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記念日

 私は今、世恋さんの案内で風呂なるものに浸かっています。


 この風呂は領主館の風呂とは全く違って、大きな大きな桶というか水場というかにお湯が張ってあって、もうもうと湯気が上がっています。しかもお湯は注ぎ口から次から次へと注ぎ込まれています。なんて贅沢なことでしょう。


 最初は自分が芋のように茹でられて、下手したら百夜に食われるのではないかと戦々恐々としていましたが、浸かってみるとあら不思議。お湯の暖かさが体の芯までしみ込んで、なんとも言えない心地よさです。


 前にいる歌月さんも世恋さんも顔にうっすらと汗を浮かべながら、誰も無駄口を叩くことなくこの幸せな瞬間を堪能しています。


 世恋さんは黄金の髪が湯舟に揺れてなんて美しい姿なんでしょう。神様は不公平です。こんなにも差をつけるなんて。歌月さんのお湯に浮きそうな胸もかなり不公平です。


 このような贅沢を覚えてしまったからには、もうマナ除けなんて被って森なんかはいけません。マナ除けの匂いが完全に抜けるまで毎日お風呂に入りたい気分です。


 今日は人生の中でもまれにみる記念すべき日でした。世恋さんがなんと個室を借り切って私達を食事に招待してくれました。歌月さんは叔父様に合う用事があるとかで遅れてきて、旋風卿はまだ仕事が残っているとかで不参加でしたが、みんなで大変、大変おいしい食事を頂きました。


 まあ、あの方(旋風卿)とは今度一緒にお昼ご飯でも食べることにしましょう。仲間外れはだめですからね。でもいたら、また毒見役をやらされたり、作法がなっていないとか言われそうなので、今回いなかったのも私的にはそれもありかという感じです。それともあの嫌味男なりに気を使ってくれたのでしょうか?


 世恋さんは関門と違って大したものはないと言ってましたが、とんでもございません。前菜の香ばしい油と塩を振った生野菜に、よく熟成されたもも肉を薄く切った物。油がよく乗った豚肉ときのこの串焼きに、川魚に小麦をふって揚げたものやら、牛乳で煮込んだ野菜の汁。できれば3日くらいにわけて食べたかったくらいです。


 だいたい、世恋さんは私達が街に居た時に普段どんなものを食べていたか知らないから、そんな謙遜ができるんですよ。野菜の売れ残りと塩代わりにちょっとだけ入っている塩づけ肉に、固焼きの麺麭ぐらいですからね。庶民の食事というのはそんなものです。


 今回ばかりは百夜に遠慮する気はありませんでした。二人でお前は取り過ぎだと戦いながらいただきました。明日肉屋の娘と同じ体形になっていても本望です。


 しかも食事を頂いた部屋の窓からは、明かりがついた城砦(私にはお菓子の塔にしか見えないのですが……)に、灯がついてそれはまるでおとぎ話の国にでも行ったかのようです。ちょっとだけいただいた赤葡萄酒を手にそれを見上げると、もう気分はおとぎ話の中のお姫様です。しかもどこかからかせつなく弦を爪弾く音まで聞こえていました。


 完璧です!


 そしてこのお風呂。なんとここも世恋さんが貸し切りにしてくれました。人見知りなのでとか言っていましたが、なんて素晴らしい気遣いなんでしょう。きっとその分、お兄様が嫌味な性格に偏ってしまったんですね。


 一つだけ難点があるとすれば、おい百夜、飛び込むんじゃない!泳ぐんじゃない!せっかくのいい気分が台無しじゃないか!


「いや、こうして一緒に風呂なんかにまた入れるとは思ってもみなかったね」


 歌月さんがその豊かな鳶色の髪をまとめている髪紐を直しながらしみじみと言った。うなじがみえてとても色っぽいです。きっと男の人はこういう色気が大好きなんだろうな? 私にもそのうち少しは出てくるんだろうか?


「そうですね。百夜様とも、お約束していましたから」


 世恋さんも金色の産毛が油灯に光ってもう女神様そのものみたいです。


「お~~、この風呂もおもかろいな!」


 あばれるな百夜!私にお湯をかけるな!


「叔父様はどうでしたか?」


 世恋さんが、歌月さんに聞いた。


「どうもこうもないさ。子供の頃会ったきりだからね。お決まりの『お久しぶりです』。『無事についてよかった』で終わりさ。こちらの監督官になるように説得されただけだね。まあ、今は追憶の森に戻りたくても戻れないから、しばらくこっちにいるしかないけど」


 そう言うと、歌月さんは大きくため息をついた。追憶の森の結社の件はこの人なりに責任を感じているのだろう。慰めてあげたいけど、私には何をどう言ったらいいのか分からない。


「それより、あんた達はどうするのさ?」


 歌月さんが私の顔をまじまじと見る。


「そうですね、風華さんと百夜様の『上納』もなんとかしないといけないですし」


 そう言えば、前にも上納がどうのという話は出たことがあったような……。それに思い返せば弥勒さんと白蓮が大変と言っていたような……。


「『上納』って何でしょう? さっぱりなんですけど……」


「そうか、白蓮が口止めしていたからあんたには説明していなかったね」


「はい、全くわかりません」


 前にも何度も感じたとてもいやな予感がする。白蓮が口止めしていたって?


「新入りは、自分で森に入って稼いだ稼ぎを一定期間内に一定額、結社に納めないといけないんだよ」


「稼ぎですか?」


「そうさ。結社に入るというのはそれなりに役得もある。領主からの役務が無いとかね。だから誰でもそう簡単に結社に入ってもらっても困る。だから結社の試練に合格するか、保証人を連れてくるかのいずれかが必要なとこまでは、知っているだろう」


 まあ、なんとなく。入るときにあれこれありましたから。歌月さんもその時はちょっと意地悪でしたよね。


「それだけだと、金で保証を釣って入るやつがたくさん出てくる。そんな箔をつけたいぼんぼんな奴らばっかり増えても結社としては困るんだ」


「それでも、そういう貴族の子弟の方々は結構居ますけどね」


 世恋さんのさりげないつっこみ。


「それって稼げないと、結社を首になって追放とかになっちゃうんですか?」


「そんな生易しいものか!とっ捕まって罪人扱いだよ。逃げても絶対に追ってくる。そして結社による強制労働だ。そうでもしなかったら、上納の猶予期間だけでも結社に入って身を守ってもらおうなんて奴らが出るからね。それに保証人にもその払いが回る」


 それって私達そのものじゃないですか!おいくらぐらい稼がないといけないんでしょうかね?


「まずいね。あんた達の身柄はあの多門とかいうここの監督官預かりになったんだよね」


「はい、そう聞いてますけど」


「田舎の結社の出先だと、上納をきっちり収めるのは難しいから少しは目をつぶってうまくやるのさ。こことか、追憶の森のような本格的なところだとそうはいかないけどね」


「あっ、まずいですね」


 世恋さんも私の顔をじっと見る。ますますいやな予感が。


「監督官預かりという事は、あんた達は勝手にどこかの結社にいって、適当な小物を狩って多少の目こぼしにあずかるとかいう手は使えない。あんた達はここ、『城砦』で上納を稼がないといけないんだ」


「あの、何か他のところと違いがあるんでしょうか?」


「当たり前だ。ここには白蓮がやっていたような葉っぱ取って来るような仕事はないんだよ。あんた達、マ者を狩らないといけないんだ。しかも、ここには角兎なんて柔なマ者なんて奴はいない」


 おかしい。きょうは記念すべき日だったはずなのに……。あっ、少し思い出してきました。あの新嫌味男(多門)が私に言った台詞。


『ここは駆け出しがいきなり来るところじゃない』


『彼氏に騙されるにしてもほどがある』


 これは正しい言葉だったという事ですね。


「あの、もし罪人として捕まったら何をさせられるんでしょうか?」


「さあ、詳しくは知りませんが、噂では男性の方はどこかの鉱山で働かされるとか? 女性は口にするのもはばかるいかがわしいところで……」


 世恋さん分かりました。もう十分です。閉じ込められて、マ者に殺されそうになって、お化けにされそうになって、人に殺されそうになって、今度はお金に殺されるんですね。だんだんやっかいな相手になってきているのは気のせいでしょうか?


「はくれ~~~~ん。まだお風呂かな?」


「ふーちゃん、どうしたの? のぼせた?」


 天井を介して〇〇男の呑気な声が響く。


「これからそっちに行くから、膝をついて首を前にして待っていなさい」


「風華さん、風華さん!どこに行くんですか!? それに裸ですよ、風華さん!」


「赤娘、お前意外と毛深いな」


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