護されると理解してよろしいでしょうか?」


 兵士長はもう一度世恋さんの方を振り返ると、旋風卿に向って答えた。


「貴公の協力と王弟殿下の御心次第だな。一時(10分)後にここを立つ。準備して表に集合しろ、以上だ」


 兵士長は旋風卿の方を振り返ることもなくそう言い放つと、名簿を持った結社長の元へと颯爽と歩いていった。


 こんな怖い人でなかったらすごくかっこいいのに。旋風卿は兵士長が結社長の方へ向かうのを見ながら、私たちの前まで歩いてきた。


「やはり出発することになりましたね。何でも良いから胃に入れて、お手洗いは今のうちに行っておいてください。あといついけるか分からないですからね」


 どこかで聞いたのと同じ台詞です。どうもこの人は、本当に世恋さんのお兄さんみたいですね。全く似ていないですけど、言っていることが同じです。そして私を見ながら最後にこう一言付け加えた。


「あと、着替えとか顔を洗うのはやめておいた方がいいかもしれませんなあ?」


 そう言うと、彼は泥で薄汚れた私の姿をじろりと見た。ちょっと待ってくださいお兄さん!


 最後の台詞は、一体どういう意味なんでしょうか!?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ストーリー展開が早く、そして人物の登場シーンがインパクトがありとても良いと感じました [一言] なかなか読む時間が取れず拝見できませんが、引き続き読ませていただきます、小生も若輩ながら書き…
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