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強欲

「風華様、風華様。お休みのところすいませんが、起きていただけませんでしょうか?」


 誰かが私の体を揺らした。どちらかというと眠りにさそうような心地よい声がする。少なくとも白蓮のがさつな呼びかけではない。


「すみません。あまり時間がないので」


 正体不明の美しい声と共に誰かが再度私の体を揺らした。私のまぶたは全力で抵抗したがなんとか全集中(えっぱくりじゃないですよ!)の力で開けてみると、目の前には何やらとてつもなく美しいものが写っている。


 黄金色の髪と深く青い目をした、まるで生き人形のような超絶美少女だ。金髪の髪が背後にある角灯のものらしい黄色の光を受けて、黄金の粒を放っている。


 そうか、私はきっと大通りで矢に打たれて死んだのですね。その後のあまりの急展開は、私の走馬灯だったのでしょうか?


 なにせあまりに都合の良すぎる展開でしたもの。向かいの肉屋の娘から借りた本で似たような話でも読んだかな?


 でも白蓮はどうなったんだろう。彼だけでも生き延びていてくれるといいな。


 三軒隣の金物屋の息子は、「死後は何もない!ただの暗闇だ!」なんて言っていたけど、嘘です。ちゃんとありました。しかも私は日頃の善行のおかげか天国に行けたみたいです。なにせ女神様がお迎えに来てくれているんですから!


「起きられましたか? はじめまして」


 女神様が私に向かって頭を下げています。


「私は『アル・マイン』の妹で世恋(セレン)と申します。風華様、以後お見知りおきを」


 そう言うと、女神様は私に向かってにっこりとほほ笑んでくれた。でもちょっとおかしいですね。その名前には何故か聞き覚えがあるような気がします。


 「アル・マイン?」


 それは私の走馬灯の中に出てきたかなりごつい方の名前だったような気がします。もしかしてあの方も、神様か何かだったのでしょうか?


 私の想像とはだいぶ違いますが……。女神様はそんな私の思惑を知ってか知らずか、柔らかく暖かい手で私の日々の八百屋の労働にくたびれた手を引っ張ると、寝台から体を起こすのを手伝ってくれた。


 上体を起こして周りを見ると、足元の寝台の端に何やら得体のしれない黒い物体があった。黒い物体からは手のような枝のようなものが伸びていて、とある物に押し出されて寝台の端から落ちるのを敷布をつかんで必死に支えているように見えた。


 そしてその黒い物体を寝台の外においやろうとしているのは少しばかり太い何か、ちょっと太めの私の足だ。なんて恥ずかしい寝姿を女神様に見られてしまったのだろう。思わず耳の後ろが熱くなる。


「すみません。本当に時間がないんです。すぐに身支度を整えて出かける準備をしてください。おそらくここからすぐに移動することになると思います」


 女神さまから鈴の音のような声が聞こえた。だけどその声には焦りのような、緊張感のようなものが感じられた。人は遠いところ、あの世にいっても何かに追い立てられないといけないのだろうか?


「百夜様も、起きて頂けませんでしょうか?」


「なんだ、おもかろい妹か?」


 足もとの黒い何かがむくりと起き上がった。これは私の走馬灯の登場人物の一人だ。あれれ?


「はい、世恋と言います。以後お見知りおきを、百夜様」


 彼女は黒くくすんだ顔の上で、とても大きく見える充血気味の左目を女神さまに向けると小さく頷いて見せた。そして妙に血の色を思わせる赤い唇で女神様に問い掛けた。

  

「でかけるのか?」


「はい、一時(10分ぐらい)もないかと思います」


「分かった」


 黒い何か、百夜ちゃんはそう一言答えると、ひょいと寝台から飛び降りて半長靴らしきものをするりと履き、準備できたとばかりに女神様の方をふり返った。す……素早い。そして、


「いくか?」


 と女神様に告げた。


「あの~、お出かけの準備って何をすれば?」


 私は全く話についていけていない。そう言えば、彼女は何か名前を言っていたような気がする。そうだ「世恋」さんだ。それにあの大男の妹? 本当ですか? 絶対に血なんて繋がっていないですよね?


 女神様、もとい世恋さんは白磁のように白くて細く長い指を顎にあてて、しばし考えるような素振りを見せると私に告げた。


「そうですね、寒くないように上着と外套を着てください。それと水筒もあった方がいいかもしれません。あとお手洗いには先に行っておいた方がいいですね。いついけるか分からないですから」


 あっ、分かりました。私はやっぱりまだ生きているみたいですね。この方も女神様ではなくて「超絶美少女」なんですね。女神様にはお手洗いは不要ですしね(多分……)。


 しかも単なる「超絶美少女」ではない「ちょっと天然の入った超絶美少女」なんですね。なんて凶悪な……最強種です。


 私が廊下の端にあったお手洗いを見つけて戻ってくると、階下ではすでになにやら騒ぎが起こっているようだった。どこかで聞いたことがあるような声が閑散とした一階の広間に響き渡っている。


「辺境伯に赴任された紫王弟殿下は、恐れ多くも王国に逆らう辺境領内四子爵家に対して、国王陛下に代わって懲罰の軍を起こされることになった」


 階段の上から階下の声の主を見ると、そこにはどこかで見たような人影があった。あ、あれだ……昨日店に来たちょび髭の徴税士だ。


 今度は腹回りの緩い衛士に加えてもう一人、長身でかなり細身のまるで針金の様な衛士を従えて三人で入り口の扉の前に陣取っている。


 徴税士は片手に何やら装飾の入った紙を持ちあげると、握り拳を回しながら大声を張り上げていた。


「『追憶の森の結社』はこの辺境領の平和維持のため、そのすべての資産を辺境伯領に軍費として差し出すものとする」


 男は満足げに周りを見渡すと、装飾の入った紙を前へと突き出して、最後に、


()王弟殿下からの勅命である!」


 と叫んだ。その顔には恍惚の表情が浮かんでいる。たぶん決まったとでも思っているのだろう。


 もっとも聴衆は部屋の片隅の卓に陣取っていた表情の読めない大男、旋風卿と、白けた顔をした白蓮ぐらいしかいない。もちろん拍手喝采などといったものが彼らから上がる訳もない。


 いや違った。広間のどこからか小さな拍手が上がる。見ると紫の胸元が強調された、かなり色っぽい夜会服(ドレス)を着た歌月さんが受付の横からすっと現れて、ちょび髭の徴税士に対して妖艶にあいさつしてみせた。


 その姿はとても結社の人だとは思えないほど色っぽい姿だった。その大きな胸は開いた胸元から零れ落ちそうに見え、腰回りが強調された衣装を纏った大きなお尻には女の私でも目が奪われそうになる。


岳連(がくれん)様、結社までご足労いただきまして、ありがとうございます。『追憶の森の結社』は、紫王弟殿下のお役に立てますよう、あちらに居ります私達の兄弟姉妹を含め、微力ながらも可能な限りのご協力をここにお誓いいたします」


 そうちょび髭に答えると、歌月さんは階段にいた私達の方を振り返った。岳連様? ちょっと待って歌月さん、あなたはこのちょび髭の知り合い!?


「あれか?」


「はい岳連様」


 歌月さんが徴税士に向かって頷く。岳連と呼ばれた徴税士は背後の衛士達を振り返って、私達を連れてくるように命じた。ちょび髭の横で歌月さんが満足そうに微笑んでいる。


 野菜の仕入れ以外はとんと世間知らずの私でも、さすがにこれは分かりました。貧乏八百屋に徴税士なんかが現れて、しかも法外な金額をふっかけて来たのは偶然ではないという事ですね。


 歌月さん、あなたの差し金だったんですね!


 私を結社の一員にいれるのに反対だったのも、私が「こんないたいけな娘」なのではなくて話が面倒になるからだったんですね!


「歌月さん!」


 さすがにだまっていられなくなったのか、白蓮が椅子から飛び上がって歌月さんに詰め寄ろうとした。


「うっ」


 だが白蓮の口からは歌月さんに対する非難ではなく、小さく苦し気な声が漏れただけだった。白蓮の腹にはいつの間に現れたのか眼帯男の拳がめり込んでおり、その喉元には小刀が当てられていた。


「なんだ、つまらないやつらか」


 隣にいた百夜ちゃんがそれを見てぼそりとつぶやいた。


「白蓮。淑女への礼儀がなってないな」


 眼帯男が小刀を室内灯の明かりにきらめかせながら白蓮に向かって言い放った。いつの間に現れたのか、あの薄毛の男も含め、眼帯男の仲間達も歌月さんの背後に控えている。


玄下(げんか)、お前……」


 小刀を喉元に当てられた白蓮が絞り出すように眼帯男に向かって告げた。白蓮の言葉に眼帯男が肩をすくめて見せる。


「今日の俺たちの仕事は結社とその周辺の警備でね。警備役としては、歌月監督官に対する無礼を見過ごすわけにはいかないな」


 そう語るや否や眼帯男は白蓮に蹴りを放った。眼帯男の蹴りをまともに食らった白蓮の体が、広間の卓や椅子を巻き込みつつ派手に床に転がった。


 結社の警備? こいつらも歌月さんの一味という事!


 そうか、彼女は最初から私達がここに来たら殺して、私達が持って来る父の遺品を奪い取るつもりだったんだ!


「白蓮!」


 白蓮の元に飛び出そうとした私の腕を、世恋さんがその体つきからは想像できない力強さでぎゅっと抑えた。


「そちらからわざわざおいでいただかなくても、こちらから参ります」


 と告げると、私の手を優しく引きながらゆっくりと階段を降り始めた。


 結社の入り口近くに陣取っていた、ちょび髭の徴税士や、衛士、歌月さんを取り囲むように立っていた眼帯男達全員がぽかんとした表情でこちら、いや、世恋さんを凝視している。


 彼女の動きに合わせて彼らの視線が動いていくのが如実に分かった。私達が階段を降りると世恋さんが私に目配せした。私は受付広間の真ん中ぐらいまで飛ばされて倒れていた白蓮の元に駆け寄った。


「今日はひどい日だな。ふーちゃんの幸運分の不幸が全て僕に来ているとしか思えない」


 白蓮が口から血を流しながらも、私に向かって軽口を叩いて見せる。良かった。意識はあるみたい。というか勝手に私のせいにしないでね!思わず彼の頭をひっぱたいてしまった。


「ふーちゃん……、まずい……」


 白蓮が苦し気な声で私に呼びかけた。やっぱりどこか大けがをしているの? ごめんなさい。さっきは頭をひっぱたいちゃった。慌てる私に白蓮は真顔で、


「さっきの蹴りで、また吐き気が……どこかに手桶とか……」


 と告げた。


 何ですか? あんたは? 本気で心配した私に向かって手桶とってこいですか?


 このおもかろくない男!思わずその頭をもう一度ひっぱたきたくなる。


 世恋さんは私と白蓮がいまいち緊張感にかけるやり取りをしている間に、すっと徴税士の前に進み出ていた。そして左足を軽く後ろに回して上着の裾をすこし持ち上げると、ちょび髭に向かって優雅に会釈をしてみせた。


 彼女の会釈に合わせてちょび髭以下男達が、壊れた人形のようにペコペコと頭を下げている。


 最強種恐るべし!


「徴税士様、ご挨拶が遅れて申し訳ありません。『嘆きの森の結社』、城砦から派遣された特別査察官補佐、世恋と申します。以後お見知りおきを」


 そこでもったいない事に男達に向ってにっこりと微笑んで見せる。


 「そしてあちらにおりますのが、私の兄で特別査察官のアル・マインと申します。どちらかと言えば『旋風卿』と言った方が通りが良いかもしれません」


 世恋さんは、そこですっと身を横にずらすと、奥のちょうど灯の陰になっていた大男に向かって優雅に右手を差し上げた。


 世恋さんが「城砦」とか「査察官」とか言うたびに、ちょび髭がびくびくっと体を硬直させるのが分かる。


 特に旋風卿を視界にとらえた時には、背後にいる自分の手下達を振り返ってその大きさを見比べていた。再び正面を向いた彼の顔には先ほどまでの恍惚感は影も形もない。


 今はただ、怯えた表情をその顔に張り付かせているだけだ。実に小物感満載。私がそんなどうでもいい感想を考えていた時だった。


「おもくろくないやつ。これが欲しいか?」


 いつの間にか歌月さんの前に進み出た百夜ちゃんが、彼女の目の前にあのマ石を差し出した。


 世恋さんと徴税士達のやり取りをあっけにとられて見ていた歌月さんだったが、差し出されたマ石を見ると、百夜ちゃんの手からひったくって自分の目の前へと持っていった。


 マ石を見上げるそのうっとりとした表情には金に目がくらんだ、強欲な女の顔があるだけだ。


 今朝方、はじめて彼女に会った時にどうして彼女を美しい人だなんて思ったのだろう。それとも世恋さんを見て私の美人の基準が完全に更新されてしまったのだろうか?


 歌月さん(もう「強欲おばさん」でいいと思う)は、手にしたマ石を徴税士の方に向かって差し出した。


「岳連様。私達の兄弟姉妹は、十分に王弟殿下のお役に立てそうです」


 強欲おばさんがそう言って、にんまりとした瞬間だった。『ドン!』という轟音とともに、重い結社の正門の扉が、突然に勢いよく開かれた。

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