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前途多難

 お昼を食べた後、私達は美亜さんに引き連れられて研修所に向かった。そこは冒険者がここでやっていけるかどうかの試験のようなものを受けて、城砦でのお約束や他の森では見られないようなマ者についての知識や実践練習を受けたりするところらしい。


 行ってみたら私達がいま住まわせてもらっている宿舎のすぐ近くだった。要するに私達がいる宿舎というのはこの研修所にいる人達向けという事なんですね。


 個人的にはその中~上級者向け以前の『冒険者とは?』とか『手信号の基礎』とかから教えてもらう事はできないのかすごく気になっています。なにせ基本が何も出来ていません。このまま森に入れとか言われたら、一亥と持たないでマ者の餌になる自信があります。


「ちょうど今日から始まる研修組がいるので、その人たちと一緒に研修を受けてもらいます」


 あの、できれば別枠で初級とかからはじめていただきたいのですが?


「報告書は全く空白だったけど、あなた達、マナとか何か冒険者としての技はあるの?」


「マナですか? 一応種火をつけたり簡単な浄化の力ぐらいは使えますが、そのぐらいです」


「それは……力とは呼べませんね。他には?」


 うっ……そうですよね。すいません。それに美亜さん顔色が……。


「一応、小刀の投げ方については世恋さんに教えてもらいました? あと簡単な手信号ぐらいですか?」


「そっ、それは基本中の基本です」


 うっ、うっ……そうですよね。美亜さん、思いっきり引いてますよね……。


「ここでは、そのような基本を教える教官はいません。自習してください」


 やっぱり、初心者向けとかないんですね。どうしようかな。白蓮は無理そうだし、世恋さんとか私につきあってくれる時間あるかな? なかったらもう未来永劫落ちこぼれ確定だ。それにこれって命かかっていますよね? まずいです。マ者の餌確定です。


「その子供は?」


 よくぞ聞いてくれました。大丈夫です美亜さん。私が役に立たない分、この便利娘が頑張ります。どうか私はこの『百夜使い』ということで見逃してください。


「百夜は、大丈夫です」


「我の得意は、『鳥もどき』の焼き鳥だな」


 おい、お前は私の猛獣なのだから黙っていろ。話がややこしくなるだろうが……。


「『鳥もどき』?」


あれ、本当の名前なんだっけ……思い出せない?


「百夜、『鳥もどき』って本当の名前なんだっけ?」


「知るか!『鳥もどき』は『鳥もどき』だろ。それにそう呼んだのは赤娘、お前だ」


「あの、目が大きくてですね……泣き声が……」


「もう結構です。研修所に着きます。静かにしてください」


 百夜、まずいです。とってもまずいです。美亜さんが暗い顔して額に手を当てている。これって多門さんと同じ反応だよね。今、見捨てられたら本当に困る。


 その後無言(本当にまずいです)になった美亜さんの後について、私達は研修所の門をくぐった。なんか貴族とかお偉いさんとか、大店の子供とかが行くという『学校』とかいう感じなのだろうか? 結構大きな建物だった。


 建物に囲まれて広い中庭があって、剣の訓練とかに使うのだろうか? 太い丸太でできた案山子のようなものとか、浅く広く水を張った池なんかもある。昼過ぎだからだろうか? 今はそこに人の気配はない。


 私達は美亜さんについて、建物の渡り廊下を進んでいく。途中ですれ違う人が美亜さんを見て軽いお辞儀のようなものをしている。美亜さんって結構有名人なんだろうか? 多門さんも行った先でみんな顔見知りみたいだったから美亜さんもきっと顔が広いんだろう。なにせ美人だし。


 美亜さんと言えばそれに合わせて頭を下げるでなく、手を挙げるでなく、一顧だにせずに奥の建物へと向かって颯爽と歩いていく。正直こちらは小走りじゃないと追いつけません。それに一応は行きかう方々に頭を下げるぐらいはしないと後が怖いじゃないですか?


 百夜、なんで私に手を伸ばしている。お前を背負うつもりはないぞ。走れ。


 もうお辞儀したり、走ったり、百夜の背中を押したりしていたら、大きな扉の前で美亜さんの足がやっと止まった。助かりました。もう息が切れるどころじゃありません。この季節なのに汗だくです。


 扉を開けて中に入っていったので私達も後に続く。閉めないといけないかな? なんて考えていたら扉の脇に人がいて私達が入ったら閉めてくれた。とりあえず頭を下げて挨拶、挨拶。


「美亜、遅いよ。もう始めるとこだ」


「文句があるなら、文書で室長宛てに出してください」


 部屋の中の暗がりに目が慣れるとそこは大きな石畳の広間で、天井の明かり窓からの明かりが前方にある一段高い壇になっているところを照らしていた。


 広間にはすでに20人近い人達がきれいな列を作っていて、後ろ手に手を組んで並んでいる。壇上には屈強そうな壮年の男の人と、美亜さんと年がそう変わらなそうな長く濃い栗毛の女性が立っていた。さっき美亜さんに声をかけた女性だ。何かの式の途中だったのだろうか?


「相変わらずね」


 女性が美亜さんに向かって両手をあげて見せると、壇上から降りて美亜さんの方に向かって歩いてきた。歩き方がかっこいい。私もいっぱしの冒険者なんてものになれたらこんな感じで歩けるのだろうか?


「今回は、大店の推薦が10に、自薦が5、その他が2、あんたのところを入れると4か」


「10? 今回はずいぶん多いのね」


「新種騒ぎがあって止まっていた分もまとめてだね。そちらはおっさんが担当するから、私達に面倒は特にかからない」


「ところで、私のところが4というのは何かの間違いでは? 2のはずよ」


「あんたのところで関門に査察を入れた方がいい。どういう訳か基準外が2、入って来た」


 そこで栗毛の女性が私達を一瞥すると、


「最近は基準に何か大変更でもあったのかい?」


 と美亜さんに聞いた。はい、私達が基準外なのは重々承知しております。でもみんなすごいな。後ろでこんなやり取りをしているのだけど微動だにしないで前を向いている。あれ、私達の前にいる二人はこちらを思いっきり見てますけど、いいんですか? 怒られますよ。


「それは私でなく大人の方々に聞いてください。それに、私は査察官補佐ではありません。特別監督官補佐です」


「ああ、多門さんと一緒に首……」


 栗毛の女性がそこまで言ってしまったという表情になった。


「何か言いたいことでも?」


 やっぱり美亜さん、少し怖いです。


「いや、何でもない。美亜の担当はその2も含めて4だ。この件は組頭にも話は通っているし多門特別監督官にも話は通してある」


「分かりました。室長が認めているなら何も問題はありません」


 美亜さんが私達の方をふり返った。


「駆け出しのみなさん、何をもたもたしているのです? 前方の二名の後ろに並びなさい。受講式です」


 百夜の手をとって、前の他から比べるとちょっと頼りなさげな男性の後ろについた。いつまでこっちを見てるんですか? 私の視線に気が付くと、二人は慌てて前を向いた。


「では、はじめようか。私が今回の皆の研修頭を担当する理朝(りあ)だ。皆が良き狩手であらんことを!」


 壇上に戻った栗毛の女性が宣言した。

  

「皆が良き狩手であらんことを!」


 列を作っていた人達が一斉に唱和する。私となぜか前の二人はちょっとずれて思いっきり目立ってしまった。


 もしかして、この立派そうな人達と一緒に受けるんですか? 初心者向けとかってやっぱりないんですね。百夜、勝手に列から出て行こうとするんじゃない。


 ああ、私の生まれて初めての学校らしきものは肉屋の娘の乙女話と違って、なんと前途多難なんだろう。

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