猛獣使い
翌日から始まった研修というのはどうも体力試験のようなもので、それはそれはもうえらい目に会っています。何でしょう、運動服なるどう考えてもおじさんたちが目の保養の為に考えたとしか思えない、お尻だけを覆う綿の細履きのようなものに、袖がない綿の上着だけを肌着の上に着て中庭の周囲を走らされています。
『なんですかこれ!?』
こんな屈辱的な服を着させらえてしかも走らされるんですよ? いくら私の胸が歌月さんよりはるかに少なく世恋さんより劣っているとはいえ、私の胸だってこれ着て走れば揺れるぐらいします。
こんな辱めを受けるくらいなら、湖畔でお化けになっていた方がましだったのではないかと思えるぐらいです。
どうしてみんなこんなもの黙って着ているんですか? ちょっといかがわしい感じの酒場の娘だってもっとましな服を着ていると思いますよ。あっちはせいぜい胸元を強調するぐらいです。足なんか出しません。私の足が太いのがばれるじゃないですか!
白蓮がいなくて少しさびしいな、なんて昨日は思っていましたが、白蓮がいたら目隠をして後ろ手に縛って転がさないといけません。
これを着た百夜はかわいくなるというより、不気味さ百倍という感じです。しかも走るのではなく、中庭の外周にうつぶせに倒れこんでいます。みんな走り疲れたと思っているでしょう?
そんなことないですよ!単に寝ているんだと思います。
もうふらふらの私の横を皆さんが何回目になるのかもう分からないくらい追い抜いていきます。こっち毎朝荷車を押して仕入れやら行商に回っていましたから、体力には少しは自信があったのですが、やっぱり男性の冒険者はぜんぜん違います。
あっ、例外もあります。あのちょっと頼りない二人組は最初こそ元気でしたが、今は私と大して変わりません。もう息も絶え絶えになりながら回っています。比沙美さんも私と大して変わりませんというか、一回ほど抜かさせていただきました。
「風華さん、あと10周ね」
なんとか一回りする度に美亜さんが残り周回を教えてくれますが、どうも一向に減る気がしません。こんな目にあうならもう少し朝ごはんの量を減らせばよかった。今までの食事がひどかった分、どうしても取り過ぎてしまいます。だって白麺麭食べ放題なんですよ!百夜がすぐに寝るはずです。
もうこれ以上走ったら死ぬというところでやっと終了と相成りました。百夜は中庭の向こうで倒れたままです。もう存在自体が忘れ去られていると思います。さすがにこの季節でも汗だくです。これって汗で濡れるとちょっと透けませんか? もう勘弁してください。
多分私達は単に美亜さんにしごかれているだけのような気がしますが、他の人達はかなり真剣です。何かさせられるたびに、教官役が何やら紙にすべて記録しています。つまりこれは訓練なんかじゃなく、全て試験のようです。皆さん本当にお疲れ様です。
私的には、もう城砦の見学も一通り終わったような気がしますし、速攻で落としていただいて、好きな結社に行っていいと言ってもらった方がこちらとしてはすごくありがたいんですけど、駄目ですかね?
他の人達は持久走の後に全力疾走を連続で走らされるという鬼のような事をさせられています。実季さんとか私以外の女性も男性に交じってやらされているんだから本当にすごい人達です。
美亜さんも流石にこれを連続して私達にやらせるのは無理と思ったのか、小刀を入れた籠を持って無表情にこちらにやってきました。
「あなた達がどれだけ体力がないのかはよく分かりました。毎朝宿舎の周りを二十周です。配膳係を監視に着けます。走らなかったら朝食は抜きです」
美亜さん、本気で言っています? 百夜に食べられますよ? 私が頑張って白麺麭ちょろまかせばなんとかなるかな? そうしないとこっちが百夜に食べられそう。
「風華さんは、投擲は少しは自信があると言ってましたよね?」
「はい、ちょっとだけなら……」
「こちらを、ここからあの的に向かって投げてください。全部真ん中の丸に当てきるまでお昼は抜きです」
美亜さんって、やっぱり私に何か恨みとかありますよね? 尋問の時に多門さんを殴った以外は特に思い当たることはないんですけど?
「では、はじめてください」
ここからですか? 結構、距離ありますけど、外したら取りにいかないとだめなんですよね? とりあえず、籠から取って投げてみる。
はずれ、はずれ、当たり、当たり。
うんうん、調子いいぞ。
「美亜教官!見てください。半分以上当たりましたよ」
「良かったですね。風華さん。私は全部当たるまでと言いました。意味が分かっていますか? 連続して十本当てるまでです。途中で外したからといってすぐに開始ではありません。外れの本数だけ腕立て伏せをしてもらいます」
この人、鬼だ。
「では10本中4本外したから腕立て4回です」
とりあえず小刀を回収して腕立てふせをなんとか、なんとか、こなします。もう腕がぷるぷるですよ。腕立てなんてしたらぜんぜん投げられないじゃないですか?
これって無理です。絶対無理です。おい、そこの二人組。お前達なんて一本も当たってないじゃないか? 永遠に腕立てするつもりか?
「これ全部を連続して的に当てたら私達はお昼ということですよね?」
「そうです。それまでは一切何も与えませんからそのつもりで……」
分かりました。私が猛獣使いとしてお役に立てることを皆さんにお見せしましょう。
「黒娘。これ全部的に当てたらお昼ご飯だよ~~~」
中庭のはるか向こうで何かがむくりと起き上がったかと思うと、すごい速さでこちらに向かって来た。それは距離が二倍以上あったにも関わらず、全力疾走組を追い越してあっという間に私の目の前に現れた。
「これを、全部あの的に当てたらお昼ご飯です」
その黒い何かは、私が差し出した籠の中から小刀を取り出すと的に向かって無造作に投げていく。的にあたるドンという音が辺りに響き、その連続した音はまるで太鼓を激しく叩いているみたいに聞こえてきた。途中からはめんどくさくなったのか右手と左手の両方を使って投げ始める。
バキ!
百夜が30本強ほど投げた時、的が大きな音を立てて二つに割れると地面へと落ちた。全力疾走組もあっけにとられてこちらを見ている。美亜教官も固まっている。百夜は手にした小刀を左手でふりふりさせながらこちらを振り向くと、
「これでいいか? さっさと餌をよこせ」
と右手を差し出した。
どうです? 私だって猛獣使いとしては役にたちませんか?




