心臓
多門さんは内階段を上がって上の階へと上がった。
ここは天井が高いため、一つ階を上がるだけなのに息が切れそうになる。上の階の入り口の前の大きな開き扉の前に立った時点ですでに中の喧騒が聞こえて来た。なんだろうこの騒ぎはまるで市かお祭りみたいだ。
「ここが事務方だ。城砦の心臓だよ」
そう告げると、扉の前に詰めていた警備の人らしい人達に金属の薄片と何やら書類を差し出した。大きな扉に設けられた通用口の覗き窓が開けられて、書類と薄片が確認されると、微かな軋み音を立てて通用口が開けられた。
多門さんに続いてその中に入った私は思わず息を飲んだ。塔の中をまるまる使った巨大な部屋。
それは、大店をいくつもあつめたような、いやそんなもんじゃない。噂にだけ聞く内地の取引所というのはこういう感じなのだろうか? 真ん中には大きな大きな地図、その横にもそれの何分の1かの地図が何枚か大きな台の上に広げてある。
地図の上には小さな木の台に乗った色とりどりの様々な印の色紙の旗がひしめいている。地図を囲む何人かの人達がその木の台を長い柄で押したり、農家がつかう剪定ばさみのとっても長い奴みたいなので置いたり取り除いたりしている。
そして大勢の机が階段状にその地図を中心に周りを取り囲んでいて、そこには事務服姿の人達が一心不乱に書類に何か書き込んだり計算したりしている。地図を覗き込むように中二階もあって、そこにも階段状に置かれた机と人々がいた。
奥にはなにやら上の階から引き込まれているらしいとても長い金属の管が何本もあって、十人近い人達がその管に耳をあてたり管に向かって話をしている。
どこか別の場所にでもつながっているのだろうか? 大店の裏手で似たようなのを見たことがあるが、こんな何十本も並んでいるのは見たことがない。
地図の周りには何人かの人達が立っていて、机に座った人から飛んで来た筒のようなものを受け取ると、それを別の人に向かって投げている。お手紙配達係かな? なんかここだけ子供の遊びみたいで微笑ましい。
「監督官様(あれ、様はいらないんだっけ?)、あの筒をなげる役なら私でもできないですかね?」
一応、小刀の投げ方は世恋さんに大分鍛えられました。それに百夜はどういう訳か百発百中です。森に行く代わりにこの仕事で上納のお代を稼ぐという訳にはいかないでしょうか?
「あれが遊んでいるように見えるのか?」
すいません。正直に言うとちょっと遊びっぽいなと思ってました。
「あれは指揮官だぞ。やつらはここの神経であり頭脳だ。あの筒についている色と記号を見て、それをどうするのか、誰に振るのかを瞬時に決めているんだ。お前のような奴は一生かかってもやれる仕事じゃない」
へーー、そうなんですか? 知りませんでした。とっても頭がいい人達なんですね。私がどんな人達だろうと思って見ていたら、そのうちの一人がこちらに気が付いたらしく、椅子に座っていた人と交代してこちらへと歩いてきた。
「おやおや、切れ者多門さんじゃないですか? 査察官を首になったって聞きましたけど、こちらへ出戻りですか? 貴方でしたらいつでも大歓迎ですよ。正直、ここは今大忙しでね。経験が少ない奴らじゃ使い物にならないんです」
珍しい眼鏡をかけた多門さんとそう年が違わない人が話しかけてきた。まだ若いのに白髪の人だ。いや違う。銀髪なんだ。ちょっと弥勒さんと雰囲気が似ていて学校の先生、いや学者さんとかいうのがこんな感じなのかな? そう言えば多門さんもどこか似た感じがする。でもお疲れなんですかね? 目の下に黒いものが浮き出ているような気がする。
「ここは俺の古巣でね」
多門さんが、私達の方をふり返った。
「おや、すいません。うっかりしていました。多門さんが誰か連れてここに来るなんて珍しいですね。私は柚安というもので、多門さんのかっての同僚です」
「はじめまして、私は風華と申します。こちらは私の妹で百夜と言います」
余計な事を言った時のために身構えるが百夜は特に何も言うことなく、筒が飛んでいくのが面白いのかそれをじっと見ている。
「あれ、多門さんも年貢の納め時で、挨拶回りですか?」
「馬鹿をいうな。なんで俺がこんな小娘と年貢の納め時にならないといけないんだ。この小娘達は穿岩卿に押し付けられたんだよ。次の仕事は監督官だそうだ」
「多門さんが監督官? 人の面倒を見るんですか? 上も適所適材という言葉を本当に分かっていないな」
「それはほめてるのか、けなしているのか?」
「もちろんほめているんですよ。私と同じくらい指揮が出来るのは、この城砦ではあなたぐらいですからね。知っているでしょう?」
柚安さんが眼鏡をはずして手巾で拭きながら多門さんを見る。あれ、この人眼鏡をはずすと結構かっこいい、いやかなり格好いい人だ。
「俺がやっていた頃に比べたらもう倍ぐらいの規模だ。俺なんか役に立たないよ」
「多門さんに謙遜という言葉は似合いませんね。新種騒ぎに、この間はお偉いさん達の集団帰還騒ぎです。もうへとへとですよ」
それって、もしかして私のせいですかね? 私のせいですよね。すいません。本当にすいません。
「柚安、その原因はこいつだよ」
なんで、暴露するんですか!? しかも何でにこにこしてるんです。心の中で謝って終わりにしようと思っていたのに。この人嫌味なだけじゃない。陰で意地悪する種類の人だ。危険人物だ。
「あ、ああ、そういうこと……」
「赤の狼煙、左1の3です」
奥の管に張り付いていた人が叫んだ。私にも周りにいる人たちに緊張感が走るのが分かった。
「忙しくなりそうです。また今度時間があるときにゆっくりお話ししましょう。風華さん」
はい、愚痴くらいで許していただけるなら……。覚悟しておきます。




