対抗戦
対抗戦というのは組同士で優越を競うものらしい。
色々種目はあるのだろうけど、今回は投擲に組手ということになった。というか、それ以外では私達では試合自体が成立しなくなるという事でこの二種目になったのだと思う。
相手は理朝さんが教官を務めている組で初日に私達のところまでわざわざ挨拶に来てくれた倫人さんの組だ。
という訳で、我々美亜組と理朝組が午後に初日に受講式を行った広間に集められた。
まあ正直なところ、普通に城砦まで来れる人達を相手に私達では勝負になるとは思えないが、少しは頑張らないと後で美亜さんにどんな罰を言われるか分からない。それに負けなかったら、監督官様がなんでも好きなものをおごってくれると言ってくれましたので少しはやる気もでました。
それに私の投擲だって初日から比べたら少しは上達したような気がします。肩と腕はそれはもうぱんぱんですけどね。今は腕立てが一回か二回で「全部あてられるようになったかな?」という感じです。
男性陣は大分頑張っています。少なくとも持久走は私よりは大分ましになった気がします。でも持久走ですからね、対抗戦の役には立ちません。
「今回はマナを使うのは禁止だ。そこのちび、お前は本当に必殺とか使っていないんだろうね?」
審判役として、私達の横に立った理朝さんが百夜に聞いた。
「おい、赤娘。こいつは何を言っている? 我には分からんぞ?」
「ずるしてないか聞いているんです」
「ずるだと!我がこんなものを投げるのにずるするとか言っているのか?」
理朝さん、これ以上は何も言わないでさっさと始めた方がいいです。
「では、はじめ!」
各組から一人ずつ二人で的に投げていく。順番はくじで決められた。一番手は私だ。十本投げてどちらが多く当てるかを競う。私の相手は、海也さんだ。なんだろう。いつもの的じゃなないですね。
横にした棒にたくさん的が、それも大分小さい的がぶら下がっている竿が向こうに二つ置かれる。後ろには壁にあたって跳ね返らないように柔らかい樹皮を張った木の板が敷き詰められた。
『え!』
これ、揺らすんですか? ぶら下がった的がそれを支える人によって前後左右に動かされます。もしかしてこれに当てろって言っています? 今までは止まっていた的でしたよね? 的同士がぶつかったりしてますよ。それに動かし方こちらの方が激しくないですか? ぶつかるどころか絡まってますけど。
私は壇上でこちらを見ている美亜さんをふり返った。美亜さんと言えば顎で私にさっさっとやれと合図を送って来ただけだ。いくら何でもこうするぐらいは事前に説明してくれても良くありません?
横の海也さんはと言えば特に表情は変わらない。もしかしてこの人達は普段からこれで練習してたんですか? ずるくないですか?
「風華さんがんばれ!」
後ろから朋治君の声援が飛びます。そうですね。ここは一番手として頑張らねばなりません。動こうが止まってようが的は的です。それに旧街道では私だって少しは狩をしたんです。相手は野兎と野鼠ですけどね。
隣は気にせずに、私は的がとりえず野鼠だと思うことにした。そう思えばあいつらの素早さに比べれば、この的の動きなど大したことは無いような気がしてきた。それに野鼠と違ってすぐに隠れてしまう訳じゃない。的を追うのではなく動いた後の的に小刀が刺さっているのを頭に描いて投げる。
コン!
軽い音を立てて的の端に当たりました!
止まっている的のようにドンとはいきませんが。ただ端に当たったので、大きく揺れて他の的をかき乱してしまいました。
「やったな風華!」
才雅君の声も聞こえます。見たか我の腕を。ちょっとだけ気分は百夜です。
「あと45砂(45秒)」
しまった制限時間があったんだ。手刀のバランスを見ながら投げていく。はずれ、はずれ、あせるな風華。時間を気にするな。的だけに集中するんだ。
「あと30砂(30秒)」
あたり、あたり、はずれ
呼吸と投げる動作がずれている。
「あと15砂(15秒)」
あたり、あたり、はずれ
上半身だけで的を追っている。最後だ。集中しろ他の的の動きも考えて投げるんだ。
あたり!
はあ、6本か。いきなり動く的をやらされたにしてはまあまあじゃないでしょうか? 緊張が一気に抜けたせいか体が重い。
「8対6で海也」
その声に隣の海也さんが壇上の理朝さんと美亜さん、それに私に礼をした。慌てて私も壇上の二人と海也さんに礼をする。負けたか。うん、しょうがない。これに8本当てた相手がすごかった。
「風華さん、惜しかったね」
「でも、これってないよな? 俺達、こんなの練習してないぞ」
才雅君が壇上の美亜さんを恨めしそうに見る。止めといたほうがいいぞ。負けた時の罰が重くなるだけです。
次は、空也さんと百夜だが、少々動いたぐらいで黒娘が動じる訳などなく、ずるとか言われたのに相当に腹を立てていたのか、両手に持った小刀で両端の的から当てていき、10砂(十秒)もかからず的に当てきった。空也さんは私と同じ六本。空也さん、これは相手が悪すぎです。
「これで、『ずる』ではないことが分かっただろ」
いやもっとまじめに投げた方が、『ずる』に見えないと思うけど……。こ奴は意外とこだわっているな。そう言えば弥勒さんとよろこんで賽を振って遊んでいたから遊戯好きなのかも。今度、何かで使えるかもしれないから猛獣使いとしては覚えておこう。
次は、才雅君と倫人さんだったが、才雅君、一本も当たらないとはどういうことだ。間違いなく君には美亜教官からのそれはそれは厳しい罰が降ってくるぞ。連帯責任とかになったら許さん。その時は私達に頭を地面にこすりつけて謝りなさい。
最後は朋治君の番で相手は、比沙美さんだった。これもしかして、うまくいけば引き分けに持ち込めませんか? 比沙美さんは典型的な外なるマナ使いでこの手は苦手のはず。まあ、百夜みたいに見かけと違ってとても上手という可能性もあるけど。
「がんばれ、朋治君!」
美亜教官からの無理難題な罰を阻止するんだ!
朋治君が私達に手を振って位置に着く。
「はじめ!」
理朝教官が開始の合図をした。
はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、はずれ、
二人とも全く当たる気配がない。これって一本当てたら勝ちってやつですか? まずい、比沙美さんが的にあてた。あれ、刺さらないで落ちました。これって無効ですよね。無効!
最後の一本!お願い!思わず目をつぶってしまった。
コン!
木に何かが刺さる軽やかな音がした。どっちだ!?
「うお~~!」
「やったな、朋治!」
朋治君偉い!これでここまでのところは、宿舎の周りを走らずにすみそうです。私と才雅君の差し出した手の平を朋治君が打っていきます。たった一本当たっただけで盛り上がれるとは……。美亜教官が額に手をあてて引いているような気がしますが、気のせいですよね?
「何て、体たらくだ!」
倫人さん、そんなに怒っちゃだめですよ。勝負は時の運です。マナ勝負なら私達は誰も比沙美さんの足元にも及びません。これは単に運の問題です。これまでの運の悪さには自信がありますから、きっと神様がその分をちょっぴり返してくれただけです。
それにこれは完全に私達の『ずる』ですから、気にすることないと思います。だって最初から私達でもなんとかなりそうなものだけで競っているんですから完全に美亜教官の陰謀です。なので恨むなら美亜教官を恨んでください。
「投擲は、2対2で引き分け。続いて組手を行う。それぞれの代表は私のところに来て籤をひくこと。今度は男性、女性でそれぞれ籤を引く」
よかったです。流石に男性は男性、女性は女性でやってもらえるみたいです。男性なんか相手に組手なんて事になったらお嫁に行けなくなります。だって胸とか触られちゃいますよ。あれ白蓮、お前世恋さんから組手教わってなかったか?
「では、大将よろしくお願いします」
男ども二人が私に頭を下げた。ちょっと大事な事を思い出そうとしているので邪魔してほしくないのですが……。それになんで私がこの対抗戦の大将なのかよく分かりません。まあ籤を引くくらいはどうってことないので引きにいきます。
なんか倫人さん、顔が怖いですよ。会った時のさわやかさはどこにいっちゃんたんですか? 対抗戦ですよ。別に命かけて森に潜るわけじゃないんですから楽しんで行きましょう。とりあえず愛想笑い。あれ、無視ですか? 乙女としてはちょっと傷つきます。
「組手は、最初は空也に、朋治。次が、倫人に才雅、実季に風華。最後が比沙美に百夜だ」
うんうん、最後の組が比沙美さんに百夜なのは怪我をしなさそうな組み合わせで良かった。
「基本的に組手のみ。頭、手、肘、膝、足での打撃は禁止だ。相手が『まいった』と言うか、体のどこかを二回叩いたらその時点で技は解くこと。また私か美亜教官が『そこまで』と言った場合も同様だ。これは技が決まった時だけではなく、勝負がつかないと我々が判断した時も含まれる。理解したか?」
先ほどの名前を読み上げられた人達が頷く。百夜、お前も入ってるんだぞ。そろそろ起きろ。
広間の中央の石畳に先ほど背後の壁に配置されていた樹皮を張った木の板が床にひかれていく。私達は短革靴を脱いでその板の周りに座って待機した。
「では空也と朋治、前へ」
空也さんと朋治君が前に出る。二人は挨拶して軽く右手を合わせた。その瞬間、ちょっと距離をとって下がろうとした空也さんの下半身に向けて頭を低くした朋治君が飛び込んだ。虚を突かれたのか空也さんが後ろに倒れそうになるが、右足を後ろに素早く引くと膝をついて朋治君の突進をつぶす。おしい!
空也さんは、自分の腰に手を回した朋治君の背から腹に手を回すとそれを力業で後ろへと投げた。投げられた朋治君が横に回って素早く立ち上がろうとしたが、空也さんの方が早かった。横に動いた朋治君の首を上から決めにかかる。朋治君が右手で空也さんの腕を二回叩いた。
あ~~、残念。最初に倒しに行ったときに倒しきれればきっと上を取れていたのに。でもちゃんと見せ場はあったよ朋治君。
「お疲れ様!最初はおしかったね」
このわずかな時間でも額に大汗を浮かべた朋治君が、私の言葉に少しはにかんだ笑顔で答えた。
「少しは作戦という奴を考えてみたんだけど相手が一枚上手だった。やっぱり基本が出来ているやつは違うな。僕ももっとがんばらないと」
うんうん、たとえ負けても次を考えることはいい事です。
「もう一度やれたら、きっと今度は朋治さんが勝てますよ」
「なさけないな、朋治。手本という奴を見せてやるよ」
お前は朋治君の爪の垢を煎じて飲んで謙虚さというのを学んだ方がいいぞ。でも同じ組だ。応援だけはしてやる。
「才雅さんも頑張ってね!」
「おお!」
君は単純な人ですね。
「町娘に応援されたぐらいでいい気になるなよ」
倫人さん、機嫌が悪いのは分かりますけど、心の声が漏れていますよ。
「おい、うちの大将になんて口をきいてくれてるんだ?」
才雅君、その程度の挑発に乗るなんて君は本当に単純な人間ですね。旋風卿というマ者の爪の垢を煎じて飲むといいかもしれません。多分、お腹壊しますけど。
「挨拶だ!」
ほらほら、怒られちゃいましたよ。
「はじめ!」
倫人さんは、さっきの朋治君のような突進を警戒したのか足を少し引いて腕をだして構えた。才雅君はその手に手を合わせて組に行く。背は倫人さんの方が高いが体重的には同じくらいなので、力勝負にいくつもりだろうか?
力勝負を受けるつもりか倫人さんが右手も合わせに行く。才雅君はその動きに合わせたかのように左手をとって倫人さんに背を向けて中に入ると、深くお辞儀をするように体を前に傾けた。倫人さんが後ろに引いた右足で後ろに残そうとしたが、才雅君が最後は膝をつくように強引に投げた。
大きな音を立てて倫人さんの体が板の上に天井を向いて投げ出される。才雅君がその上半身を抑えに行こうとしたが、倫人さんは体をひねると頭を抜いて素早く立ち上がってしまった。頭を抜く時に床とすれたのか顔が少し赤くなっている。
お前ちょっと見直したぞ。
「才雅!」
私の横の朋治君が叫ぶ。倫人さんは才雅君が構える間もなく、さっきの朋治君の逆で、下半身へ組ついたかと思ったら彼をあっけなく後ろに倒してしまった。さっきはきっと才雅君の事を少しなめていたのかもしれない。そのまま腕を決めにかかった。
「そこまで!」
才雅君が何かする前に、理朝教官から声がかかった。さすがです教官。きっと決められていたら何か怪我をしていたと思います。
「ちくしょう!最初はこっちをなめてやがったな」
「最後は本気にしましたよ。今度は最初から本気にさせてやりましょう」
「そうだな」
才雅君はそう言うと布で顔の汗を拭きだした。男の子ですね。悔しがることは大事です。でも次はどうやったら倒せるかも考えましょう。
次は私の番だ。立ち上がって体の筋肉を伸ばす。でもこの運動服なるもので組手しなくちゃだめですか? かなり恥ずかしいのですけど……。おい男ども準備体操中の私をがん見するんじゃない。
「よろしくお願いします」
あれ実季さん、私の事をめちゃくちゃ睨んでますね。私、何かあなたにしました? 記憶にないんですけど……。




