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組手

「次は、実季(みき)に風華」


 理朝教官が私達に宣言する。なんかとっても怖い感じの実季さんですが、これが彼女のやり方なんでしょうか? 『てへ』とか笑ったら本当に殺されそうなので、こちらも少しは真面目な顔をしてお辞儀をします。


 頭の中では一応、世恋さんから教えてもらった組手に関するあれやこれやを思い出しますが、基本は自分より大きな相手を対象としているので、さほど私と背が変わらない実季さんだといまいちピンときません。足をねらって倒していくのがいいのかな? 足の甲を踏むのは打撃になっちゃうかな? 抑えるなら大丈夫か?


 こちらから仕掛けられるとは思えない。間合いを少し遠めにとってとりあえずは腰を低く落とし、相手の動きを見よう。


 そう思ってすこし距離を取った瞬間に実季さんの体が消えた。違う、床に手をついて回って一気に間合いを詰めたんだ。横に逃げて距離をと思った瞬間には私の体は彼女の足払いで床に倒されていた。


 仰向けになった私の体が彼女の足で抑えられた。彼女の左足が私の首に食い込む。まずい倒れた時に顎を引くのを忘れていた。足の下に顎を差し込まないと息ができない。


 だが実季さんが私の右手を奪った。だめだ。これを持っていかれたらもう負けだ。左手で必死に右手が倒れるのを防ごうとするが、体重をかけて引く彼女の力の方が強い。


 体重は彼女の方が少し軽いはず。ともかく足を、体を動かして隙間を作って逃げないと。食い込んだ足の重みに喉がつぶされる。まずい。本当に息ができない。これじゃ、声を上げることも相手の体を叩くこともできない。体が息をもとめて悲鳴をあげている。


「そこまで」


 どこか遠くで声がした。だけど私を抑えこむ力はゆるまない。頭は何も考えられない。右手から左手が剥がされた。右腕の腱に激痛が走る。


 だがそこで実季さんの体から急に力が抜けた。技を解いたと言うのではない。全ての力が抜けてまるで砂袋か何かが私の体にただ乗っているみたいだ。誰かが私の喉から彼女の足をどかしてくれた。


「風華、風華。大丈夫か?」


 才雅君がまだ意識がはっきりとしない私を心配そうに覗き込む。一体何がおきたのだろう。私の体から離された実季さんはぴくりとも動かない。えっ、私は痛みで言う事を聞かない右腕を必死に動かして体を起こすと、実季さんの体ににじりよった。


「実季さん!」


 つぶれた喉から何とか声を絞り出す。体は全く動かなかったが、視線だけこちらにかすかに動いた。良かった意識はある。


「教官!」


 美亜さんは、冷たい視線でこちらを見ているだけだ。何なの、緊急事態でしょうが!


「誰か!」


 手伝い役の人、二人が彼女の手足を持って壁際の長椅子まで運んだ。


「お医者さんを!」


「静かにしなさい。数時(15~30分)もすれば動けるようになります」


 美亜さんが冷たく言い放った。これって関門の時と同じだ。あれは、私達を捉えたのは美亜さんだったんだ。


「規則違反で、実季の失格。風華の勝ち」


 理朝教官がやれやれという表情で告げた。


「失格? 私の勝ち」


「恥さらしが……」


 倫人さんが低くつぶやく声が聞こえた。それはちょっと違うんじゃない。彼女を心配しろ、いたわってやれ!


「風華、動けるか?」


 私は、才雅君に肩を貸してもらってやっと横に降りた。頭の中は未だに混乱している。


「あの子は、教官からの指示を無視しちゃったからね」


 朋治君が私の疑問に答えてくれた。


「それより右腕は大丈夫。冷やさないと腫れるかもしれない。ここに誰か氷室使いとかはいるかな?」


 研修所の職員の人が冷えた布と、なにやら緑のとてもつーんと来る匂いがするものを腕に塗ってくれた。それに生活技術程度の氷室なら私にも使える。今は痛みもあるが、同時に感覚が無い感じもする。確かに冷やしておかないとあとで腫れそうだ。後のマナ酔いは……耐えよう。


 実季さんの体は試合場の反対側の長椅子でぴくりとも動かず横たわっている。職員の誰かが気をきかせたのだろうか? その目の上には折りたたまれた布が被せられていた。実季さんの方が圧倒的に力が上だった。というか私は土俵にも乗れていなかった。


 なんだろう。この後味の悪さは。倒されて腕を持っていかれた時点で、降参しておけば良かった。


「次、比沙美(ひさみ)に百夜」


 比沙美さんが相当にいやそうな顔で、百夜はすごく面倒くさそうな顔をして板の上に上がった。少しはまじめにやれ黒娘。


「妹さんが勝てば、引き分けだね」


 あ、そうだ。引き分けだ。私の勝ちという奴は勝ちに数えて良いものか考えるが、引き分けになれば監督官様から夕飯のおごりがある。それに湖畔で百夜は、あの旋風卿を床に倒してみせたじゃないですか? これは期待が持てるぞ!


「あれ!」


 朋治君が素っ頓狂な声を上げた。周りもあっけにとられて見てる。おい、黒娘!お前なにやってんだ!


 百夜は無造作に比沙美さんに近寄ると、ちょっと引き気味の比沙美さんの頭を手で二回軽く叩いて、さっさとこちらへと引き上げて来た。


「ちょっと、あんた何してんの!」


「面倒だ。それに腹が減る。二回たたけばそれで終わりだろう」


「比沙美の勝ち」


 手で頭を押さえた美亜教官が宣言した。ここまでみんなでがんばったというのに、なんだそれ。お尻を叩くぐらいでは許さん。誰だ邪魔をするのは!


「まあ、まあ、妹さんは子供だから最初から不戦敗でいいと思っていたし」


 朋治君が百夜にせっかんしてやろうと思った私を羽交い絞めにしている。皆さん見かけに騙されてはいけませんよ。こんな事を許したらただでさえねじ曲がっている根性がもっとねじ曲がります。


「子供だから怖いのはしょうがないよな」


 才雅、お前も見かけに騙されている口か? 普段のでかい態度はどうした?


「この黒娘、お前が勝ったら多門さんから夕飯おごってもらえたのに!!」


「なに!」


 百夜が左目を大きく見開いて美亜さんを見た。悪い予感がする。朋治君、手を放してください。絶対に口を塞ぐべきです。


「おい、そこの『つんつん女』。さっきのは無しだ。もう一回やるぞ」


「多門さん? つんつん女?」


 美亜さんが少し、いやかなり怖い顔をしてこちらを見ています。


 黒娘!あんた本当に何してくれてるの!?

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